それ、本当に子供のため? 勉強すると怒られた元ヒッピーの子育て論

ゆうき


それ、本当に子供のため? 勉強すると怒られた元ヒッピーの子育て論

こんにちは!

熊本三角エコビレッジサイハテ住人のゆうきです。

 

20歳のときにヒッピーに出会ってからというもの、「人生をいかに幸せに生きるか」≒「Life is good」をひたすら模索し続けてたら、干支が一回りし33歳になりました。2歳と6歳の子供を育てながら、職業は「ソーシャルヒッピーです!」とか言ってると、

 

一体どんな教育受けて来たんですか?

 

なんて聞かれることがよくあります。この間なんて、元教師の方が僕の長野の実家まで訪ねてきて「どんな教育をされたらあんな方が育つのでしょうか?」って母親に教えを請いに来たんだとか。笑

 

そこで今回は、父親になった僕が考える「子育て」について書いてみたいと思います!

 

親父のちょっと変わった教育論

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僕の両親はヒッピーじゃない普通の人です。

 

ただ、普通の家庭と違かったのは、ちょっと変わった教育だったこと。

 

父親は3歳まで僕を怒らなかったと言います。

 

そして、何をするにも「反対」したことがありません。それは甘やかすとかということではなく、僕がやることを「常に信じて」励ますということ。小さな頃から息子に対しても尊厳を持って「君」付けして呼んでいた父親は、「大丈夫! ゆうき君ならできる!」と言い続け、できなかったときは一緒に笑ってくれました。

 

そんな父親が大事にしてきたものを象徴するエピソードを2つお話ししたいと思います。

 

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Episode1. 勉強する暇があったら遊んで来い!

小学生の頃です。放課後、家で宿題をしていた僕を見て、父親ががかけたひと言は「勉強する暇があるなら、外に出て友達作って遊んでこい!」。《自由》を与えられ、僕が大喜びで遊びに行ったことは言うまでもありません。

 

父親は、人生における最大の財産は「友達」である、と、僕によく言って聞かせました。そして何より、子供の仕事は「遊ぶコト」だと。

 

だから僕は一生懸命、与えられたその「仕事」をこなしてきました。外に出て友達をたくさん作って遊び続けたのです。この教えは、33歳になった今でも変わっていないように思います。というのも、僕の仕事は「村づくり」。仕事と遊びの区別がほとんどないのです。

 

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Episode2. みんな家まで送ってこい!

もうひとつは、女の子に対してです。これも小学生だったときの話。いつものように外で友達と遊んでいたのですが、日が暮れてきたのでみんなとバイバイし家に帰りました。すると、父親が「今日は何して遊んだ?」と聞いてきたので、「今日はクラスの女の子6人と遊んだよ!」と答えると、父親は「それは良いな! みんな家まで送って行ったか?」と言うのです。

 

僕が「みんな家の方向もバラバラだし、してないよ」と答えると、父親に「早く戻って、みんなを家まで送って来い!」と追い出されました。苦笑

 

女性を守るのが男の役目、女性に手をあげるなんて以ての外! 何があっても絶対手をあげてはいけないのだと教え込まされました。この教えは父親になった今、息子たちにも教えていることのひとつです。

 

サイハテ村の子育てって?

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サイハテ村には10人の子供がいて、それぞれの家庭の中で育てられていますが、1万坪の敷地の中で遊ぶ姿はまるで兄弟のよう。よく遊び、よく笑い、よく怪我し、よく泣きながらもたくましく成長しています!

 

素晴らしい自然環境もそうですが、サイハテ村のコンセプトでもある、“ルールもリーダーもいない村づくり”によって、僕ら大人たちが楽しんで暮らしているからだと思っています。大人たちが楽しんでいるからこそ、子供たちも伸び伸びと遊ぶことができるからです。

 

ただ、親として気になることがありました。それは、

 

サイハテ村の子供達は小学校に行くのか?ということ。

 

彼らには、枠にはまりきった小学校では窮屈なのではないか? 日本特有の詰め込み式の学習スタイルでは、自分で「考える」力が失われてしまうのではないか? フリースクールやホームスクーリングなどの選択肢も考えていました。

 

小学校に行きたくない?

