こんにちは、LIGのゴウです。
今、巷では熟成肉が大ブーム。「熟成」って言葉の響き…いいですよね。もう、これがついているだけでめっちゃ美味しそうに感じちゃうから不思議です。
さて、そんな熟成肉ですが、これって家庭で作れるのでしょうか。もし家庭で作れるのなら…ほんの一手間で肉が美味くなるのなら…
というわけで、専門家に聞いてきました。
熟成肉の専門家、モリタハヤト氏
熟成肉のプロ、モリタハヤトさん。
2.2坪の激セマ焼肉店六花界や、1年先まで予約が取れない初花一家、そして立ち上げ時にクラウドファンディングで1,000万円超を集めた新店舗、クロッサムモリタなどを経営する焼肉業界のすごい人。
今回は新店舗のクロッサムモリタにお邪魔して「家庭で熟成肉を作る方法」を聞いてきたのですが、お店の中には巨大な熟成庫が…!
熟成肉がどどど〜〜〜ん!!!
ここ以外にも熟成庫はあるそうで、これはほんの一部だそうです。
そもそも熟成肉の定義は…無い
まず、そもそも「熟成肉」とは何なのかを聞いた所、「正確な定義は無い」との事。例えばビールとかであれば(国ごとに若干の違いはあれど)原材料とか製法とかでビールの定義がされているわけです。しかし、熟成肉にはその定義が今のところ無い。つまり、少し寝かせただけの肉でも「これは熟成だ」と言えば熟成肉になるそうです。
その現状を踏まえて、熟成肉の製法には大きく分けて「ドライエイジングビーフ」と「ウェットエイジングビーフ」の二種類があるようで、エイジング=熟成 を、乾燥させて作るのか(ドライ)、保湿したまま作るのか(ウェット)によって違いが出てくるそうです。
本物の熟成肉を見せてもらった
まず最初に見せていただいたのが、120日の熟成をかけた鹿のもも肉。
もう4ヶ月近くも先ほどの冷蔵庫で吊るされているそうで、表面はミイラのように乾燥しています。
ふおおおおお!!!
包丁で削いでいただくと、中からルビー色の肉が姿を表しました。なんすかこれ。美しすぎる…。
この切り身をほんのひとかけ、炙って食べさせていただいたのですが、口の中に旨味と香りがずどーーんと広がりました。小さな肉片に信じられないほどの旨味が凝縮されてる…そんなお肉でした。
続いては150日間熟成させたトモサンカク(もも肉の一番サシが入った部分)。
脂が多い部位を使っているのですが、150日の長期熟成をかける事で脂分がチーズのように変性してくるそうです。匂いを嗅いでみた所、確かにブルーチーズのような発酵臭がしました。こちらは捌いてないのですが、中身は美しいルビー色をしているそうです。
続いてこちらも150日の熟成をかけたタン。
もうなんか…我々が知っている牛タンのイメージが根底から覆るような姿形をしています。こちらも表面からは水分が抜けていてチーズブロックのようにカチカチになっています。表面についている白い粉は麹菌だそうで、この菌が肉の熟成を促しタンパク質を分解して旨味に変化させてくれているとの事。
こちらもチーズやナッツといったような香り、いわゆる熟成香がしました。
この肉の中央の溝の部分には、薄茶色のカビが生えています。
この部分は麹菌が付いていない箇所だそうで、そういった所には悪さをするカビが繁殖してしまうそうですが、それ以外の箇所は麹菌の影響で一切カビが生えていない。ようは肉を美味しくする良い菌と、肉を腐敗させる悪い菌が領土争いをしているわけです。
ちなみに、提供する際には表面の部分やこういったカビの生えている箇所はもちろん切り取るのですが、そうする事でだいたいお肉は元の姿から3割くらいは削られてしまうそうです。
コチラ側は麹菌の影響で一切カビがついていませんでした。麹菌すごい。
次が60日間の熟成をかけたフィレ肉。
フィレ肉は脂身が大変多い部分なのですが、よーく見ると赤身の部分がくぼんでいます。これは赤身の方が熟成が早く進み水分が飛ぶからだそうです。つまり、赤身と脂身では熟成する為に要する期間が違うという事です。
モリタさんの所では、まずしっかりと赤身を熟成させた後にしっかりと脂身も熟成させるという手間のかかる工法を用いてるそうです。
熟成のメカニズム、そして腐敗との違いは何か
熟成と腐敗は非常に似ているメカニズムで、どちらも菌や酵素の力を使って肉(タンパク質)を分解していくのですが、生物界にある様々な腐敗を促す菌の中に、ごく一部だけ肉のタンパク質を旨味に変える力を持った菌がいて、その菌が活発に働くと肉の熟成が進むというわけです。
つまり、何もしないで肉を放置しておいたら当然菌が繁殖して腐敗していく。
しかし、ある特定の条件が満たされた場合のみ、腐敗させる菌が抑えられ、タンパク質を旨味に変えてくれる菌が活性化します。つまり、その状態をどうやって作るのかが肉を熟成させるためのポイントになってきます。
その条件とは「温度」と「湿度」と「空気の流れ」。
この3つの条件が整った時だけ、肉は熟成していきます。
温度は2〜3℃
