社員が全員辞めても譲れなかった「誰と一緒に働くか」 | LIG

LIGブログ編集部


社員が全員辞めても譲れなかった「誰と一緒に働くか」 | LIG

事業を継続することが他の業界よりも難しいとされるIT/Web業界にあって、株式会社LIGは来年6月に10期目を迎えます。ユニークなプロモーションで知名度を上げたLIGには、一方で、かつて何度も廃業の危機に瀕した経緯がありました。

そこで今回は、LIGの創業者の岩上に、LIGがこれまでどのように窮地を乗り越え、事業を拡大してきたのかを聞きました。

iwakami 人物紹介:岩上 貴洋
学生時代にモバイルマーケティング、ITベンチャー企業数社に参加する。在学中からアーリーステージを対象とした独立系投資会社にて、投資業務、コンサルティング業務に従事。2007年、株式会社LIG創業。

起業にこだわった理由は「日本では失敗しても死なないから」

Poole/LIG

もともと“自分で会社をつくる”ことにこだわりがあったという岩上。その想いは新卒で入社した投資会社を3ヶ月で辞めてしまい、次に入社した会社には「起業するから半年で辞める」とあらかじめ宣言するほどでした。

岩上
どうしてそこまで起業にこだわったかと言うと、好きなことがしたかったんです。僕は学生時代にバックパックでぐるぐるアジアをまわるのが好きで。できるだけ遠くへ行って、世界はどこまで広いのか知りたいみたいな、アンニュイな時期があったんですよ(笑)その頃から漠然と起業というのは考えていたので、現地の経営者の人にお話を聞いて、そしたらそれが結構ショッキングだった。

岩上が聞かされたのは、生活水準が高くない、またはルールが未整備の地域で起業して失敗すると、“本当に殺されかねない”という状況。中国で会社をやっているというその先輩経営者は、青龍刀を持って追いかけられたことや、注射器を腕に刺されて何か打たれそうになったこともあると語ったそうです。

岩上
そういうのを考えると、日本では失敗しても死なないなあ、と。水も買わなくて済むし、食べ物もあるし、殺されない。それなら明るくいたいし、自分の好きなことをやろうと決めていました。そうしてつくったのが、LIGという会社です。

この時代に自分が生まれて来なかったら、もう勝敗が決していると思った

現在はWeb制作会社としての認知も定着して来たLIGですが、事業領域としてWebを選んだ理由には、プレーヤーとしての岩上の感性が色濃く反映されていました。

岩上
じゃあ何をやろうかと考えたときに、僕はもともとWebが好きだった。インターンとかアルバイトもずっとIT系の会社だったのですが、自分のちょっと年上の人たちが社会人として会社を切り盛りしているのを見て、すごくいいなと。当時livedoorさんとかGMOさんとか、2000年にはCyber Agentさんが上場して、Webは元気がいいところだった。あの頃は、もしも自分がアジアの途上国に生まれていたらおそらくWebなんて知らなかった、日本に生まれてよかった、と心底思っていました。Webにどんどん新しいものが現れていた頃だから、自分が生まれて来たのがこの時代じゃなかったら、もう勝敗が決しているという危機感があったんです。

「例えば工場をつくろうと思うと相当お金がかかってしまうけど、Webならまだ参入障壁も低いし、パソコン1台ではじめられる」と岩上。だからLIGはWebの世界でやることを選んだ、とのことでした。

“何をやるか”ではなく“誰とやるか”を重要視した

しかし、Webで具体的になにをするのかという根本的な部分は決まっていませんでした。そこで岩上が重視し、現在も受け継がれているのは、とてもシンプルな理念です。

岩上
“何をやるか”より“誰とやるか”というのを重要視しようと思ったんですね。なんでかって言うと、Web業界はトレンドの流れが速いので、“何”をベースで考えると、すぐに変わっちゃう。GREEさんもDeNAさんも、事業分野は今と昔でぜんぜん違いますよね。それが良いとか悪いとかじゃなくて、だったら、気の合う仲間とやりたいというのがあった。

