ランジェリーなどの女性下着用品を扱う株式会社ワコールやANA(全日本空輸株式会社)などのWebサイト制作をする株式会社エヴォワークス。大手クライアントの課題を、クリエイティブとテクノロジーを駆使して解決しています。
同社が実践している企画立案の方法は、ディレクターやプロデューサー主導の一般的なやり方ではなく、あくまでもプロジェクトチームのメンバー全員で考える進め方でした。では、なぜこのような独自のスタイルを貫くのでしょうか。同社のクリエイティブの源泉である仕事の進め方は、Web制作に関わるデザイナーやディレクターは参考になるはずです。
人物紹介
代表:矢野 賢史氏 2007年エヴォワークス設立。最初の2年は海外制作・サーバー運用を中心に活動。2009年より国内のWeb制作を中心に活動開始。会社経営と並行して、一部制作ディレクション・プロデュース担当。直近では、自社案件(ECサービス)を中心に地域振興プロジェクトなどに参画。 |
ディレクター:高梨 一氏 2013年ディレクターとしてエヴォワークスに入社。ワコールを中心に多くのサイトのディレクションを担当。チームリーダーとしてコスト管理、リソース管理なども含め、常時複数のプロジェクトを統括。採用サイトからプロモーションサイトなど、幅広い領域の知見が深く、さまざまな案件に柔軟に対応。 |
アートディレクター:佐藤 貴子氏 2009年デザイナーとしてエヴォワークスに入社。最近では、デザイナーをまとめるアートディレクターとして様々な案件に対応。その中でもワコールとの付き合いは長く、LALANシリーズやウェブストア全体のビジュアル管理を担当。 |
テクニカルディレクター:大越 俊輔氏 2011年フロントエンドエンジニアとしてエヴォワークスに入社。MovableTypeやWordpressを使ってのサイト設計/構築からjs・CSSアニメーションを多用したランディングページまで、幅広い範囲のコーディングに対応。また、エンジニアチームのリーダーとして社内をまとめる。 |
最初の第一歩はディレクターやプロデューサーではない「まずは、みんなで」が基本
エヴォワークスはメインの事業であるWeb制作の業務において、ワコールやANAだけではなくスルガ銀行など、大手のクライアントと信頼関係を築く場合が多かったそうです。特に“きれいな谷間をメイク&キープ。”がコンセプトの『リボンブラ』を主力商品とするワコールとも強い信頼関係がありました。
- 矢野
- シリーズ最初の視聴回数が100万回を超えたリボンブラのプロモーション映像の世界観と同じ、「同製品のWebサイトやストアサイトを作ってほしい」というワコールさんからオーダーをいただき、毎年毎シーズン制作をしています。
「ワコールさんのWebサイト制作には、思い出がいっぱいある」と佐藤氏。
- 佐藤
- 例えば7年ほど担当しているワコールさんのメインブランド『LALAN(谷間のララン)』のなかでも、大越くんと進めたメリーゴーランドの制作が印象深いですね。アートディレクターとしてプロジェクトのメンバーと協力して作った作品です。
- 大越
- 画面をスクロールすると、馬が上へ下へと走るような動作のサイトを作ったんですよね。馬の出るタイミングを調整したり。
- 佐藤
- みんなで馬の動きをどう改善するべきか議論して、私の要望を聞いた大越くんがその場ですぐ作りなおしてくれて。サイトが公開する直前まで制作にこだわれたので、すごくやりがいがありました。
- 大越
- 最近ではクライアントのANAさんに「こんな綺麗な納品物は、初めてだ」って言ってもらえました。丁寧な仕事をみんなでやっていきたいです。
ワコールの他にも、エヴォワークスはgroovisionsと共同でスルガ銀行ANA支店のキャッシュカードの券面デザインや、スルガ銀行が運営するWebとリアルを連動させたコミュニケーションスペースd-laboの企画から運営まで携わっています。
- 矢野
- うちのいいところはデザイナーやディレクター、コーダーも含め、みんなで企画を考えるスタイルであること。一般的にはディレクターが企画立案やプロジェクトの進行管理の役割を担う会社が多いです。でも日々技術が進歩すれば、例えばデザインの考え方なども多種多様になっていくものです。
デザインやエンジニアリングの専門家には個々人のアイデアがあると思うので、サイトを作るためにそれぞれの声を吸い上げないともったいない。
- 高梨
- ある商品を売るために、使いたい技術やデザイン手法など、適しているノウハウはたくさんあります。みんなの意見を最初に言い合って、その商品をどう見せるべきか毎回ちゃんと話す会社ですよね。
- 佐藤
