こんにちは。LIGで編集者として働いているケイ(@yutorination)です。
僕がいま働いているLIG上野オフィスは、デザイナー、エンジニア、Webディレクター、編集者、プランナー、スクールやコワーキングのスタッフ、バックオフィス……などなどの職種の人たちで集まって働いています。制作物にこだわるあまり働きすぎたり、仕事を早く終えても、うっかり同僚と飲みに行ったりして、ついつい睡眠時間を犠牲にしてしまいがち。
LIGの社是は「Life is Good」なわけですが、まず自分たちのLifeをGoodにしなければ、よいクリエイティブは生み出せないのではないか……!? そんなことを考え、Webサイト「世界睡眠会議」の編集アドバイザー、鍛治恵さん、三浦敦さんに、「睡眠」をテーマにお話を伺ってきました。
- 世界睡眠会議とは
- 「世の中に『睡マー』の輪を広げるために、睡眠を楽しく掘り下げる」をテーマに、睡眠にまつわるコラム、お役立ち情報、オリジナルソングなど、あらゆるコンテンツを発信するメディア。
鍛治 恵(かじ・めぐみ)さん東京生まれ。1989年ロフテー株式会社入社後、快眠スタジオにて睡眠文化の調査研究業務に従事。1999年睡眠文化研究所の設立にともない研究所に異動後、主任研究員を経て2009年まで同所長。睡眠文化調査研究や睡眠文化フォーラムなどのコーディネーションを行なう。2006年、睡眠改善インストラクター認定。2009年ロフテー株式会社を退社しフリーに。2010年、NPO睡眠文化研究会を立ち上げる。「世界睡眠会議」では「ぐっすりコラム」などを監修。 |
三浦 敦(みうら・あつし)さんニュクス株式会社 代表取締役。1997年創業後、IT、ヘルスケア、環境、地方創生、国際協力など各分野でマーケティング・コミュニケーションに従事。世界睡眠会議では編集、コンテンツ制作を担当。社会と環境課題の解決を目指す環境省グッドライフアワードの事務局も務めている。 |
目次
社会的に注目されるようになった「睡眠不足」
――僕らは20〜30代の若手中心のWeb制作会社で、ついつい長く働いてしまいがちです。もちろん仕事のやり方自体も工夫していくべきですが、それと同時にIT系労働者が生活の質を上げるには、生活スタイルそのものを考えなおすべきではないか。そのためにまずは「睡眠」について考えられるようになりたい……! そんなことを考えて、お話を伺いにやってまいりました。
鍛治:LIGさんは20~30代が多いということで、社長さんもお若いんですね。
――そうですね。今年37歳で、役員もみな30代です。
鍛治:睡眠に限らず、健康ってやっぱり「ちょっと悪くなってきたな」と思ってはじめて「改善しなきゃ」という意欲が湧いてくるものなんですね。だからみなさんは、まだガンガン無理されていると思うんです。
――おっしゃるとおりで、ガーッと働いてワーッと遊ぶ、というのに充実感を持ってしまいがちかもしれません……。
鍛治:私がロフテーに入社して睡眠文化の研究を始めたのが1989年で、当時はバブル経済の終わり頃でした。「24時間戦えますか」というCMが流行しましたが、「睡眠時間を削ってもどんどん働こう」というか、「外へ外へ」と向かっていく感じでしたね。そんな雰囲気だから、睡眠に悩んだとしても、内科で睡眠薬を貰うか精神科に行くぐらいしか選択肢がなかったという状況でしたね。要は、いまほど睡眠に関する社会的関心って高くなかったんですよ。
三浦:そうですね。僕は90年代だと30代半ばですけど、仕事が23時ぐらいに終わると、「あ、23時に終わった! 嬉しい! 遊びにいこう!」みたいな感覚でしたね。
――な、なるほどです(笑)。
鍛治:睡眠の問題が社会的にも注目されるようになったきっかけは、おそらく2003年に山陽新幹線で運転手が居眠りをしてオーバーランしてしまったときですね。後に睡眠時無呼吸症候群だったことが明らかになりました。あのときは大事故には至りませんでしたが、それから検査機関も一挙に増えていきました。
しかしバブル崩壊後の20~30年で日本社会全体の意識がしだいに内に向いて、「生活」が重視されるようになっていったわけです。
――それこそロフテーさんがオーダー枕を始めて、流行らせたりもしましたよね。
鍛治:ロフテーは、一人ひとりに合う枕をということで、枕の中身の素材や枕の高さのバリエーションを揃え、店頭での専門販売員による計測と試し寝というシステムを、業界で初めて導入しましたが、当時の枕の単価の数倍していましたので、取引先からは不安視されていました。
三浦:いまは数万円する枕も当たり前に売っていますよね。
睡眠不足は「体」「心」「脳」の病を招く
――まず、めちゃくちゃ根本的なところから聞きたいのですが、なぜ人間には睡眠が必要なんでしょうか?