まず、温度は2〜3℃。これ以下だと肉の中の水分が凍ってしまいます。水分が凍るという事は、その水分を栄養にして繁殖する菌が(良い菌も悪い菌も)動けなくなってしまいます。逆にそれ以上の温度になると、肉は腐敗していきます。つまり腐敗を促すような菌が活性化してしまうという事です。
ピンポイントで2〜3℃の時にだけ、肉を熟成させてくれる菌が活性化してくれるわけです。
湿度は70%ほど
次に重要になってくるのが湿度です。これは70%ほどが望ましく、熟成庫の中は常に湿度が70%になるように調整されています。
上記写真のお肉は真空パックされているのですが、肉の表面の水分を良く拭き取る事で、表面の水分を70%ほどにしてから真空パックをしています。こうする事で70%の湿度をキープしたまま、低温の状態で熟成させていきます。当然ながら真空パックになっているので、肉の水分はこれ以上飛ぶことはありません。
これを「ウェットエイジングビーフ」と言います。
モリタさんのお店ではまずこの状態で2週間ほど寝かせてウェットエイジングビーフを作り、その後、熟成庫で吊るし数週間〜数ヶ月かけてドライエイジングビーフを作っていくそうです。
風による空気の対流
最後に重要なのが空気の流れ。
熟成庫にはご覧のとおり巨大な扇風機が設置されていて、風がゴーゴーと吹いていました。これは何の為にあるのかというと、肉の表面で繁殖する雑菌を飛ばすためにあります。
自然界には様々な菌がいて、肉の中にある菌もそうなのですが、外から付着する菌もあります。空気の対流が無いと、そういった悪い菌が付着し、繁殖して腐敗が始まってしまいます。それを防止する為に常に熟成させている間は風を送り、肉の周りの空気を動かしてあげる必要があります。
以上のように、「温度」と「湿度」と「空気の流れ」を調整し、肉を腐敗させる菌を抑え、タンパク質を旨味に分解してくれる菌をいかに活性化させるかが、熟成肉をつくるポイントとなります。このいずれかの条件が満たされないと、肉は腐敗を始めます。
同じようなメカニズムなのですが、腐敗と熟成には違いがあり、いかにその微生物たちの働きをコントロールするか。それは大変な技術と手間が必要だという事がわかりました。
熟成肉は家庭でもつくれるのか
さて、本題です。
つまるところ、熟成肉というのは家庭でも作れるのでしょうか。モリタさんに聞いてみたところ…
「ドライエイジングビーフを作るのであれば巨大な肉を購入してください。何故かと言うと、表面が乾燥して食べられなくなるので、その部分を削ぎ落とす必要があるんですね。なので、小さな肉でドライエイジングビーフを作ろうとすると食べられる所が無くなっちゃうので、とにかく巨大な肉を買ってきてください。脂の熟成は手間がかかるのでなるべく赤身の多い肉が良いと思います。」
「次に冷蔵庫ですが、家庭の冷蔵庫で2〜3℃をキープするのは至難の業だと思います。そもそも3〜6℃くらいが家庭用冷蔵庫の設定温度な上、頻繁に開け閉めをするのでどうしても温度は安定しません。なので例えば冷蔵庫の中を二酸化炭素で充満させるとかが良いかもしれません。二酸化炭素は腐敗を促す菌の繁殖を抑える働きがあるので、冷蔵庫の中を二酸化炭素で満たすことが出来れば、腐敗せずに、熟成が進むと思います。冷蔵庫を二酸化炭素で満たす技術的な方法は僕には思いつきませんが…」
「次に風を送り空気の対流を作らなければいけないのですが、これはもう冷蔵庫の中に扇風機を入れればOKだと思います。」
「つまり家庭で熟成肉を作るのであれば、10kgくらいの肉を買ってきて、それを二酸化炭素が充満し、室温が2〜3℃で保たれた冷蔵庫の中で吊るして、さらに空気の対流が起きるように扇風機を中に入れた状態で1ヶ月〜4ヶ月くらい保管すれば熟成肉が出来るかもしれませんが、微妙な条件や環境の違いで腐敗してしまう可能性もありますので、作る際は気をつけてくださいね」
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結論。
熟成肉を家庭で作るのは現実的では無い。
食の安全と美味しさについて
まだまだ法整備の整っていない熟成肉。
少し肉を寝かせただけでも熟成肉と呼ぶ事も可能な現状ですが、何よりも大切なのは「安全であること」だとモリタさんは言います。
菌や酵素の働きを利用して行う熟成というプロセスは、一歩間違えると「腐敗」となってしまいます。そうさせない為には様々な技術や知識が求められる製法だという事が今回の取材でわかりました。
熟成肉は美味しい。それは間違いありません。
そして日本には古来より菌を利用した様々な食品が作られてきました。納豆や干物、干し柿などが良い例です。
そういった食文化は、長い年月をかけて確立され、安全という大前提の元で愛されてきました。
だからこそ、熟成肉という新しい文化がしっかりと根付き、普及するためにも、まずは正しい知識を身につけ、安全を第一に考える事が重要なのだと思います。
「美味しいとは、安全だということ」
取材に応じてくれたモリタさんがおっしゃった言葉が印象的でした。