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去年のことです。サイハテ村から2人の子供が小学校に入学しました。そして案の定、彼らはすぐに「学校に行きたくない」と言ったのです。僕らも無理に行かせるつもりはなかったので、やりたいことをやりたいようにできるように彼らを見守ってきました。

 

半年が過ぎた頃、たびたび様子を見に来てくれる担任の先生が、いつものように学校へ来ないかと誘ってくれていました。「明日は虫を採りに行くんだよ!」とか「勉強は嫌いかな?」と語りかけるも、その子は黙ったまま。

 

なんで黙っているんだろうと思い、僕は先生が帰ってから、なんで小学校に行きたくないのか聞いてみることにしました。

「勉強嫌い?」
「ううん」

「友達がイジメてくる?」
「ううん」

「先生が嫌い?」
「ううん」

「じゃあなんで小学校行かないの?」
「わかんない」

 

どうやら、小学校に行きたくない理由が分からなかったから黙っていたようでした。その後も学校でのことや感じ方などを一緒に考えているうちに、その子は言いました。
「……分かった!」

 

自分らしくいられないからだ!

 

小学校1年生がその感覚を理解したことに驚きました。それは小学生だけじゃなく、高校生も、社会の大人でさえなかなか理解できないことのように感じているからです。そして、彼は自分の感覚に従い、小学校に「行かない」と言う選択をしました。

 

自分らしさってなんだろう?

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オーストラリア出身の女性モデル Miranda Kerr の言葉に自分らしさのヒントがあります。

 

バラはひまわりになれないし、ひまわりはバラにはなれない。花はそれぞれが独自に美しいのと同じで、女性もそれぞれに美しいの。みんな自分の個性を大切にするべきよ

 

つまり、自分らしさとは個性であるということですが、じゃあ、個性って一体なんでしょう?

 

僕は「生き様」だと思うのです。バラもひまわりも、種のままではあまり変わりません。バラやひまわりは、成長を通して個性という花を咲かせるのです。

 

子供らしさとは?

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子供らしさとは本来、好奇心旺盛で活動的で、自己中心的で喜怒哀楽がはっきりしたものです。彼らは「やってみる」中で物事を理解し、社会性を知り、個性を育んでいきます。

 

たとえば、子供が泥遊びをしていたとします。彼らは土と水の魔法に魅せられ全身全霊で遊んでいます。体験を味わい尽くしているのです! そこに、母親がやってきてこう言います。「最悪! 汚いからやめなさい! 一体誰が汚れた服を洗濯すると思ってるの?! 服シミになっちゃうじゃない〜」

 

こんなことを突然言われた子供は、こん棒を持ったトロールに頭を叩かれたように放心状態になります。花ならば芽吹き出した芽をチョキンと切られたようなものです。子供は自分らしさを肯定できず、自信をなくしていきます。こんなようなことが、そこら中で起こっているのです。

 

家事や仕事が忙しいのは分かります。子供にはもっと自由でいてほしいと願いつつも、自分自身が「自分らしく」いられない環境に疲れてしまうからなのだと思います。

 

いつもは無理かもしれませんが、無意識にならないでほしいと思います。大人の都合で子供を縛り付けてしまったと気づいたとは、なぜそうしてしまったのか子供に伝え、謝りましょう。

 

子育ては子供を育てるだけじゃなく、親自身も学びきれなかった「子供心」を育んでいくものだから。

 

最後に

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今年になって、サイハテ村の小学生は5人になりました。うちの子も1年生です。入学式では保護者代表の祝辞をロン毛ひげ面のソーシャルヒッピーがするなんてこともありましたが、今ではみんな小学校に通っています。

 

サイハテ村とは違う世界に最初はおどおどしていましたが、今じゃ「小学校楽しいよ!」と毎日休まず通っています

 

父親になった今、子供たちにはどんな「場所」や「環境」でも《自分らしさ》を失うことなく、輝くことができるように、強くたくましく育ってほしいと願っています。

 

-Fin-

 

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ゆうき
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