こんにちは、外部ライターのかんそう(@ikdhkr124)です。
本日は非常に社会的メッセージの強い漫画を紹介したいと思います。少し堅い話になる箇所もありますが、どうぞよろしくお願いします。
本日紹介する作品『死刑囚042』
死刑囚042 (1) (ヤングジャンプ・コミックス)
- 著者小手川 ゆあ
- 価格¥ 700(2015/12/16 16:31時点)
- 出版日2002/10/18
- 商品ランキング221,502位
- コミック210ページ
- ISBN-104088763564
- ISBN-139784088763569
- 出版社集英社
作者は『おっとり捜査』『ARCANA』などでお馴染みの小手川ゆあ先生。まずはあらすじを簡単に紹介します。
- あらすじ
- 死刑制度が廃止になった日本。7人を殺害した死刑囚042号・田嶋良平は、囚人の社会復帰実験のため感情が高ぶると爆発するチップを脳に埋め込まれ、高校の用務員として働くことになります。
そこで出会う様々な人と触れ合うことで、徐々に人間らしい感情を取り戻していき、それと同時に田嶋と関わる人々にも変化が生まれていくことに……。
以下、本作の魅力や見所を具体的に紹介していきます。
巧みなキャラクターの人物描写
主人公である田嶋良平は序盤でこそ残忍な殺人鬼として描かれていますが、物語が進むにつれ「なぜ殺人を犯さなければならなかったのか」「彼がどういう人生を送ってきたか」が明らかになっていきます。
田嶋は第一話の最初のページで「一切の感情を持たない」と説明されますが、それはあくまで他人が抱いたイメージに過ぎません。彼には「感情を捨てなければならない」理由があり、決して生まれつきの殺人マシーンだったわけではないのです。
そんな彼が多くの人と関わり、学校の用務員という地味だがやりがいのある仕事に就く中で、様々な感情を思い出していきます。そして不器用だけど、その子供のように真っ直ぐな優しさに、周囲の人間は少しずつ惹かれていきます。
そう、これは田嶋と、そして周囲の人々の成長物語でもあるのです。巻数が進むにつれ、我々読者は漫画の登場人物たちと同じように田嶋を好きになっていくでしょう。
しかし、察しの良い皆さんならお分かりの通り、これは「救い」の物語ではありません。
彼は紛れもなく殺人者であり、死刑囚です。「許される」ことはありません。この束の間の日常にも終わりは来ます。それをぜひ意識しながら読み進めてください。
3人のキーキャラクター
物語の中で、重要な役割を担うキーキャラクターは3人います。田嶋の担当医・椎名、盲目の美少女・ゆめ、ゆめのボランティア・あやのです。
担当医・椎名
当初は研究者という立場から、田嶋を「実験台」としてみる見方を変えることはありませんでした。
しかし、そんな彼も人間です。田嶋を長い時間観察し、彼と行動を共にすることにより、徐々に特別な「友情」のような感情が芽生えていきます。
研究者としての立場、一人の友人としての想い、そしてそこに至るまでの椎名と、椎名の変化に伴い田嶋に対しての想いが変わっていく研究チームのメンバーや刑務官たち。それらに目を向けることで、この作品を何倍も楽しむことができます。
この研究員や刑務官たちの変化こそが、この作品における重要なポイントのひとつであり、立場上「実験」ということを貫きながらも田嶋に肩入れしていく様は、人間の弱さ、そして優しさを表しています。
盲目の美少女・ゆめ
彼女は盲目ゆえか他の生徒にはない純粋な心の持ち主です。田嶋に対しても、何の偏見も持たず接することのできる唯一の存在として描かれています。
ゆめは視覚から情報を得ることができないため、声だけを頼りにコミュニケーションを交わします。ある意味で健常者以上に他人の心の機微に敏感であり、それゆえ田嶋に残っていた「優しさ」を感じ取ることができたのではないかと思われます。
まさに「目に見えるものだけが全てではない」ことを気づかせてくれたのです。そして、物語当初は味方と呼べる存在が少ない田嶋にとって、彼女の存在はとても大きく、大切なものになっていきます。
それは「目が見えない」という理由で、うまくクラスに溶け込むことのできなかったゆめにとっても同じです。この二人の関係性の変化も、この作品を楽しむ上での大きなポイントです。
ボランティア・あやの
彼女は、ゆめのボランティアという立場から、田嶋がゆめと親しく接することについては反対でした。しかし、とある出来事がキッカケとなり、あやのは田嶋の優しさ、純粋さに直接触れることにより、彼に特別な感情を抱くようになります。
このパートは非常に重要で、田嶋が人間らしい心を取り戻す大きなキッカケとなります。(それが何なのかについては、ぜひ本作で確認してください)
上記3名の誰に自分を投影させ、この物語の中に溶け込んでいくか。もちろん読者それぞれの判断に委ねられるのですが、私たちと一番近い存在なのが、この「あやの」なのではないかと個人的に思っています。
ある程度の年齢を重ね、家族、そして大切な人もでき、仕事もバリバリこなしている日々。そんな中で突然「非日常」である田嶋と出会い、その田嶋の存在が、自分の中で知らず知らずのうちに大きくなっていく。そんなことも考えながら読み進めていくと、また新しい本作の魅力を感じ取ることができるのではないでしょうか。
被害者遺族の存在
「犯罪者の社会復帰」「死刑制度」というテーマを扱うこの作品において、決して忘れてはならないのが「被害者遺族」の存在です。
本作においても田嶋が殺害した被害者の遺族が登場し、田嶋と関わりを持つのですが、その描写はとても丁寧に描かれています。特異な点は、「田嶋が根っからの悪」ではないということ。
本作のストーリーを成立させるためには、読者に「主人公(田嶋)は悪くないのかもしれない」と好感を持ってもらうことが大前提です。これがもし「本当に心のない殺人鬼」を主人公にしていたならば、全く違った毛色の物語になってしまいます。ここでは割愛しますが、物語の後半では田嶋と他の囚人との対比が明確に描かれるなど、その違いは明らかです。
被害者遺族の話に戻しますと、本作で登場する被害者遺族は、我々が通常思い描くような「加害者に対し激昂する」「明確な殺意を抱く」という遺族とは少し異なります。いや、そういう想いを抱いていること自体は確かなのですが、加害者である田嶋に対し、どこか親心のような感情を抱き、和解を望むのです。それは、遺族の被害者が決して聖人君子、世間に褒められるような人物とは言い難く、遺族は被害者とどこか似た雰囲気を田嶋に感じているからなのかもしれません。
もちろん前述にあるような感情を持つ遺族も存在するでしょう。しかしその描写をあえておこなわず、田嶋の人間性にのみ焦点を当てた本作については賛否両論あると思いますが、個人的には非常に良かったと思います。