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2015.12.24
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#27
働き方インタビュー(経営者編)

「未来を想起させるものにはやがて価値が出る」5年で127のスマホアプリを制作する開発会社| ガラパゴス

まゆこ
(編集部注*2015年2月24日に公開されたインタビュー記事を再編集したものです。)

大陸と陸続きでない海洋島として、生物が独自の進化を遂げたガラパゴス諸島。その島のように“独自の進化を遂げる”集団であり続けようとするのが、株式会社ガラパゴスです。同社は“最先端の技術を使って未来を描き、人類の進化に貢献する”を理念に、スマートフォンアプリサービス開発・運営を行っています。

今回は、その“自由”で“独特”なガラパゴスの歴史を、創業に至った経緯とさまざまなチャレンジ、企業が求める組織の在り方とリーダーの理想像・姿勢を中心に、代表取締役社長の中平氏に語ってもらいました。

55529a60904b33e012593c6a0d31022c1 人物紹介:中平 健太氏
1981年生まれ。早稲田大学卒業後、メーカー系SIerにてコンサルタントとして従事した後、2009年に株式会社ガラパゴスを設立。“最先端の技術に寄り添いながら人類の進化に貢献する” をミッションに、スマートフォンアプリの開発などを手掛ける。2011年 KDDI∞Labo 第一回メンバー選出、同年12月 AERA「日本を立て直す100人」選出。

コンペになっても、普通に勝てるというか。負ける要素がない

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アプリ制作を主な事業内容とするガラパゴス、その企業の強みは“圧倒的な実績数”と“ワン・ストップの制作フロー”であるそうです。

中平
5年で127ぐらいスマホアプリ作ってるんですけど、多分それって実績数としては国内トップクラスなんです。ずっと昔からやっているし、エンジニアも全部内製だし。あとは、デザインやアプリサイドの開発、サーバーサイドやインフラも考えて、みたいなところを全部まとめて1社でできるというのが、僕らの最大の強み。

それできるところって、他にないですよね。だから、スマホアプリの受託開発でコンペになったりとか、製品としても、普通に勝てるというか。負ける要素がないというか。

このような自信を裏打ちするのが、自社の開発力だそうです。約5年で100以上のアプリをリリースできたスピード感の事例として、“スマホアプリ量産システム”を例に挙げます。

中平
これが何かと言うと、アプリのテンプレートを作って、それをもとに、ブラウザ側で「画像はこれ、デザインこれ、テキストこれ」って、バーッと入力して、「はい、作ります」ってやると、iOSとアンドロイド向けのファイルが生成されて、それで申請すればユーザに届いて、かつ、更新情報などをこっちで全部管理できるようなもの。

それで一気に30くらいのアプリを作って、運用してました。僕らはシステムをゼロから作る、みたいなことをよくやったりしているので。

このようなアプリ制作の現場において、“先端技術を使って未来を描く”とはどのようなことなのでしょうか。

中平
何かをやるというよりも、最先端に寄り添っとけばおもしろいし、儲かるし、貢献できる。今もオキュラス・リフトとか、最先端っぽいものいっぱいあるじゃないですか。とにかく新しいものに触れて、そこからできることをやる、みたいなのは、持ち続けていたいなって。

未来を想起させるようなものをいっぱいやりたいんです。それをやっておけば、3年後ぐらいに価値が出るんですよ、絶対。

具体的な展望についてもお聞きしてみました。

中平
今のところはスマホアプリ日本一、スマホアプリ開発会社日本一になるというのを、あと2年ぐらいで達成したいと思っています。「スマホアプリと言えばガラパゴス」というところは目指すでしょうね。労働集約のビジネスやりつつ、ちゃんとリソースを新規事業に投下できる状況を作って、外部資本を入れないで、新規ビジネスを作れるっていう体制を作りたい。

ちなみに「スマホアプリ開発 会社」のキーワードで検索すると今1位なので、そういう意味では1位かもしれないですけど。

何か競合いっぱいあるし、全然儲からないし。新しいことに挑戦しないと相手にされない

「何か、ベンチャーじゃん?みたいに自分の中でなって」と中平氏。新卒でベンチャー企業に入社してすぐに年功序列の壁にぶつかり、独立を考えるようになりました。

中平
大体エリート系の社員とかって、よく2年目終わりぐらいに、何か会社作りたい願望が出てくるじゃないですか。僕も大体そんな感じで、いつか会社やろうぜって言って。当時、ある飲み会に10人ぐらい集まったうち、一次会が終わって二次会行こうぜという流れになり、何人か残ったんです。それが創業メンバーなんですけど。

そいつらで「明日会社辞めて会社作ろう」「いや、明日? 明日はちょっと無理だよね」「じゃあ1年後に会社を辞めて、一緒に会社を作ろう」みたいに一応誓い合ったんです。ちょうどその1年後に、全員が本当に辞めて会社を作った。辞めた会社は1カ月後ぐらいに民事再生になっちゃったんですけど。

また、企業ブランドを象徴する“ガラパゴス”という社名についても、「ぶっちゃけ、僕、決めてないんです」と中平氏。

中平
僕じゃないんです。会社を作るって盛り上がっているときに、僕2ヶ月ぐらい海外出張に行っちゃって。アメリカのインディアナ州って田舎にコンサル業務をしに行ってたので、向こうで全然連絡とれなくて。

日本に残っている3人でいろいろ相談して、「ガラパゴスってどう?」「それいいね」って日本で盛り上がって、「なったよ」って。決まったあとに。

「大体こういうのって後付けどうにかするものですよね」とポジティブな中平氏ですが、創業当初は資金調達のためにWeb制作、サイト・システム開発に参入し「なかなか軌道に乗らなかった」とのこと。

中平
はじめてみたら、すげー、何かそもそも競合いっぱいあるし、全然儲からないし、駄目だなって。大体の会社そうかも知れないんですけど、半年ぐらい全く売上なくて。ゼロ円で。とりあえずやることって言ったら、会議して、お昼ご飯みんなで作って食べる。で、会議する。年収がみんな100万になった(笑)

預金残高が、100万切ったのかな。そのときは初めて、役員に対する支払いを遅らせました。

大体20歳後半ぐらいになると、しょうもないおっさんに騙されるじゃないですか

経営における修羅場をユニークに表現する中平氏。気になるその詳細を伺いました。

中平
ガラケーのコンテンツを作りたいと言うおっさんがいて、僕らじゃあ開発できますってなって、あっちはコンテンツ持ってくるから、じゃあレベニューシェアみたいな感じでやろう、って始めたんだけど。

振り込まれる予定だったお金が振り込まれてなくて、どうなってんすか、みたいに聞いたら、その人って普段平穏なんだけど、何か恫喝してくるんですよ。単純に、怒られたっていうか。まあ、理不尽に叱られただけなんですけど。

そんな会社の転機になったのは、日本にすっかり定着したあのガジェットだったそうです。

中平
半年ぐらいぜんぜん仕事ないし、新しいことに挑戦しないと、相手にされないよね、みたいな感じになったときに、iPhone3GSが出てきて「これじゃん」みたいな。たぶん、こっち行くよねって。

アプリ作れます、とかって言って売り込んでいくうちに、だんだんとアプリの方も作れるようになっていったと。

「できると先に言っちゃってから、できるように持っていく」これが基本スタンスだと語る中平氏。

中平
本当にシンプルに行き当たりばったりですよね(笑)やっぱり、そのほうが金になりやすいですしね。
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