『失敗の本質』がビジネス書の名著と言われるのはなぜか?そしてWebディレクター病みがち問題について

『失敗の本質』がビジネス書の名著と言われるのはなぜか?そしてWebディレクター病みがち問題について

中野 慧(ケイ)

中野 慧(ケイ)

こんにちは。エディター兼ディレクターのケイ(@yutorination)ですLIGではクライアントのWebメディア/サイトの編集・運営サポート、コピーライティング、それとLIGのYouTubeチャンネル「LIGちゃんねる」の制作を担当しています。

さて本連載は、ひとつのコンテンツをテーマにコラムを書き、後半ではLIGがYouTubeで出している動画を紹介し、毎週土曜朝6時に更新する、という形式で続けてい……るのですが、実はこの記事を書いているのは、2020年11月21日土曜日、朝7時でございます。

 


▲2020年11月21日(土)朝7時のLIG Web事業部のオフィス。さすがに誰もいない。

というのも、私が担当となり、この土日にかけてZoomウェビナーにて地方創生ライター育成プロジェクト「信濃町ライター講座」が開催されるのですが、2日間で合計6時間、講義スライド200枚以上という大ボリュームの講座になっております。

そちらのスライド作成とリハーサルのため私はここ数日、本プロジェクトを共同で担当している鬼編集者のきょうこさんの監視下に置かれており、身動きをとることができませんでした。ようやく金曜夜に準備完了し釈放され、そこから書き始めたため、「本記事の執筆が全然間に合っていない」という状況に相成りました。

さて、では気を取り直して、今回は数あるビジネス書のなかでも名著とされる『失敗の本質』を取り上げてみたいと思います!

古今東西のビジネス書の定番を挙げていくと…

さてさて、みなさんはビジネス書はどれぐらい読みますか? 僕は、そもそも書籍の編集もやっていたこともあり、ビジネス書も気になったものは読みます。そして、ビジネス書でも「名著」「定番」とされるものはいくつかあります。

たとえば、

などは、世界中でも日本でも、よく読まれています。新社会人へのプレゼントとしても定番だったりしますね。

一方、日本の経営者によるビジネス書としては、

などが、代表的なものとして挙げられます。

『失敗の本質』とは

そんな日本のビジネス書のなかでもとびきりの変わり種かつ、めちゃくちゃ示唆に富むのが、『失敗の本質』です。

経営学者の野中郁次郎氏、政治学者・歴史学者の戸部良一氏ら、気鋭の研究者の共同研究として1984年にダイヤモンド社から刊行され、現在までになんと70万部を売り上げています。

ビジネス書といえば高名な経営者の方の成功哲学が多いわけですが、この『失敗の本質』のテーマは「成功」ではなく「失敗」です。

そして近代以降の日本という国の最大の失敗といえばなんでしょうか?

・・・・・・・

そう、「敗戦」しかないですね。

この巨大な失敗から学び、未来に活かしていこう、というのがこの書籍のコンセプトです。

問いは「なぜ無謀な戦争を始めたのか?」ではない

戦争というと、みなさんはどんなイメージを描くでしょうか。

僕は86年生まれで、小学生だった1995年に戦後50年を迎えたぐらいの世代なので、戦争のことは正直よくわかりません。

「アメリカは超すごい国」というイメージでしたので、「なんでアメリカみたいな勝てるわけない国を相手に戦争をしたんだろう?」という印象を持っていました。歴史をよく知らない若い世代には、そういった感覚は比較的、共有されているのではないかな、と思います。

そして「なぜ日本は無謀な戦争を始めたのか?」という問いになると、「誰が始めたの?」という責任問題に発展していきます。これに関しては超センシティブな話題になっていきますので、表立った議論はなかなか難しいものです。

一方、この『失敗の本質』は、そういった「戦争責任」ではなく、「なぜ日本は戦争に負けたのか?」の一点にコンセプトを絞っています。

そして書かれていることは端的にいって組織論・戦略論であり、だからこそ『失敗の本質』は「ビジネス書の名著」として読まれているわけですね。

 

ちなみに、
「なぜ日本は無謀な戦争を始めたのか?」という問いに関しては、2011年に放映されたNHKスペシャル『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズが、様々な立場や最新の研究を踏まえたものになっていますので、オススメです。

Amazonプライムで「NHKオンデマンド」に加入すれば、番組版を視聴することが可能です(もちろんNHKオンデマンド本サイトでも見ることができます)。

日本人はなぜ戦争へと向かったのか(NHKオンデマンド)

また、新潮社から文庫版3冊が刊行されています。より深く知りたい方は、番組版→文庫版へと進むのがおすすめです。

日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メディアと民衆・指導者編 (新潮文庫)
日本人はなぜ戦争へと向かったのか: 外交・陸軍編 (新潮文庫)
日本人はなぜ戦争へと向かったのか: 果てしなき戦線拡大編 (新潮文庫)

