自分を信じてプロダクトを未来に遺す ―モリサワ 富田哲良|CREATIVE X INTERVIEW #6

自分を信じてプロダクトを未来に遺す ―モリサワ 富田哲良|CREATIVE X INTERVIEW #6

須田 允(まこと)

須田 允(まこと)

こんにちは、LIG取締役のまことです。僕が「CREATIVE X」を通じて出会ったさまざまなクリエイティブ業界の方々にお話を聞いて、クリエイターのキャリアパスやこれからのクリエイティブの形を伝えていくシリーズ「CREATIVE X INTERVIEW」。

今回は、モリサワの富田さんに、フォントを生み出すこと、そしてご自身のキャリアについてお話を聞きました。

富田哲良

株式会社モリサワ
フォントデザイン部 ディレクター

関西学院大学総合政策学部同学科卒後、広告代理店勤務を経て2010年にモリサワに入社。 タイプデザインの監修者として新書体開発に従事。

デザインにおけるインフラを提供するフォントメーカー

自分を信じてプロダクトを未来に遺す ―モリサワ 富田哲良|CREATIVE X INTERVIEW #6

富田:モリサワは主にクリエイター向けにフォントの開発・販売のビジネスをしています。でもフォントメーカーっていう存在自体がわかりにくいというか、謎じゃないですか?

まこと:たしかにそうですね……。

富田:印刷や出版、Webの業界でもそうですが、デザイナーと呼ばれる職種の方々にとっては、業務を行うにあたりパワフルなPC、自由度の高いグラフィック作成ソフト、多種多様なフォントをセットで導入いただくことが多いみたいです。フォントはPCの中に最初からバンドルされているものもありますけど、それだけでは十分ではない。

何らかのコンテンツを作成するとき、レイアウトやカラールールを細かく設定すると思うんですが、じゃあ、フォントは明朝体を使いましょうとなったとき、そこに複数の選択肢はなくて良いのか、という話ですね。デザイナーはフォントもクリエイティブにおける要素の一つとしてシーンに合わせて数ある中から使い分けている、ということだと思います。

まこと:デザインにおいて外せない要素を提供する、いわばインフラのような存在なわけですね。

富田:そうです。で、僕の主な仕事は、そのフォントのプロデュースです。モリサワは和文以外にもさまざまな言語に対応したフォントをリリースしていて、僕はどの国の言語にどれだけのリソースを使って、どういうテイストのフォントを開発すべきか企画を立てます。それを会社に提案し、さまざまなリソースを駆使してプロジェクトを回していく。みたいなことをやってますね。あとはクリエイティブのディレクションです。

一つのフォントを作り出すチームは、僕のようなディレクターが1名に、デザイナー2名、エンジニア1名の4人構成ぐらいが標準です。一つのプロジェクトの長さは2〜3年ほど。僕は、10個ぐらいのプロジェクトを並行して担当しています。

フォントのトレンドとは

まこと:フォントを販売している会社ってけっこうあるんですか?

富田:実は、海外のファウンダリ(フォントメーカー)も合わせると100社以上あります

まこと:その中で売れていくために、トレンドを分析して流行りそうなフォントをリリースしているんでしょうか。

富田:そうですね、フォントにもゆるやかなトレンドみたいなものがあって、今はオールドテイストな作風が流行っています。その流れに乗りつつ、今までなかったものって何なのかを考えながら作ったりしています。

メディアで使われたものが拡散されてトレンドがはじまることも、よくありますね。最近だと著名な映画のタイトルやテロップで使われた書体にスポットが当たったりしていました。そこで使われたのは何十年も前にリリースされたモリサワのフォントなんですが、うまく使ってもらったんだと思います。

まこと:そのトレンドは、何か計測していたりするんです?

富田:フォントのダウンロード数や、利用者の方へのアンケートなどを通じて傾向をつかむようにしています。いわゆるヒット商品みたいなものもあるし、使われにくいものもある。あとは新しいアイデアやデザインのフォントを、使い方と合わせて発信して、次のトレンドになるよう積極的に展開していくこともありますね。もしかするとファッションのそれに近いところがあるかもしれません。

ただ、フォントって制約だらけで。「あ」という文字は「あ」に見えないとフォントとして意味をなさない。これって当たり前のことですけど、そこが一番難しい所なんですよね。新しいデザインが必要だけど、誰しにも伝わるデザインでないといけない、いう環境の中で、常に新しいものを生み出すことにチャレンジできるのは面白いですね。

まこと:書体を作る醍醐味って、そういうところなんですね。

富田:そうですね。あと書体って、うまくいくと、何百年という単位で使われ続けるんですよ。自分なんかよりもずっと生きる可能性がある。もちろん、廃れて使われなくなる書体もたくさんありますけど、必要とされる書体は、リバイバルされながら長きにわたって続いていくものなので。自分でプロデュースした書体たちも、そうあってほしいからこそ、無価値なものを世に生み落としたくないという気持ちは強いですね。

サウナで自分を省みた

まこと:そもそもどうしてフォントの世界に?

