第18話

『社買い人岬悟』 優しすぎるセックスの男【国友やすゆきと生きている。vol.1】

菊池良


『社買い人岬悟』 優しすぎるセックスの男【国友やすゆきと生きている。vol.1】

こんにちは、ライターの菊池(@kossetsu)です。国友やすゆきと僕について、書きたいと思います。

僕は国友やすゆきと会ったことはありません。でも、彼と一緒に生きている。僕だけじゃない。あなたも。

国友やすゆきがいる世界

飲み会の席だ。

知り合ったばかりの女性に、「好きな漫画家は?」と聞かれた。
僕は答えに窮した。何も思い浮かばなかったんじゃない。たったひとつの名前が、パッと頭に浮かんでいた。

「国友やすゆき」

少し躊躇して、その名前を出した。勇気がいった。他の名前を出してもよかった。でも、自分には嘘をつけなかった。

彼女はその名前を知らなかった。ひょっとしたら、今これを読んでいるあなたも知らないかもしれない。

国友やすゆきはベテランの漫画家だ。キャリアは30年以上になる。青年マンガ誌を中心にコンスタントにヒット作品を発表し、アニメ化、ドラマ化した作品もある。

でも、その名前はあまり浸透していない。

「どんなマンガを描いているの?」

そう言った彼女に、僕は何も答えられなかった。説明がとても難しいマンガを描いている。それゆえ、爆発的な名声を獲得しないんだと思う。

それから僕と彼女は特に仲良くなることもなかった。彼女は今でも国友やすゆきがどんな漫画家か知らないと思う。

これから、国友やすゆきについて書こうと思う。彼女に手紙を書くように。Tさん、国友やすゆきってこんな漫画家なんですよ。

2005年、ニッポン放送が買収されようとしていた頃

今から10年前。2005年だった。その頃、ライブドアの躍進により、「M&A」(企業買収)という手法が注目されていた。外資系金融機関が日本企業を買収することを「ハゲタカ」と呼び、同名の経済小説も書かれた。

『社買い人岬悟』はそんな時代に描かれた。

社買い人 岬悟(1) (ビッグコミックス)

社買い人 岬悟(1) (ビッグコミックス)

  • 著者国友やすゆき
  • 出版日2005/12/26
  • 商品ランキング81,257位
  • Kindle版ページ
  • 出版社小学館

彼が勤める商社「丸綿」はアメリカの投資会社S&HCに買収されてしまう。S&HCの人間が社長として就任すると、岬は企業買収を専門とする部署に配属される。

岬はどこか気弱そうな「草食系」の男だ。妻と娘もいる。岬は優しい男だ。だから、融資の中止を命令されても何とかしようとする。合理よりも人情を優先してしまう。求められると女性とセックスしてしまう。

そう、女性とセックスしてしまう。

岬は妻に悪いと思いながらも、求められるままに女性とセックスしまくる。

上司と。取引先の社長の妻と。投資した映画の主演女優と。外国の国会議員と。取引先の次期社長候補の愛人と。ライバル会社の社長と。そして、たまに妻と。

優しすぎるセックスの男、岬悟

岬の特徴は、情報を引き出すためとか、状況を有利にするためとか、そういうスパイ映画的なミッションとしてセックスするわけじゃないところだ。

仕事の途中で、関わっている人間が岬のことを好きになり、セックスする。ただセックスする。優しさゆえに、全員とセックスする。ストーリーとは関係ない。ただセックスする。

岬はそんな男だ。そして、仕事もできる。セックスの合間に問題を解決していく。

1人の人間の価値観を変えたマンガ

2005年、僕は18歳だった。青春のど真ん中にいるはずだった。高校生活を楽しんでいるはずだった。

なのに、僕は中退して、いつも家にいた。起きたいときに起きて、インターネットをして、寝たいときに寝る。そんな生活が2年続いていた。消費らしい消費もせずに、インターネットを見るか、インターネットが薦めた本を図書館で借りるか、ブックオフで買ってきて読んでいた。

インターネットが薦めてくる本以外は、読んでいなかった。

唯一の例外が、父親がいつも買ってくる『ビッグコミックスペリオール』だ。いつも風呂で漫画雑誌を読む父は、読み終わったものをその辺に放置していた。それを拾い上げて読んでいた。

そこに『社買い人岬悟』は載っていた。作者は国友やすゆき。

……国友やすゆき?

聞いたことない。パラパラとめくる。どうやらM&Aをテーマにしたマンガらしい。

しばらくは社会派マンガとして読んでいた。しかし、突然、本当に突然、岬の上司が岬を誘惑し始めるのだ。

社会派のテーマと、下世話なセックスの融合。ストーリーと関係のないセックス。意味のないセックス。セックスのためだけのセックス。ただただ、セックス。

衝撃的だった。

今までに読んだことないタイプのマンガだった。僕はそれまで、インターネットの人たちが薦めてくれるマンガがすべてだった。

『国民クイズ』(加藤伸吉、杉元伶一)。『富江』(伊藤潤二)。『ルサンチマン』(花沢健吾)。

インターネットにいる、ちょっと年上の、「わかってる」人たちが教えてくれるマンガたち。

国友やすゆきは、それらとはちょっと違っていた。下世話だった。突き抜けて下世話だった。そして、それがたまらなく笑えた。

インターネットで「国友やすゆき」と検索してみる。ほとんど情報は出てこない。僕はその頃、「はてなダイアリー」という日記サービスや「赤兜」というウェブサイトをよく見ていた。そこにはサブカルチャーに対して一家言ある人たちがたくさんいて、僕は彼らの文章を読んで「面白いもの」を教えてもらっていた。

だけど。

自分の視界の外には、こんな衝撃的なマンガがあるということが、すごくショックだった。そして、思った。きっと、この世界には死ぬまで気づかずに過ごしてしまう面白いものがいっぱいあるんだろう。

引きこもりでインターネットばかりやっていた僕が、少しだけ「外の世界」に興味を持った。そのきっかけが、国友やすゆきだった。

それからの僕は、国友やすゆきが気になってしょうがなくなってしまった。国友やすゆきを読みながら生きてきた。

国友やすゆきと、生きてきた。

少しずつ、国友やすゆきについて書いていこうと思う。それで少しでもあなたが国友やすゆきに興味を持ってくれたら、いや、国友やすゆきが生きているこの世界に興味を持ってくれたら、僕は嬉しい。

Tさん、読んでいますか。

菊池良
この記事を書いた人
菊池良

メディアクリエイター

2014年入社

この記事を読んだ人におすすめ