ここで、社名の由来である、“Life is Good”が登場します。

岩上
一緒にやる仲間が気の合う人だったら、ずっと楽しく生きれるなと思ったんです。それでまずは“Life is Good”。そこから社名を『LIG』にしました。でも、そもそも何をするか決まってないし、ホームページもない。実績もない、そもそもITがよく分からない。そんな状態からのスタートなのに、「じゃあ何なの?」と聞かれると、「Webの会社です」と言い張ってました(笑)

2年目の終わりに、みんないなくなっちゃったんです

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その後、メイン事業をWeb制作に据え、順調に成長を進める創業当初のLIG。しかし、落とし穴は見えないところにありました。

岩上
少しずつメンバーが加わっていって、大体10人くらいになったんですが、2年目の終わりくらいに、みんないなくなっちゃったんです。社員が自分ひとりだけになってしまって。やっぱり「“Life is Good”!楽しく生きよう!」だけだと、みんなの“楽しい”の基準が違うから。

当時は“人の気持ちが分からなかった”と岩上。価値観の差異が理解できず、仲間が離れてしまったそうです。ひとりになった岩上には、進行中のプロジェクトが残されます。ちなみに、その時の資本金はわずか7万円ほどでした。

岩上
7万円でできることなんて限られているんですよ。しかも仕掛品が仕掛かり中なので、もちろんお客さんからは「いつできるんですか、納期も過ぎてるんですけど」っていう電話がひたすらかかってくる。だから僕も「わかりますよ、ただ一番困っているのはたぶん僕だと思います」という心持ちでいたんですけど、お客さんは「そんなの知らん!」と怒りますよね。当然ですけど。

“底抜けにポジティブで、どんなときでも笑顔を絶やすことのない社長”LIGの社員から見る岩上はそんなイメージです。しかし、そんな岩上も、さすがにこれはキツかったと語ります。

岩上
あの頃はもう電話が鳴り止まなくて、社長さんとか担当者さんとか弁護士さんとか、みなさんお怒りで、すいませんでした、と。新しい仕事をとってきて、先にお金を頂けても、まだ足りない。国の金融公庫へ行っても、「審査にすごい時間かかります」と。これは闇金に手を出すしかないのかと思ったとき、友だちに連絡してみたら、いいよって言ってくれて。おお「審査ゼロ(笑)」みたいな。

会社の存続の最大の危機は、友人の助力により回避されました。これはある意味で、ポジティブな岩上の人柄ゆえかもしれません。しかし、事業の継続を支える岩上のメンタリティーは、この経験を機に培われたものであるようです。

岩上
このときに発見があって、僕はそれでも明るかったんですよ。アジアをまわってて良かった、死なないのは大きいなと思いました。ナイフを突きつけられたら明るくいられなかったですけど、電話くらいと思って(笑)

社名が“LIG”でほんとに良かったなと思います

窮地を乗り越えた岩上でしたが、この時期は悩み、何度も経営を投げ出そうと思ったと言います。

岩上
キツいし、ひとりだし、お客さんに迷惑をかけているのも分かっていて。「これやってる意味、あるのかな」と毎晩のように考えてました。しかも、ありがたいことにですが、辞めて一緒に(事業)やろうよと言ってくれる人は周りにいっぱいいたんです。でも僕はどこにも行かなかった。

社員が自分ひとりになる。本来これは会社としては致命的なことであるのに、それでも岩上は諦めません。その理由は、LIGという社名にありました。

岩上
それは、LIGが“Life is Good”の略だから。自分の中の“Life is Good”はなんなのかというと、“一緒に働く人”。何をやるかより、どういう人となら一緒にやりたいのか、それが重要でした。例えばインターハイを目指そうよって言って、インターハイの出場が決まったときよりも、それを仲間と目指しているときの方が、僕は楽しいと思うんですよ。そこで“誰と”を選ぶためには、やっぱり自分でつくるというのがすごく大事で。自分の“Life is Good”を話すときに、どこか他の会社に所属してしまうと、それができなくなっちゃうから、頑張ろう、って。だから、社名がLIGでほんとに良かったなと思います。