- 制作の流れはクライアントから課題の相談や、制作の依頼があります。まずディレクターがお客様の話を聞いて、クライアントの要望を社内に持って帰ってきて共有する。そしてプロジェクトのメンバーを決めて、チームを作るんですね。そうしたら会議室に集まって、プロジェクトの進め方を話し合います。
企画提案は基本的にデザイナーが主導です。定期的にみんなで集まってアイデアを出し合ったら持ち帰って、また次に新しい参考資料やサイトを持ち寄って企画を練り上げていく感じ。実際にどんな企画が実施できるか、デザイナーとコーダーのいろんなアイデアを、最終的にディレクターがまとめるんです。
- 高梨
- うちは基本的にPowerPointやKeynoteではなく、Illustratorでクライアントに提案する資料を作るんですよ。企画書の基本的な目次をディレクターが作って、ディレクター、コーダー、デザイナーと担当を割り振ります。最終的にはデザイナーが見栄えを整えて、完成させるスタイルです。
必ずしも平等ではありませんが、年齢に関係なく企画提案するチャンスを多く作るようにしている。この文化はうちのひとつの特色かもしれませんね。
「仲間なのに、衝突させてしまった」社員のモチベーションが低下してしまったら、元も子もない
2015年で設立から8年目を迎えるエヴォワークスですが、これまで一番つらかった経験について、事業よりも「人の問題」と矢野氏はいいます。
- 矢野
- 創業当初からを振り返ると、人の問題が一番大変でしたね(笑)そもそも上に立つ者同士の考える方向性が違ったことが原因で、社内で派閥のようなものができてしまいました。そうすると社員同士や、社員と役員が衝突してしまって。
仲間なのに仲違いさせてしまったことが本当に苦しかった。
方向性や価値観の違いが生じた原因について、矢野氏はどのように考えているのでしょうか。
- 矢野
- 僕はどちらかというと、ゲーム業界あがりだからかなぁ。数ヶ月ほとんど家に帰らないで仕事をするような生活を20代で送っていたので、リソースが厳しい状況でも制作のクオリティ担保のためにやりきろうとする価値観がベースにあった。もう一方では、制作のクオリティや会社の売上を追求するよりも、働き方の改善を追求する人たちが会社にはいました。どちらも正論であったとは思います。ただ、現状と理想の差が大きかった。
例えば社内制度を作り上げるときに残業目標時間を何時間にするか決めるにあたっても、社内で方向性が違うこともあって。最終的に目指すところは比較的近いところなのかもしれないけど、細かいところで差が出てきてしまうんです。現実的に社員の働く時間を減らしてしまうと、制作の進行や売上の面で会社が存続できなくなってしまう。
原因を考えると、残業が増えるくらい一人ひとりに負荷がかかっていたんですよね。このままでは、たしかに僕とは異なる意見が生まれるのも当然です。そこで社員を増やして、まずは個々に集中していた負荷を全体的に分散させました。
現在、目指しているのは「社員が長く働ける場所にすること」と矢野氏。経営にも個人においても余力のある会社にしていきたいといいます。
- 矢野
- 終身雇用は時代的にも業界的にも現時点では即していないと思いますけど、例えば、まずは職業(ジョブ)チェンジ、働き方の変化を受け入れられる会社になること。きっと数年前だったら、正直イチから違う仕事を学ばなきゃならない人を雇う余裕は絶対なかったんですよね。仮に佐藤に「短時間労働したい」と言われたら、頭を抱えるくらい、うちの会社にとってすごく困る状況だった。
比較的女性社員の多い弊社ですが、女性の雇用維持についても、ようやく意識を向けて実践もできる会社になってきました。産休に入っている社員に対しても、数年前だったら、きっとどこかで受け入れ難い悩ましい話だと思います。そういう意味では、今の社内体制、スタッフ達の雰囲気は非常に良くなってきたのは実感しています。
ちょうど先日、社員からの提案で2016年からは退社時間に制限をかけるようにしました。少しずつではありますが、残業時間を減らすための施策ですね。こういう提案自体が弊社にとって次のステージに進むきっかけになっていると思います。
このような改善が施された労働環境のもと、個人が長く働き、エヴォワークスで価値を発揮できるようにするためには、どうすればいいのでしょうか。
- 矢野
- 今は90%がクライアントワークですが、『TACHIKARA OFFICIAL SITE』のような自社の成果型ECサイトを開発したりして、自分たちのペースでお金を稼げる手段も作る。ストック型のビジネスモデルを育てていきたいです。どうしても納期やリソースが厳しいときに、やらないという選択肢ができるような状態を作りたい。
受託で信頼していただいて仕事をいただけるのは、非常にうれしいことですし、これからも続けていきたいと考えています。でも社員のモチベーションが低下してしまったら、元も子もないですから。