作るのは数字だけじゃない / デジタルハリウッド
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2015.10.12
LIG PR
#16
働き方インタビュー(経営者編)

社員が全員辞めても譲れなかった「誰と一緒に働くか」 | LIG

LIGブログ編集部

事業を継続することが他の業界よりも難しいとされるIT/Web業界にあって、株式会社LIGは来年6月に10期目を迎えます。ユニークなプロモーションで知名度を上げたLIGには、一方で、かつて何度も廃業の危機に瀕した経緯がありました。

そこで今回は、LIGの創業者の岩上に、LIGがこれまでどのように窮地を乗り越え、事業を拡大してきたのかを聞きました。

iwakami 人物紹介:岩上 貴洋
学生時代にモバイルマーケティング、ITベンチャー企業数社に参加する。在学中からアーリーステージを対象とした独立系投資会社にて、投資業務、コンサルティング業務に従事。2007年、株式会社LIG創業。

起業にこだわった理由は「日本では失敗しても死なないから」

Poole/LIG

もともと“自分で会社をつくる”ことにこだわりがあったという岩上。その想いは新卒で入社した投資会社を3ヶ月で辞めてしまい、次に入社した会社には「起業するから半年で辞める」とあらかじめ宣言するほどでした。

岩上
どうしてそこまで起業にこだわったかと言うと、好きなことがしたかったんです。僕は学生時代にバックパックでぐるぐるアジアをまわるのが好きで。できるだけ遠くへ行って、世界はどこまで広いのか知りたいみたいな、アンニュイな時期があったんですよ(笑)その頃から漠然と起業というのは考えていたので、現地の経営者の人にお話を聞いて、そしたらそれが結構ショッキングだった。

岩上が聞かされたのは、生活水準が高くない、またはルールが未整備の地域で起業して失敗すると、“本当に殺されかねない”という状況。中国で会社をやっているというその先輩経営者は、青龍刀を持って追いかけられたことや、注射器を腕に刺されて何か打たれそうになったこともあると語ったそうです。

岩上
そういうのを考えると、日本では失敗しても死なないなあ、と。水も買わなくて済むし、食べ物もあるし、殺されない。それなら明るくいたいし、自分の好きなことをやろうと決めていました。そうしてつくったのが、LIGという会社です。

この時代に自分が生まれて来なかったら、もう勝敗が決していると思った

現在はWeb制作会社としての認知も定着して来たLIGですが、事業領域としてWebを選んだ理由には、プレーヤーとしての岩上の感性が色濃く反映されていました。

岩上
じゃあ何をやろうかと考えたときに、僕はもともとWebが好きだった。インターンとかアルバイトもずっとIT系の会社だったのですが、自分のちょっと年上の人たちが社会人として会社を切り盛りしているのを見て、すごくいいなと。当時livedoorさんとかGMOさんとか、2000年にはCyber Agentさんが上場して、Webは元気がいいところだった。あの頃は、もしも自分がアジアの途上国に生まれていたらおそらくWebなんて知らなかった、日本に生まれてよかった、と心底思っていました。Webにどんどん新しいものが現れていた頃だから、自分が生まれて来たのがこの時代じゃなかったら、もう勝敗が決しているという危機感があったんです。

「例えば工場をつくろうと思うと相当お金がかかってしまうけど、Webならまだ参入障壁も低いし、パソコン1台ではじめられる」と岩上。だからLIGはWebの世界でやることを選んだ、とのことでした。

“何をやるか”ではなく“誰とやるか”を重要視した

しかし、Webで具体的になにをするのかという根本的な部分は決まっていませんでした。そこで岩上が重視し、現在も受け継がれているのは、とてもシンプルな理念です。

岩上
“何をやるか”より“誰とやるか”というのを重要視しようと思ったんですね。なんでかって言うと、Web業界はトレンドの流れが速いので、“何”をベースで考えると、すぐに変わっちゃう。GREEさんもDeNAさんも、事業分野は今と昔でぜんぜん違いますよね。それが良いとか悪いとかじゃなくて、だったら、気の合う仲間とやりたいというのがあった。

ここで、社名の由来である、“Life is Good”が登場します。

岩上
一緒にやる仲間が気の合う人だったら、ずっと楽しく生きれるなと思ったんです。それでまずは“Life is Good”。そこから社名を『LIG』にしました。でも、そもそも何をするか決まってないし、ホームページもない。実績もない、そもそもITがよく分からない。そんな状態からのスタートなのに、「じゃあ何なの?」と聞かれると、「Webの会社です」と言い張ってました(笑)
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