富田:僕、前職が広告代理店なんですよ。大学では法律と環境政策のことを勉強しようと思ってたんですが、大学のシステムが特殊で、一回生から強制的に研究室に入らされるのに、研究テーマは自分では選べなくて。そこで専攻させられたのがなぜかアートとデザインでした。アートもデザインも1ミリも興味なかったので、毎日頭がおかしくなりそうでしたけど、気がついたら染まってましたね。

まこと:そこから広告代理店に入ったんですか。

富田:そうです。自分が担当したコンテンツがワッと世の中に露出してはすぐに消えていき、また次のものを担当する。数ヶ月で作るものもどんどん変わっていく。締め切り前は当たり前のように夜中の2時3時まで働いて……みたいな環境を、当時はけっこう楽しく捉えてましたね。

でもある日、例によって午前様で、どうしても風呂に入りたくて会社を抜けて24時間営業のサウナに行ったんですけど、フロアのあちこちに死体のごとく寝落ちしてる人々が大量発生してて。それってもう絵面としては世紀末じゃないですか。最初はその光景を見てケタケタ笑ってたんですけど……風呂に入って冷静になると、自分も絵面の一部だなと、はたと気づき、その日のうちに転職サイトに登録しましたね。

まこと:早い(笑)。

富田:いやーもう、次はインハウスだと。自分で裁量持ってプロダクト出す側に行こうと思って。かつ自分が携わったものが残る仕事がやりたいなと。広告業界は楽しいし煌びやかでしたが、正反対の、精緻だけどずっと続いていくような世界が魅力的に思えたんです。

 

まこと:フォント制作をするような会社に限って転職活動していたんですか?

富田:ぜんぜんそんなつもりはなかったですね。ただ、いくつか仕事を探したり面接をする中でモリサワが自分の求める働き方にフィットしている気がした、という感じです。成果がずっと残る仕事ということが一番の魅力でしたが、代理店時代に、顧客からモリサワフォントを指定される経験もありましたし、当時担当していた腕利きのデザイナーがタイポグラフィに詳しかった。フォントやタイポグラフィは一流のデザイナーであればあるほどこだわりが強い傾向にあるように思います。モリサワに入ったら早い段階で一流の人たちと仕事をできるかも……みたいな皮算用もありましたね、今思うと浅はかですが。

まこと:モリサワに入って今どれぐらいですか?

富田:10年ぐらいです。長いですね。

まこと:その中でも、今の仕事を最初からできていたわけではないですよね?

富田:そうですね。駆け出しのころはひたすら誤字脱字のチェックだけしてました。何万という文字群を見て、線が一本足りないとか、払いの向きがおかしいとか、とにかく校正し続けるんですよ。というか、何のスキルセットも持ってなかったので、それしかできることがない。2年ぐらいやりましたね。

まこと:そこから学べたことって何かありましたか?

富田:んー、月並みですが、デザインの基礎を学んだんでしょうね。デザインのクオリティの高さって、なかなか言語化しづらいものですが、校正をし続けるなかで文字のデザインやバランスの良し悪しを判断する知見が血肉となっていったんだと思います。あと自分はデザイナーでないからこそ、ユーザーとしての目線も保てたというか、一歩ひいた位置から、伝わるこだわりとそうでないものの線引きをするマインドみたいなものは身についた気がします。

 

まこと:そんな、誤字脱字のチェックから抜け出した瞬間があったわけですよね。どんな転機があったんですか?

富田:あるとき会社の中で5年ぐらい止まっていたプロジェクトを再び動かそうってなりまして、お前やってみたらって上司から言われたんです。暇そうに見えたんでしょうね(笑)。それまで誤字脱字のチェックしかしてなかったので飛びつきました。

そこでは「かな」だけのフォントの開発・ディレクションを任されました。漢字を含む一般的なフォントって最低でも1万文字作らないといけないんですが、「かな」だけのフォントって200文字くらいしかないんですよ。それを1年もかけて制作して有頂天になってたのが最初の仕事らしい仕事ですね。

まこと:そこから今のポジションになるまでどれぐらいかかったんです?

富田:そうですね、今のように企画の立案から関わって自分で多くのことを決められるようになるには5年ぐらいかかりました。少しずつ担当するプロジェクトが増え、開発難易度も上がっていき、今となっては、わかりやすくステップを踏ませてもらえたなと思いますね。

金を稼ぐ意味とは

まこと:今後、どんなことをやりたいってのはあるんですか?