「なぜ負けたのか」という問いが有効な点

「無謀な戦いだったのなら、『なぜ負けたのか』を問うても仕方ないんじゃない?」と思われるかもしれません。

しかし、たとえば戦国時代、織田信長は、当時戦力的に圧倒的に上だった今川義元に「桶狭間の戦い」で勝利しました。三国志でも劉備・孫権の連合軍は、やはり戦力的に3倍の曹操軍に「赤壁の戦い」で勝ちましたよね。「戦い」というのは必ずしも事前に有利な方が勝つわけではありません。そこに有効な戦略論・組織論があれば、不利な戦いでも勝機が生まれてくるのです。

プロ野球の名将として知られる故・野村克也氏がよく言っていた言葉に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というものがあります。ノムさんが言いたかったのは、「なぜ負けたか」をしっかり考えることにこそ、明日の勝利の鍵があるということですね。

戦前の軍隊と現代の組織にどういう関係があるの?

そしてなぜ「軍隊」の戦略・組織を分析することが、今日の企業組織に活かせるのかというと、本書にはこう書かれています。

そもそも軍隊とは、近代的組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである。戦前の日本においても、その軍事組織は、合理性と効率性を追求した官僚制組織の典型と見られた。しかし、この典型的官僚制組織であるはずの日本軍は、大東亜戦争というその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示した。つまり、日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を導いたと見ることができる。日本軍が戦前日本において最も積極的に官僚制組織の原理(合理性と効率性)を導入した組織であり、しかも合理的組織とは矛盾する特性、組織的欠陥を発現させたとすれば、同じような特性や欠陥は他の日本の組織一般にも、程度の差こそあれ、共有されていたと考えられよう。

(『失敗の本質』P.23-24)

そう、戦前の軍隊というと現代日本では一般に「非合理的な組織」というイメージがあるかもしれませんが、実は戦前日本において最高度に合理的に構築された組織だったわけですね。

難解な『失敗の本質』の読み解き方

本書では一連の戦争のなかでターニングポイントとなった、下記の6つの「負けた戦い」について戦略・組織論の観点から分析しています。

  • ノモンハン事件
  • ミッドウェー作戦
  • ガダルカナル作戦
  • インパール作戦
  • レイテ海戦
  • 沖縄戦

逆に、日本軍が勝利した「真珠湾作戦」「マレー沖海戦」「シンガポールの戦い」などは分析の対象にはなっていません。

本書の一章はこうしたケーススタディが中心ですが、僕は最初ここを読んだとき、ほとんどチンプンカンプンでした。なぜなら戦史に関する予備知識がほとんどなかったからです。今でこそリテラシーがかなり高まっているので、「ああ、これはこういうことね」と理解できるのですが、おそらく初読者のほとんどは、この初っ端のケーススタディで挫折するのではないかと思います。

そこでおすすめは、二章の「失敗の本質――戦略・組織における日本軍の失敗の分析」から読むことです。この二章では、6つの失敗した作戦に共通する失敗要因が挙げられています。

①作戦目的があいまい

たとえばミッドウェー作戦では、日本軍は「(ハワイ諸島の西にある)ミッドウェー島の攻略」「アメリカ艦隊の撃滅」の2つの目的を掲げました。しかし二兎を追った結果、どちらも目的を完遂できず敗北を喫します。一つの作戦でKPIを2つ追うことにより、常に移り変わる戦局のなかで適切な判断を行うことができなかった、というわけです。

「作戦目的があいまい」というのは、ミッドウェー作戦に限らず日本軍の作戦立案においてしばしば見られる傾向です。一方、アメリカ軍は作戦の目的をシンプルに明確化していました。

②情緒と空気の支配

無謀な作戦として特に有名な「インパール作戦」ですが、こちらは陸軍上層部の多くが無謀であることを感じつつも実行されました。それはなぜかというと、指揮を執る牟田口廉也中将が「どうしてもやりたい」と主張し、陸軍内で「牟田口がどうしてもやりたいと言っているから」ということで決裁が下りたからです。陸軍上層部は無謀な作戦とわかっていながら、陸軍内の人間関係・人情を優先してしまったわけです。

ちなみに作戦立案というのは、陸海軍ともにエリート中のエリートたちが行うものです。彼らは陸軍なら陸軍士官学校・陸軍大学校、海軍なら海軍兵学校・海軍大学校というエリート教育機関の卒業生で、多くが同級生・先輩・後輩であり、人間関係が非常に濃密でした。

また、有名な戦艦大和が撃沈された際のエピソードも象徴的です。大和は沖縄戦に参戦すべく出撃したのですが、当時の沖縄近海はすでにアメリカが制空権を握っており、撃沈されずに沖縄にたどり着くのは絶望的な状況でした。しかし、それでも出撃が決定されたのは、大和出撃の是非を問う会議において参加者の誰もが「反対できる空気ではない」と感じていたからでした。

③組織的な学習の軽視

日本軍は緒戦こそ連続して勝利しましたが、1942年6月のミッドウェー作戦以降、敗北を重ねていきます。しかしこれらの敗北の失敗要因を分析し、その情報を組織全体に共有することを通じて次に活かす、ということはほとんど行われませんでした。

