ビジネスマナー本で「了解」をNGとしているものはない
メールマナーではない、ビジネスマナー全般に関しての書籍も1980年〜2010年ごろのものを40冊ほど目を通しました。すると、「了解」を不適切としているものは見当たりませんでした。
例えば、2004年に出版された田中千恵子『ビジネス敬語お決まりフレーズ』という本があります。田中さんは様々な企業のマナー研修の講師をされている方ですね。この本は場面ごとの適切な言葉づかいの例をまとめられています。
「承知いたしました」の言い換え例で「了解いたしました」が挙げられています(64〜65頁)。「わかりました」は丁寧さに欠けるとされていますが、「了解」に関しては注釈はありません。
様々なビジネスマナー本を見てみたところ、よくある敬語の間違いとしてしょっちゅう取り上げられるのは、「ご苦労さまです」でした。ほかには「美化語の“お”と“ご”の過剰な多用に気をつけよう」というものですね。
そもそも「了解しました」という言葉が出てこないものが多かったです。「わかりました」ではなく「かしこまりました」にしよう、という記述は多数ありました。
はっきりと「了解」をNGとしている本を調べてみたら……
さて、神垣あゆみさんの『メールは1分で返しなさい』です。神垣さんはメールに関する本を何冊も書いているフリーランスのライターですね。挑発的なタイトルですが、お決まりのフレーズを覚えて、メールの返信にかける時間を減らそうという趣旨のものです。
この本は『メール文章力の基本』以前に「了解は不適切で、承知が適切」としている、ほとんど唯一のものでした。「承諾のフレーズ」をまとめたところにこうあります(103頁)。
「尊敬の意味が含まれていないから」とはっきり言い切っています。『メール文章力の基本』と同じ理由ですね。
なるほど、『メール文章力の基本』が初出ではなかったのだな……と思いながら、神垣さんの他の本も一応見てみようと、初めての著書である『仕事で差がつくできるメール術』(2007年)を読んでみました。これはフレーズ集ではなく、書き方や作法をまとめたハウツー本ですね。
すると、こんなことが書いてあったんです(186頁)。
はい。ここでは、「尊敬の意味が含まれていないから」とは言っていません。「抵抗がある」と言っています。その理由は次のページにこうあります。
客先や目上の人に対しては略式な言葉というイメージがあり、常に「これでいいのかしら」という疑問がありました。
イメージなんですね。「了解は不適切」というセオリーがあったのではなく、神垣さんの個人的な違和感だったと。
そして、「承知しました」を言い換えとして持ってきているのは、たまたま聞いて「感じがいいな」と思ったからだと。それが次の本では「尊敬の意味が含まれていないから、承知しましたの方が適切」となっていると。
『仕事で差がつくできるメール術』は、同じ章のコラムにも興味深いことが書かれています(187頁)。
これは神垣さんが運営するメールマガジンに寄せられた意見です。50代の男性の方が「40年以上前、テレビドラマで新聞記者仲間が使って」いたから広まったのではないかと。
この方の実感としては、40年前から使われていたということですね。そして、今までの調べたことと照らし合わせ、ビジネスマナー本に取り上げられていない状況から考えると、それが不適切とはされていなかったということになります。
つまり、「了解は不適切」という意見が出てきたのは、ここ最近だということになります。そして、その出発点は、神垣さんの「これでいいのかしら」というイメージだったかもしれないと。「“承知しました”の方が適切」となったのは神垣さんがたまたま聞いて「感じがいい」と思ったからだと。
さて、神垣さんと『メール文章力の基本』には、何か繋がりがあるのでしょうか。再び『メール文章力の基本』を読んでみると、ありました。
参考文献として神垣さんの書籍が挙げられています(197頁)。つまり、「了解」に関する部分は神垣さんの本を出典としているということですね。
点と点が線になりました。
まとめ:要因はWebメディアブームか
時系列をまとめるとこうなります。「Webメディアブーム」について、少し説明しましょう。
ある時期から、「Webメディアを運営し、ファンを作ろう」「Webにコンテンツを配信して、新しい読者層を獲得しよう」というようなことが言われ始め、出版社を含めた様々な企業がWebメディアを作るのがブームになりました。
そして、それらWebメディアに記事を執筆する大量のWebライターが必要になったのです。圧倒的な書き手不足のため、プロのライターだけではなく、一部のブロガーや、文章を書くのが好きという未経験者も登用されました。
僕もその1人でした。ちょうど2012年ごろのことです。大学に通いながら、編集プロダクションなどを通じて仕事をもらい、別の名前でWebメディアに記事を提供していました。
しかし、「Webメディアを運用しよう」「Webに記事を配信しよう」となっても、予算がありません。原稿料は記事1本につき2000円が相場でした。
それでは取材ができません。では、どうやって記事を作るのか。書籍やWeb記事を参考にして、記事を書くんですね。特にビジネス系のハウツーはよく読まれるので、多く書かれました。
そして、当然WebではPV(記事のアクセス数)が求められます。記事のPV数に応じて追加支払いをするというメディアもありました。すると、PVを取れる記事を書くにはどうすればいいか、というノウハウが編集部内で共有されるようになっていきます。
そのうちのテクニックの一つとして、「逆説」というものがありました。
世間で常識とされていることの逆を言うと、注目を集めやすいと。当時僕が関わっていたWebメディアにはライター向けのマニュアルがあり、はっきりとそう書かれていました。
「了解しました」より「承知しました」が適切、という意見はこの状況にちょうど良かったんでしょうね。世間では「了解しました」が普通に使われている、でもそれは間違いらしい、本にもそう書かれている、と。そして、読者は「了解しました」を疑問なく使っているので、「えっ、そうなの?」と記事を見る。PVが集まる。PVが集まりやすいので、他のメディアもこれを取り上げる。マナーとして普及していく。
おそらくは、そういうことなんでしょう。
おわりに
長々と書いてきましたが、僕個人の意見としては、言葉の意味なんて時代によって変わりますし、言葉づかいに間違いがあるとすれば、「相手に意味が伝わらないこと」だと思っています。
だから、「了解しました」でも「承知しました」でも、どちらでも良いと思っています。内容を理解したということは伝わるので。
ただ、「何で急に言われ始めたのだろう?」という疑問はずっと持っていました。今回調べて1つの答えが見つかったのはとても楽しかったです。
「相手に合わせて、好きな方を使いましょう」というざっくりとした結論で終わります。ではでは。
「言葉は生き物」って言うけど、どんな生き物なんだろう。毛は生えているのかな。
— 菊池良 / Kikuchi Ryo (@kossetsu) 2016年2月29日
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