万年赤字の宿を3年で見事に立て直したある男の話。ゲストハウスLAMP3周年に寄せて

ゴウ


万年赤字の宿を3年で見事に立て直したある男の話。ゲストハウスLAMP3周年に寄せて

こんにちは、社長のゴウです。

今から3年ほど前に長野にいる父から「そろそろ会社を継いでくれないか」という相談を受けました。そのときはすでにLIGを経営していましたし、普段は東京にいたので長野の実家に戻って父の経営するアウトドアスクール&宿の運営を継ぐのはちょっと厳しいかなぁというのが素直な感想でした。とはいえ、俺は長男ですから無下に断るわけにもいかず、「とりあえず決算書みせて」と。んで、それからどうするか考えようという話になりまして見せてもらったんですが

真っ赤っ赤。

もう、予想の遥か上を行く感じで真っ赤。逆にこんなに赤字続きの会社をよくもまぁ45年間も経営してきたなと。そのなかで俺を含めた兄弟3人をよく育て上げたなとなんだか妙に感心してしまったんです。それでもって、よくもまぁそんな状態の会社を「継げ」と言ったな親父。あんたなかなか図太いわ。知ってたけど。

で、恐らく親父の会社(兼実家)は俺が「継ぐ」と言わなければ多分潰れる。多分というか、もう債務超過ぶっち切り状態だったので継いだ所で何もしなきゃ普通に潰れる。そうなると、俺の生まれ育った実家が無くなる……というのは、まぁ別にどうってことは無いんですが、それよりもこの会社で長年勤めてくれているスタッフ達の雇用が無くなる、という方が大問題だなと。

アウトドアスクールっていう事業は、お客さまを安全に山や川に連れて行って楽しんでもらう事業なので、言葉を変えればお客様の命を預かっているビジネスです。なのでスタッフはみんなその道のスペシャリスト。でも、かんたんに再就職できるような業界ではない。アウトドアが大好きで、脱サラして、たいして儲からないのに好きだから続けているという大人たちを子供のころからめちゃくちゃ沢山みてきたので、その業界の厳しさは知っているつもりでした。

正直悩みました。

LIGの経営は最優先でやらなければいけない。そのなかで私的な理由で実家の経営を継ぐことは、LIGに対しての責任を果たしていないのではないか、と。

でも。やっぱり生まれ育った野尻湖は素晴らしい場所だし、親父が作ってきたアウトドアスクール自体は、課題は多いものの素晴らしいサービスを提供している自信もある。そして、本気でやればもっといい事業ができる予感はする。

まぁやってみるか。

色々な人に迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、でもここでやらなかったら何か後悔する気がする。俺がやらないと! という使命感も多少はありましたが……。でも、なんか楽しいことになりそうな気もするから。こうして、親父の会社の経営再建を請け負いました。

上手く行ってないなら、変えなければならない

この写真は経営を継ぐ直前のお正月の様子です。

みんな楽しそうにしていますが、観光地として繁忙期であるはずのお正月にも関わらず、宿にいるのは俺の両親と友人達だけ。つまりお客はゼロ。当の経営者である親父は両手お上げて大笑いしていますが、経営的にはまさしくお手上げ状態だったはずです。

ちなみにこの年の1月の売上は7万円とかだったと記憶しています。会社の月商が7万円ですからね。そりゃ親父もバンザイしたくもなるのでしょう。

さて、そんな会社をどう立て直すか。

まず大前提として、現状が上手く行っていないのであれば、何かを変えなければいけないということ。親父がやってきたことをそのまま継いだのであれば、結果も同じになってしまいます。

良いところは残し、変える所は大幅に変える。

まず、そもそも親父の会社はアウトドアスクールがメインで、スクールにやってきたお客さんが泊まるために宿があり、その宿泊客のために食事を出すビジネスモデルでした。つまりこれは、集客の全てをアウトドアスクールが担っているので、スクールが集客できないと、宿も食事も機能しない状態でした。

まずはそこを変えようと。

 

そこで考えたのが、ゲストハウスとレストラン。

アウトドアの夜を照らす明かりのように、人が自然と集まる心地よい宿にしようという想いから「LAMP」という名前でゲストハウスをやろうと。宿だけでも目当てに来てくれるような、食事を目当てに人が来てくれるような、そんなビジネスを新たに立ち上げようと。

 

リノベーション作業はスタッフみんなで手伝いました。

 

東京にいるスタッフと一緒に、静岡まで流木を拾いにいったりもしました。この流木は今でもLAMPの受付横にシンボリックに飾られています。

 

