「血管、浮かび上がってるし」酔っ払った先輩の即興ラップがキッカケだった
— ラッパーになろう、と思ったのはいつ頃からですか?
高校3年のときです。もともとは僕、バンドマンだったんですよ。高校のときも軽音楽部入ってて、文化祭のときにライブやったりしていて。そのときはロックとか弾いてましたね。だけど昔からヒップホップは聴いてたし、ファッションとかもヒップホップのスタイルが好きで。
そんな中、キッカケとなったのは地元(長野県)のお祭りでした。先輩が酔っ払ってラップを目の前でしてきたんですね。僕は生まれて初めて生のラップを見て聴いて。めちゃくちゃ刺激を受けちゃったんですよ。
それから一緒にいた友だちと「オレらもやってみない?」と練習しはじめました。
— その先輩のラップはどんな感じでしたか?
酔っ払っていたとはいえ、即興で言いたいことをぶちまかしているし、もう血管が浮かび上がってるし、すごくアツいフリースタイルをやっていて。
言っていることもすごいカッコいいし、その姿もめちゃくちゃカッコよくて。「マジでヤベェな」って思ったのを覚えていますね。
— それからラッパーとして活動しようと。
はい、初めてステージに立ったのも高校3年生の終わりでした。「やらなきゃ進まない」と思って。ステージで歌うこと自体は、誰でもって言うとあれですけど、簡単なわけですよ。だけどお客さんからお金をもらうわけですから、プロとして見られるじゃないですか。だからプロとして恥ずかしくないラップを歌えないといけない。
キッカケを与えてくれた先輩からは、「どこでもフリースタイル(即興ラップ)ができるようにならないと、ステージに立たせないぞ」って怒られてましたね。
「沈黙よりはマシ」ヘタクソな即興ラップで初ステージのトラブルをカバー
— 初ステージはやはり緊張しました?
ライブまでは「本当に自分は才能あるのかな」とずっと悩んでました。だけどプライドを捨てなきゃ、と思って。
長野って東京と違って毎日ライブやっているわけではないので、ステージに立って、とにかく名を広めないといけない。そしてステージに立たせてもらうためにチケット売ったり、ライブ以外にも顔を広げるために、ライブのセキュリティをやったり、とりあえず顔と名前を覚えてもらおうと必死でしたね。
— 最初のステージはどうでしたか?
もう頭の中が真っ白になって、お客さんの反応もイマイチ、トラブルも起こるし。マイクコードがからまって動けなくなるし、あとCDが流れなくなっちゃって。音楽が流れないときはMCがフォローするしかない。シーンと沈黙になるのが一番ダメなので。それで「何かしないと、何かしないと」とパニックになって。
でも、そのとき沈黙よりはマシだと思って、自分のヘタクソな即興ラップでカバーしました。ステージに立っているのに、何もしないわけにはいかないじゃないですか。だから、あの状況をカバーするにはフリースタイルしかなかった。フリースタイルは大きな武器だなと感じた瞬間でした。