うぬらこんにちは! 目を飛び出させ、顔を歯茎にしたい。カリカチュアの帝王、田中ラオウです。
カリカチュアの帝王、田中ラオウ( @raoutanaka )です。
女川町復幸祭2018
3/24と25、宮城県女川町の「女川町復幸祭」にお声がけいただき、似顔絵ブースを出店してきました。
女川町は宮城県北東部にある海沿いの町です。2011年の東日本大震災による被災率と人口減少率が日本一と、大変な被害に遭われました。建物の倒壊率は80%以上。実に町民の10人に1人が亡くなったそうです。
震災から2ヶ月後の2011年5月4日、当時の女川高校グラウンドにおいて
~女川の町は俺達が守る~
おながわ復幸市! 店は流されても商人魂は健在です!
と題したイベントが行われました。これが今回お誘いいただいた女川町復幸祭の第一回目だそうです。震災から2ヶ月での開催というのは、復興祭としては日本で一番早かったそうで、町の人たちの復興への強い想いを感じます。
町の有力者の決断
女川町の再建にあたり、町の有力者が集まり復興計画を練ったそうですが、その中の1人、蒲鉾本舗 高政(販売商品「御膳蒲鉾 かき」が2017年農林水産祭で天皇杯受賞)の社長高橋正典さんがこう提案したそうです。
「私も含め60代以上は復興計画には口を出さないようにしましょう。20年後、30年後にこの計画の結果が出た時、私たちの年齢ではもう責任を取れないかもしれない。若い人たちに任せましょう」
以来若い町民が中心となった復興チーム(復興連絡協議会)は責任世代と呼ばれ、【100年先の子どもたちが誇れるまち】を目指して、1000年に一度のまちづくりを担ったそうです。今ではその民間主導のまちづくりは世界中の人が学びに訪れる程になっており、復興のトップランナーとも呼ばれているそうです。
そんな責任世代がつくり上げた街並みを見ていきましょう。
女川駅
なんと!女川駅の中には温泉があります。駅に着いた瞬間テンションぶち上がりです。駅からは海が見えます。女川は津波で被災した海岸の中で、唯一今でも海を見ることができる町だそうです。
※ほとんどの海岸で津波対策の防壁が建てられ、海が見えなくなりました。
駅を出てすぐに足湯もあります。誰でも無料で使えます。
街並み
何もかもが新しく、デザイン性に優れていました。
ほやチンコ。
町の壁には女川ではお馴染みのスペインタイルがあしらわれています。
女川駅に最も近いホテルEL FARO。
https://hotel-elfaro.com/
部屋番の表札にもスペインタイルが使われています。
復幸男
復幸祭の前日には復幸男というイベントがあります。
これは「津波が来たら高台へ逃げる」という津波避難の基本を、何かの形で後世へ伝え続けたい、という思いから発案されたイベントで、津波発生時刻に合わせて「逃げろ!」という合図で参加者が一斉に坂道を駆け上がるイベントです。今年は駅の横の坂道400メートルのコースでした。
見事1位に輝いた方にはその年の復幸男という称号が与えられ、豪華景品ももらえます。今年は僕、世界チャンピオン田中ラオウの似顔絵も贈呈されました。
僕は今回復幸男には参加する予定ではなかったんですが、約150名の参加者の方々の熱気に触発され、迂闊にもお祭り気分で当日参加してしまいました。
スタート地点では浮かれて「イェーイ」などと言ってるうちに、うっかり最前列にスタンバイしてしまい、道中ゴボウ抜きでした。みんなが僕をゴボウのように抜き去っていきました。
坂道の途中で胃のあたりがだんだん冷たくなってきて、うっすら死んだじいちゃんが目の前をちらつきましたが、なんとかゴールにたどり着くことができました。
やはりなんの準備もなしに400メートルの坂道を全力ダッシュするのは無理がありました。後悔。
でも走ってよかったと思ったことがひとつあります。それは先頭にスタンバったくせに全然ついて行けなくて「恥ずかしいな」「情けないな」と思いながら走っていた僕に、コース脇の民家の方や沿道にいた沢山の人がみんな笑顔で「頑張れ、頑張れ」って声をかけてくれたことです。声に出して応援されるって本当に勇気が出ます。なんとか最後まで走ることができました。