ゲストハウスが出来たからといって遊びに来たのに、改装工事真っ只中で、雑巾がけとか作業を手伝わされた友人たち。

 

冬に工事を始めて、雪がとける頃には宿が完成しました。

 

カッコいい宿ができた……。

ただ、問題は誰がこの宿を運営するのか。

アウトドアスクールと宿をやるのであれば、当然長野に住まなければなりません。さすがに俺がそれをやる事はできない。かといって、LIGでそんな事業を経験している人間はいないし……。

恐ろしいことに、改修工事が終わった段階でこのビジネスを誰がやるのか決めていませんでした。

堀田はウェブじゃない

そこで目をつけたのがこの男、堀田

ウェブ業界にあこがれて業界未経験でLIGに入社したばかりでした。

介護福祉士の仕事をしていたのですが、そこからLIGに来てウェブメディアの仕事をしていた彼は正直全然輝いていませんでした。文章はろくに書けないし、取材に行けば電車の棚にカメラ道具一式を置き忘れて紛失するし、全然持ち前の明るさとか人懐っこさを発揮できていない状況でした。

そんな彼の状況も踏まえて、「堀田、お前はウェブじゃない」とほぼ言いがかりに近いような辞令を出して長野に行ってもらうことになりました。※その当時の記事は以下の感じでまとめてあります。

 

ただ、実際の所は

堀田、お前に長野の事業を任せる。上手くやれるか分からないけれど、頑張ってくれ。ダメだったら潰そう。そうなると俺の実家はなくなるし、年老いた両親は住む場所を失うし、俺の弟と妹、長年勤めてくれているスタッフは職を失うけれど。でも気楽にがんばってくれ

 

堀田「重すぎでしょ」

 

みたいな男らしいやりとりがあったことを追記しておきます。

 

長野に行く直前。蔵前にある日本一イケてるゲストハウスNui.に行って、社長の本間君にアドバイスを貰いに行ったりしました。「ゲストハウスってどうやってやるんすか」って感じで今思うとすげーマヌケな質問してた気がします。

 

2014年6月、LAMPの最寄り駅、黒姫についた堀田。

 

不安に満ち溢れた顔をしていますね。

こうして、ここからゲストハウス事業の大改革が始まりました。

変革の痛みと、募る不満

長野にいるスタッフを集めて、今後の事業展開について俺から説明をしたときの様子です。

これまでの事業の問題点などを説明して、現状から改革していかないといけないことを説明しました。ただ、このときの空気がめちゃくちゃ重たかった。たぶん、みんな不安だったんだと思います。これまでのビジネスがあまり上手く行っていないのは理解している。変えなければならないのも理解できる。

でも怖い。

そりゃそうです。変えた所でその結果が正解につながっているかなんて誰にも分からないから。

そしてそんな事業を現場で引っ張って行くのは、誰よりも年齢が若く、アウトドアスクールの経験も、宿の経験も、飲食の経験も無い堀田という青年。

今、思い返すとそりゃ不安にもなるよな、という状況です。

そして、実際ゲストハウスがオープンすると、やっぱりうまく行きません。そりゃそうです。誰もゲストハウスの運営なんていう経験が無いわけですから。

オペレーションも変わる。

客層も変わる。

目指す方向も変わる。

不慣れな現場でも、お客様に満足してもらえるようにスタッフ達は頑張りますが、それはやはり不満としてどんどん募っていきます。

「前の方がよかった」

「なんで変えたんだ」

というような声もチラホラ聞こえてきました。そして、そういった現場の不満はすべて堀田に向かっていました。更にそれと同時に、東京にいる俺を始めとした経営陣からは堀田に檄が飛びます。

「もっと上手くやれ」

「どうしてこれができないんだ」

 

現場と経営の凄まじい板挟み状態。

俺も檄を飛ばしながらも、「堀田が潰れたらどうしよう……」という気持ちで一杯でした。そして、当時役員会で密かに決まっていた事項がひとつだけありました。

それは、「もし堀田が辞めると言ったら、LAMPは閉じる」ということ。

堀田に任せたのだから、その堀田が無理だと言ったらそれはもうビジネス自体を辞めようと。何より、45年続いた会社の変革をやりつつ、現場でバランスをとりながら、お客様に愛されるゲストハウスを作れる人材が、堀田以外にはいないと思っていたからです。

自ら歩み寄る事で仲間を増やす

アウトドアスクールをやっているんだから、まずは経験しないと。ということで、宿が一段落したタイミングでカヤックに挑戦する堀田。なんかアホっぽいですね。

 