事業へのモチベーションの源泉は、経営者によりさまざまですが、それがLIG、岩上の場合は“誰と一緒に働くか”という一点にありました。では、岩上はそれをどう維持してきたのでしょうか。

岩上
ギリギリのとこまで行くと、根源の部分を忘れちゃうんですよね。なんでやってるのか、っていうのを。でも、名刺とか、オフィスで大きくLIGという文字を見れば、忘れないです。

自分の給料が払えなかったとしても、この人に対して給料を払えるかどうか

LIGの社員数は、今や60人を超える規模になりました。会社を成長させる際に、岩上はどのようなことを意識しているのか聞いてみました。

岩上
LIGが10人弱くらいの頃は、自分の給料が払えなかったとしても、この人に対して給料を払えるかどうか考えて、それでも一緒に働きたい人を仲間にしていました。僕にとって“Life is Good”の本質みたいな部分でもあるんだけど、やっぱり仕事はひとりじゃできないし、だからLIGとしてみんなでやる。その基準で言うと、前向きかとか、責任感があるかとか、信頼されるとかが重要になるかなって。

社員数が60人を超えた今、仲間を集める基準は“自分の言葉でこだわりを語れる人”であると岩上。

岩上
あと視野が広くて、目線が高い人と一緒につくっていきたいと思っています。結局、そういう人が好きなので、一緒に働きたいかどうか、という基準は変わっていないのかもしれないです。

Webのナレッジとリアルを掛け合わせて、世界に“Life is Good”を届けたい

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Web制作事業と、2013年頃から本格化したメディア事業を主軸に運営するLIGですが、最近では新規事業としてゲストハウス『LAMP』、シェアオフィス・コワーキングスペース『いいオフィス』など、事業領域を拡大させています。今後、LIGはどんな方向に進んでいくのか、聞いてみました。

岩上
やっぱり何かをつくるのが好きなんです。イケてるものを自分たちが発信して、「すごくない?」って言いたいのはあって(笑)LIGというブランドをつくったり、“Life is Good”のメッセージをできるだけたくさんの人に伝えたいと思ってます。それをWebだけでなく、リアルの世界にも広げていきたいというのはありますね。もともとWebが好きなのは、まだ会ったこともない人たちと一対多数でコミュニケーションできるからなので。それがWebだけで終わっちゃうのはもったいないと思います。

リアルとWebの関わりは、どのIT/Web系企業であれ今後の大きな課題です。LIGは具体的にどのような未来図を描くのでしょうか。

岩上
例えばゲストハウスもいいと思う。最近ゴウくん(共同代表の吉原ゴウ)が「LAMPの最新のマーケティング方法がわかった!」って言うから、聞いてみたらポスティング(広告・宣伝を目的に、ビラやチラシを郵便受けへ直接投入すること)だと。ゲストハウス単体で見ると、Webからの集客がすごくいい。でも、それだけだと価格競争になってしまうから、この秋にレストランを併設したんですね。このレストランを盛り上げるには、Webじゃ届かなくて。田舎だし。そこで、町内に折り込みチラシを配ろうって発想なんですけど、そこにFacebookやTwitterを運用してファンをつくって来たノウハウを入れよう、みたいなことらしくて。

ポスティング単体で見るとレガシーなんだけど、そこにWebのナレッジを掛け合わせた瞬間に、何か新しいことができるなあ、と。Webだけを見てるとそういうことに気がつけなかったりするので、ちゃんとリアルにまで影響させたい。それが日本だけに留まるんじゃなく、世界に“Life is Good”が届いて「こういう会社楽しいじゃん!」と思わせることをしたいです。

事業の継続に必要なこととは、LIGの場合“たとえ仲間が一度すべて離れてしまっても、変わることがなかった経営理念”でした。一般的な常識に捉われず、Webで蓄えた知見を積極的にリアルでの展開に落とし込んでいく。それはおそらく、つくり、広げることのできる、LIGという企業ならではのクリエイティブだなと思わされました。


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