実は応援されたこと自体にびっくりしてました。僕は日頃からカリカチュアの帝王であろうとするあまり、1位争いをしている人や1番を目指してる人しか応援される資格がないと思っていたのかもしれません。
でも、それは違うのかもしれないと思いました。
女川町復幸祭
復幸男の翌日には女川町復幸祭が行われました。ステージでは「水曜どうでしょう」のディレクターさんによるトークショーや歌手の方々のライブパフォーマンスが華やかに繰り広げられていました。
僕はメインストリートの真ん中で似顔絵ブースを設置させていただき、一日中ずっと似顔絵を描きっぱなしでした。
多くの方に喜んでいただき、とてもうれしかったです。
こちらは女川町長の須田善明さん。町民に溶け込みすぎていて素敵でした。
町長は女川復幸祭を100年後も続くお祭りにすると言ってました。女川への想いはコチラをご覧ください。
http://www.town.onagawa.miyagi.jp/02_01_02.html
打ち上げ
ラオウお待ちかねの打ち上げタイム! さぁーーーすが港町! ひゅおぉぉ―――――スポポポポ!!!! クラフトビールと海鮮鍋でゴーーールゴルゴルゴルゴォーーーーーーーーール!!!!!!!
このビールは駅前商店街の一角にある「ガル屋」というビールバーで飲める女川ホップペールというクラフトビールで、僕のクラフトビール史上断トツで旨かったです。
ホント最高。ホント最高。これを飲むためにだけにまた女川来たいくらい。絶対また飲みたい。
「ガル屋」
https://tabelog.com/miyagi/A0404/A040403/4017520/
女川には若い力も集まっています。今回は県外からHLABのメンバーがお祭りのサポートに来てくれていました。
打ち上げでは日本の教育の未来について語り合いました。僕が20代の頃は「いかにカリカチュアの帝王になるか」が人生の全てで、基本的に自分のことしか考えてなかったのですが、HLABのメンバーは大学生でありながら、高校生の将来設計に多様性を与えるための活動に注力されていて、本当に勉強になりました。
HLABでは、毎年世界各地から集まる高校生と大学生や社会人が、総勢約400名が泊まり込みで行うサマースクールを全国4地域で開催しているそうです。今年も4月中旬より 高校生参加者の募集が始まるそうなのでご興味がある方は以下のページからイベントをチェックしてみてください。
https://m.facebook.com/hcji.lab/
宿泊場所は仮設住宅
女川滞在中は仮設住宅に泊まらせていただきました。この仮設住宅は競技用グラウンドの上に建てられたもので、今年の三月いっぱいで全室退去が決まっているそうです。
一度海水に浸かった土地には住居を建てられないそうで、まだ土地も建物も足りておらず、三月末までは住まれている方がたくさんいらっしゃいました。
お部屋はこんな感じ。二泊しかしてないのに散らかしてすみません。
女川土産
時間が無かったのでお魚屋さんだけ寄らせてもらいました。
僕はもうお魚が好きすぎて、自分をもはや魚類にカテゴライズしてるのでとにかくお魚が買えてうれしい楽しいだーいすーき! しかも安いしおいしい! ありがとう魚! 魚とディープキッスを所望!
まとめ
女川に来ることをホントにオススメしますよ僕は。だって駅に温泉がついてて魚介類とクラフトビールが旨くて町もキレイで人も優しいんですもの。
もし来年の復幸祭に合わせて来るならこんなコースはどうでしょうか!
初日:女川到着→とりあえず駅前で足湯→復幸男に参加→温泉に入る→ビール→昼寝→ビール→海鮮鍋→EL FARO宿泊
二日目:朝風呂→復幸祭を楽しむ→ビール→焼肉や寿司など→お土産買う→帰る
いい! 僕来年も絶対来よ。ありがとう女川。
取材協力:特定非営利活動法人アスヘノキボウ 後藤 大輝さん
撮影協力:株式会社IMAKE 濱野 将さん
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田中ラオウ公式Webサイト「The Artwork of Raou Tanaka」
田中ラオウ監修の似顔絵販売「似顔絵制作ドットコム」