4. 『ローマ人の物語』塩野七生(新潮社)
ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)
歴史に興味がなくても、ローマという国に興味がなくても、この本は面白いと思います。
一見して「歴史書」と言う人もいるのですが、そうではありません。私はこの本を「ビジネス書」として見ています。その理由は、この本が「歴史を正確に叙述する」のではなく、作者の主観を交えて「組織の大きくなる過程」と、「政治家と軍人がどのように組織をマネジメントしたか」が克明に描かれているからです。
学校で習う無味乾燥の「出来事中心」の歴史ではなく、「生きた人間」が、もがき苦しみながら、理想の国を追求した有り様が記述されています。それは、あたかも企業の経営者が「会社のあるべき姿」を追求しながら、「自社のサービス」を競合に負けないように磨いていく有り様と重なります。
実際に私が「企業の運営」と重ねて面白いと感じたのは、1巻の「ローマは一日にして成らず」から3巻の「勝者の混迷」までです。
例えば、以下のような言葉があります。
「ローマは、敗者を隷属化するよりも、敗者を「共同経営者」にするという、当時では他国に例を見ない政略を選択したのである。そして、これこそ、後世に有名になる、“分割し、支配せよ”の考え方の誕生であった」
これを見れば、「M&Aの基本」をローマに見ることができるし、
「道路が国土の「動脈」であることは、今日ならば誰もが知っている。だが、2千3百年の昔、それを分かっていたのはローマ人だけであった」
という記述を見れば、真偽はともかく、「道路」それ自体がイノベーションであったことを改めて理解できます。
「優れたリーダーとは、優秀な才能によって人々を率いていくだけの人間ではない。率いられていく人々に、自分たちがいなくては、と思わせることに成功した人である。持続する人間関係は、必ず相互関係である。一方的関係では持続は望めない。」
というリーダーシップに関するコメントも味わい深いでしょう。
自分たちの組織を客観的に見つめるときには、歴史から学ぶという手法がよく取られますが、「ローマ人の物語」は、それを可能にしてくれる良書だと思います。
5. 『イエスの生涯』遠藤周作(新潮社)
著者の遠藤周作はキリスト教徒、この本は、日本人の小説家が書いたイエスの姿です。
「え? キリスト教の本がなぜ?」といぶかしがる方もいるかもしれません。しかし、この本は「ビジネス書」として読んでも非常に役立ちます。なぜならば、イエスは「キリスト教」という2000年以上も存続した世界最大、究極の組織のリーダーだからです。
私は、「何千年もの間残る思想を残したリーダーとは一体どのような行為を行ったのか?」に興味があり、これを読もうと思いました。
そして、予想は見事裏切られました。遠藤周作の想像する「イエス像」は、神格化されたものではなく、あくまで「人間としてのイエス」に光を当てたものです。まさに「普通の人間が、どのようにして偉大な指導者になったか」が学べるのです。
また、当時の政治的な状況は新興宗教であるイエスの教えを弾圧したが、その弾圧に対してどのように対応したかについても、遠藤周作の想像を含め、克明に書かれています。
人々は彼を民族主義運動のリーダーにしようとした。もしくは反ローマ運動のメシヤに持ち上げようとした。そうした期待にイエスは応えなかった。
逆に彼はあの山上の説教の「幸いなるかな、心貧しき人、幸いなるかな、泣く人」という言葉によって人々の期待を拒否したのである。
(中略)
この日から人々にとってイエスは力ある人ではなく、無力なイエスと変わった。現実世界にいかなるものももたらさず、奇蹟も行えぬイエス。だが彼等はイエスが現実に無力であることによってイエスそのものであることをついに知ることは出来なかった。
(中略)
人々と同じように一時は数多かった弟子たちも一人去り、二人去り、付き従うものは一握りの男と女だけであったことは聖書に書かれているとおりである。
現実に無力なリーダーが、なぜ人々の尊敬を集めることになったのか? イエスが磔となって処刑されたことだけでは、これは説明できません。
この後が気になる方は、ぜひ本を読んでいただければと思いますが、その不思議に切り込んでいる書籍は、外国人ではなく日本人にしか描けないだろうと思います。
6. 『1984年』ジョージ・オーウェル(早川書房)
アップルコンピュータのコマーシャルにも使われた、SF好きの間では知らない人はいない、と言われる傑作中の傑作、1984年もおすすめ本の一つです。
「この本がなぜビジネス書なのか?」と聞かれると、ズバリ「恐怖政治のやり方」が書いてあるからです。
恐怖で人を支配するリーダーがどのような手口を使うのか、これを見れば分かります。本の中で紹介されているのは、次の4つ。
- 常に国を「戦争状態」に置く
戦争とは、大衆に過度な快適を与え、それによって、ゆくゆくは彼らに過度な知性を与えてしまいかねない物質を、粉々に破壊する。
(中略)
結果、生活必需品の半分は慢性的な不足に陥っている。しかしこの現状は好結果とみなされる。上位層の人々をも窮乏の瀬戸際あたりに留め置くのが、政策上の企みである。
なぜなら、窮乏が一般的であるという状態では、僅かな特権でも一層の重要性を帯び、かくしてある集団と別の集団との区別は更に明瞭になるからだ。
- 党幹部を「戦争状態に適した精神状態」に追い込む
有能で勤勉、ごく限られた範囲であれば知性を働かせることさえ期待されるが、彼はまた同時に、信じやすく、無知で狂信的でなければならず、恐怖、憎悪、追従、勝利の興奮が、彼の支配的感情でなければならない。
別言すれば、彼は戦争状態に適した精神構造を持っていることが必要なのだ
- 何事にも、「党にとって良い解釈」をさせる
「ダブルスピーク」を用いて、何事も良い方に解釈させる。ダブルスピークとは、「印象を操作する言葉遣い」によって、ポジティブなイメージを作り出すこと。
- 反対勢力は分断し、不名誉を着せて、消す
密告を奨励し、人を集団化させない。また、粛清した人々を「英雄視」させないために、その人に関する一切の記録を改ざんし、不名誉な罪を捏造する。
消した後、その人は「元々存在していなかった」とされるか、あるいは完全に無視される。
とはいえ、この本は非常に取っ付きづらいので、初めて読む方は10ページ位読んだ時点で「なんだこりゃ……」と言って読むのをやめてしまうレベル。私も最初はそう思いました。
しかし、この本には仕掛けがあります。
我慢して全体の6割位読み進め、ある人物の手記を読み始めると、いきなり世界観が一変し、「実は……」という種明かしがされる。このギャップを生み出すために敢えて前半は恐ろしく退屈に書いている、ということが分かるのです。
興味のある方はぜひご一読を。
まとめ
ここに紹介した本は、いわゆる「ビジネスのノウハウ本」ではありません。また、「今すぐ役に立つ知識」を提供するものでもないと思います。しかし、長期的には効いてくる「肥やし」となるような本ばかりです。
新人のときに読み、そしてしばらく経つと「おお、そういうことだったのか」と合点がいく。そういう本を挙げました。
何度読みなおしても良い本ばかりなので、ぜひ手にとって見てください。
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