富田:僕はモリサワがけっこう好きなんですよね。正確には、入社前に外から見えていたモリサワのイメージがとても好きというか。強いプロフェッショナリティを感じてましたし、クリエイティブ業界にとって不可欠な会社なんだな、という思いがありました。

ただ、よくある話だと思うんですけど、いざ入社すると思い描いていたものと内情は多分に違うところもあると。たとえばLIGって、外から見てると楽しそうなことばかりやってるように見えてるけど、実際は静かに集中して黙々と仕事してる、とか、あるじゃないですか。

まこと:ありますね。意外と……という側面はどこにでもある。

富田:じゃあ、理想と現実が違うからモチベーションが下がったり、辞めたいという方向に向かったりするかというと、僕の場合はそうではなかったです。むしろ入社前の思い描いていた理想とのギャップを埋めるために仕事に取り組むというか、自分にとっての理想や正解としてのモリサワは自分で作れば良い、という思いがあります。

まこと:今マネジメントもされていて、経営サイドにどんどん近くなっていくじゃないですか。そこでやりたいことってあるんですか?

富田:んー、誤解を恐れずに言うと、しっかりと稼ぐことのできるプロダクトやサービスを作り続けたいですね。フォント業界って職人気質というか、自分たちが日本の文化支えてるんだ、だから採算は置いといて、とにかく良いもの作るんだ、的な発想がわりと残ってる気がするんです。でも売れないと、世の中に存在してないのと同じようなものですし、そこで終わりになって次に続かない。そうなると良いも悪いもない、ただの無です。デザイナーやエンジニアの仕事ぶりや苦労を常々横で見てるからこそ、それが無にならないように稼げるフォントをプロデュースし続けたいです。

憧れなんてない、自分をバチバチに信じている

まこと:これまでのキャリアでこの人がいたから今がある、みたいなのってあるんですか?

富田:僕はそういうのがなくって……どちらかというと自分をバチバチに信じてるタイプだと思います。ディレクターとかプロデューサーって、能力がわかりづらいじゃないですか。定量的な評価がしづらい。そもそも胡散臭い肩書きだと自分では思っていますし。となると、携わったプロダクトが売れている間はちやほやしてもらって、売れなくなったら外してくれという風に思ってますね。

まこと:その感覚すげえわかります。僕ずっと憧れの人いるんですかって聞かれたら「いない」って言ってるんです。僕は憧れられる人になりたいって思います。憧れたとしても、その人に絶対になれないんですよ。だったら自分はオリジナルとして、みんながついてきてくれるような存在になりたいなって。

富田:自分が一番だと思い込むことはわりと大事ですよね。僕も業界の諸先輩方は尊敬してますけど、一方で誰よりも良い結果を出したいという意味では、周りをぜんぶぶっ潰してやる、と思いながらやってますね。

まこと:ハングリー精神が強いんでしょうね。でもポイントが一つあると思ってて、キャリアがぜんぜんなくてスキルセットもない奴が「自分が一番」みたいなこと言ったら……

富田:……まあ、自分もそのきらいはありますが……ダメですよね(笑)。僕もそれなりの時間をかけて下積みやりましたが、それっていつの日か巡ってくるチャンスを逃さずに、しっかり掴むための準備、ということなのだろうと思います。その準備をする中で、自分のオリジナリティや強みが見えてくる。それが評価されて、一つひとつ自信を積み上げてきたからこその今だなとは思います。

まこと:今日は富田さんにこんな負けず嫌いな面があるなんて知らなかったので、面白かったです(笑)。普段はね、一緒に仲良くいきましょう、みたいな感じに見えてましたよ。

富田:負けず嫌いの中年って、なんか恥ずかしいですね……。知人や業界関係者にこの記事を読まれることが怖くなってきました(笑)。

まこと:新たな一面が知れてうれしかったです。今日はありがとうございました。

富田:ありがとうございました。

 

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須田 允(まこと)
須田 允(まこと) BiTT開発事業部長 / 須田 允

1986年生まれ。約15年の海外生活を経て早稲田大学に入学し、ロンドン大学へ留学。 2010年に株式会社サイブリッジに入社。オウンドメディアのデジタルマーケティングを統括し、課長に就任。 2012年、アクセンチュア株式会社に入社し、通信や放送メディア領域における戦略立案・デジタルマーケティング業務/施策のコンサルティングを担当。 2018年より株式会社LIGの取締役に就任し、Web制作、BiTT開発、メディアの3事業部門を統括し、LIG PhilippineのCEOも兼務。 社員におにぎりを食べさせるべく、寝る間を惜しみ日々疾走中。

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