地元のお祭にも参加する堀田。なんかアホっぽいですね。

 

野尻湖で開かれたイベントに参加する堀田。なんかアホっぽいですね。

 

コーヒーの淹れ方を学ぶ堀田。なんだか猿っぽいですね。

 

冬に備えて木を切り薪を作る堀田。堀田……は写ってないかもしれません。

 

これは堀田ですね。

 

これも堀田ですね。

 

まぁそれはそうとして、堀田のスタンスで素晴らしいのは、周りにいる人の仕事や活動に興味を持って、どんどん積極的に関わっていくこと。

「興味があるので教えてください」という姿勢で常に接していると、人はどんどん教えてくれるし、困っているときに助けてくれる。

最初は周りのスタッフと常にギクシャクしていましたし、「堀田はいい加減だ」「堀田に任せても何も進まない」というクレームが経営陣にも沢山あがってきていたのですが、時間がたつにつれて「堀田はいい加減だから俺がやるよ」「堀田に任せても進まないからこっちでやっておくよ」と、何故か周りのスタッフの自立が進んできたように感じます。

いずれにしても、自分から歩み寄って、理解し、弱さをさらけ出すことで味方を増やすやり方ができるのも、ある意味彼の才能なのかもしれません。

そして3年が経ちました

こちらはレストランオープン1周年記念のパーティの様子。

 

最初の頃は積極的にLIG社員も利用してもらい、どうすればもっと良い宿になるかをみんなで話していました。

 

手探りで色々なことにチャレンジして、ダメだったら変えていく。それをスタッフ全員でやっていく。最初は反発もありましたが、常に変化し続ける風土が徐々にできあがり、今では自然とそれがやれるようになりました。

 

名物のLAMPバーガー。俺が言うのもなんですが、早く東京に出店してほしいくらい美味いです。

 

目の前の野尻湖では、アウトドアスクール部門が大活躍。SUPやカヤックなどが楽しめます。

 

そして3周年パーティ。

今までで見たこと無いくらいの人人人……。

朝から晩までで、総勢300人以上は来たんじゃないかな…。

2014年正月に客ゼロで過ごしたあの宿は、本当に沢山の人たちに支えられてこんなにも素晴らしいゲストハウスになりました。

 

パーティの最中、集まったお客さんに対して堀田が言った言葉。

今日は僕達スタッフも楽しみたいので、BBQのお肉はなるべく自分で焼いてください。誰かの粗相はみんなでフォローしましょう。そして、みんなで楽しみましょう!

サービスを提供する側とされる側で区切るのではなく、一緒にこの空間を楽しむ為にみんなでどうあるべきなのかを訴えかける、素晴らしい、そして堀田らしいスピーチだったと思います。

そして、当初は「左遷された堀田さんを見に来た」というお客さまが多かったのですが、徐々に「堀田さんに会いに来た」「堀田がいるから来た」に変わってきている気がします。少なくともこのパーティに来てくれていた人たちは、そういう人が多かったように感じました。

 

あのボロボロの経営状況のなか、色々な軋轢を乗り越えてここまでの宿にできたのは堀田のおかげだと思っています。

それでも堀田は「まだまだもっと良くなります! もっと変えたいんです。あと、僕のおかげとか言うのはやめてください。スタッフみんなのおかげです」と。

それは俺も分かってる。スタッフみんなで作り上げているし、ひとりじゃ何もできないもわかってはいる。むしろ堀田ができないからこそ、まわりのみんなが頑張っているのも分かってる。

でも、一回だけ言わせて。

 

堀田。よくやった。

 

 

なんでか分かりませんが、パーティの最後にみんなからキスしろとコールされたので、感謝の意を込めてキスしておきました。ヒゲがチクチクして不愉快でした。

 

そんな素敵なLAMPは、これからの季節が最高に楽しいのでぜひ皆さん遊びにきてくださいね〜。

こんな宿で一緒に働きたい! っていう人からのご連絡もおまちしてまーす!

ゲストハウスLAMP

 

 

最後に、堀田と共にLAMPを盛り立ててくれているスタッフのみんな。いつも来てくれる常連のお客様たち。応援してくれている地域の皆様。本当にありがとうございます!!

これからも頑張りますので、よろしくお願いします!

では!

 

 

 

\ 大分にLAMP2号店作ってます /

ゴウ
この記事を書いた人
ゴウ

代表取締役 社長

おすすめ記事

Recommended by