この「失敗をきちんと振り返らない」というのも、人間関係そして「空気」を優先することにより不可避に起きた現象でした。軍の上層部内で誰かしら作戦立案者の責任を問うた瞬間、人間関係にヒビが入ってしまうからですね。

④結果ではなくプロセス・動機への偏重

また日本軍は特に作戦立案をおこなう人材を評価する際、「勝ったか負けたか」の結果の評価よりも、「がんばったかどうか」というプロセス、「やる気が高かったかどうか」という動機を重視していました。特に意思決定層に関して「結果で判断する」というフェアな人事を行わなかったことにより、責任の所在がどんどん曖昧になり、そのため情実人事が幅を利かせるようになっていったようです。

⑤作戦責任を厳しく追求しない

日本軍は、失敗した作戦の立案者の責任を、それほど厳しく問いませんでした。

一方、アメリカ軍は逆の方向性を取っています。たとえば初戦の真珠湾攻撃は日本の勝利に終わったわけですが、アメリカは当時の太平洋艦隊司令官キンメルの責任を問うてただちに更迭、代わりに若手で頭角を現しつつあったニミッツを大抜擢します。そのニミッツは、やがて太平洋戦線で目覚ましい戦果を挙げていくこととなるのです。

さて、ここで紹介したことはほんのさわりですが、こういった日本軍の特性は、現代の日本の組織一般にも共通するものがあるように感じられます。

特に「空気の支配」のあたりは示唆的です。日本の社会風土のもとで生まれる組織には、不可避的にこうした「日本軍的特性」が生まれてしまう――そう多くの人が感じているからこそ、公刊から35年が経ったいまでも「ビジネス書」として読み継がれているのではないでしょうか。

といったあたりでいつものごとく、一旦CMに入ります!

では、今週LIGちゃんねるで公開した動画3本を紹介していきたいと思います!

そして本文とは全然関係ありませんが、実は僕が担当している会社のYouTubeチャンネル「LIGちゃんねる」では週3本、月水金の朝8時に動画を更新しています! 

週替りでLIG社員に登場してもらい、1つのテーマを決めてショートインタビュー&LT(ライトニングトーク)形式で話してもらうというものです。では今週出した3本を紹介していきます!

デザインリテラシーを上げるために見ておきたいアワード/ギャラリーサイト:ほそ(Webディレクター/デザイナー)

今週登場するのは、Webディレクター/デザイナーのほそさんです。かっこいいWebサイトを作るためにはどういうインプットをすればいいのでしょうか? そのために見ておきたいアワード/ギャラリーサイトを教えてもらいました。

コミュニケーションの多いWebディレクター、病まないためのコツ:ほそ(Webディレクター/デザイナー)

何かとコミュニケーションの多い仕事であるWebディレクター。この職種で働いていて「病まない」ようになるための工夫について、なかなかの健康具合を誇るほそさんに聞いてみた、という回です。

Webディレクターを目指す人に身につけてほしいマインド:ほそ(Webディレクター/デザイナー)

いつもクリエイティブの高みを目指して制作を続けているほそさん。Webディレクターを目指す上で必要なマインドについて、良い機会なのでお話ししてもらいました。

というわけで引き続き、LIGのYouTubeチャンネル「LIGちゃんねる」、生暖かい目で見守っていただければ幸いです!

「LIGちゃんねる」はこちらから
(チャンネル登録、ぜひお願いします!🙇‍)

(CMおわり)

まとめ:『失敗の本質』から学ぶ

今回はいつもとやや趣向を変えて、「ビジネス書」をコンテンツとしてみることから出発し、なかでも特に面白い『失敗の本質』について書いてみました。

成功者の人生哲学よりも、「圧倒的な失敗から学ぼう」というのは、実は極めて本質を突いているテーマなのではないかと思います。物事はポジティブな側面よりも、もしかしたらネガティブな側面――たとえば「Webディレクターはめちゃくちゃコミュニケーションが必要な仕事なので病みがち」、など――を見つめるほうが、学びが多い可能性があります。

その意味では『失敗の本質』は示唆に富んでいます。難点は、なかなかに理解が難しいことです。ちなみに続編として2012年に『失敗の本質:戦場のリーダーシップ篇』が刊行されており、こちらはビジネスパーソン向けにかなり噛み砕いて書かれています。

特に「なぜ日本の組織は『空気』に支配されてしまうのか」について、「取引コスト」という概念を用いて科学的に説明されている点も面白いです。なので、先にそちらを読むのもありかもしれません!

というわけで今回は以上です!

また毎週土曜日に、今回のような謎の記事が引き続き更新されていく予定です。

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エディターのケイです。 これまでWebや書籍の編集・ライティングをやってきました。 政治・宗教・野球の話が得意です。 アイドルと一緒にネット番組に出たこともあります。 現在は「暴力」というものについて、 理論的な理解を深めるべく日々研究しています。 知識欲や考える力の強い人たちとチームを作って、 よいコンテンツを世の中に出していく仕事をしたいと思っています。

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