鍛治:睡眠は、心身のメンテナンス、そして修復のために必要なんです。大脳が非常に進化したヒトという哺乳類にとって、睡眠の一番大きな役割は、脳を休ませることだと考えられています。代謝を下げてエネルギーを温存し、日中に起こったさまざまな出来事を整理しながら、修復・メンテナンスしているんです。
――最適な睡眠時間って、あったりするんですか?
鍛治:睡眠には個人差があるので、何時間必要かを一概に言うことはできません。しかし、その人にとって必要な睡眠時間が足りていないと、大きく3つ、「体」と「心」と「脳」に影響が出てきます。
まず「体」はわかりやすいですかね。寝不足になったときに、いろいろ実感されるとは思うんですけれど、お肌の調子がよくない、お化粧のノリが悪い、とにかく怠(だる)くなったりします。それは修復の時間が足りてないからなんです。
それから、寝ないと太ります。これは、さまざまな実験で明らかになっています。あとは免疫機能が低下するので、風邪を引きやすくなったり、アレルギー症状が悪化したり。さらに悪い方向にいくと、がんの発症リスクが高まる場合もあります。
睡眠が不足してくると、なんとなく精神的にダメージがくると思うんですが、睡眠不足によってうつが誘発されることもわかってきています。
20〜30代の方々はまだピンとこないかもしれませんが、睡眠不足でアルツハイマー型認知症のリスクが高まることも最近わかってきました。簡単に言うと、日中にたくさん活動したあとの脳内にはゴミが溜まっているんです。そして、そのゴミを夜の間に排出しなければいけないんですが、睡眠が足りないと残ってしまう。それが実は、認知症の発症原因のひとつになっているんです。
――それは物質みたいなものですか?
鍛治:アミロイドベータというタンパク質ですね。これがこびりついて蓄積していくと、アルツハイマー型認知症の原因になると言われています。変なたとえですが、夜間に道の幅が広くなって、清掃車がガーッと掃除をしていく、というイメージですね。毎日こまめに清掃していく。普通は清掃車が毎日来ているのに、それが1週間に1回になったら、ゴミを一気に取りきることができないでしょう。
睡眠によってもたらされる以上のような働きが、体と心、脳の正常な働きを維持すると言われています。
ショートスリーパーになりたい! 先生、なれますか?
――僕が学生だったとき、「活動している時間を長くしたい!」という謎の欲望が高まっていて、「睡眠時間を4時間半にしよう」ということにチャレンジしていました。当然、全然続かなかったんですけど、努力して「ショートスリーパー」になることって可能なんでしょうか?
鍛治:「ショートスリーパー」「ロングスリーパー」というのは、とても特殊な人たちと思っていただいたほうがいいです。多くは遺伝的なものなので。
――人間はどちらかのタイプに分けられる……というわけではないんですか?
鍛治:それは間違っていますね。イメージでいうと、山型の正規分布の端と端がショートスリーパーとロングスリーパーで、真ん中のところにだいたいの人が収まります。
一応、6時間未満の睡眠時間の睡眠をとっていて健康に問題ない人がショートスリーパー、反対に10時間以上の睡眠を必要とする人がロングスリーパー、と定義されています。しかし大多数は「バリアブルスリーパー(Variable Sleeper)」と呼ばれる人たちです。普段の睡眠時間を意図的に長くするのはちょっと難しいかもしれませんが、6~8時間という平均的な睡眠時間をときには短くすることもできる、というのが、バリアブルスリーパーです。
「努力すればショートスリーパーになれる」というような勘違いがなぜ生まれるのかというと、多くの人が「ある程度」睡眠時間を短くすることができてしまうからです。ですが、そもそも睡眠って、自分の意志で必要な長さや質を決められるものではないんですよね。
真性のショートスリーパーは、毎日、いつでもどんなときでも、短い睡眠時間で昼間なんの問題もないし全然眠気がない人なんです。多くの「自称」ショートスリーパーの方々は、真性ではないと思います。週末に寝溜めしたり、あるいは移動中など、ちょっとした合間に仮眠をとったりとか、緊急避難をしている方がほとんどだと思いますよ。
三浦:以前、山田五郎さんが「寝てない自慢をしてるやつに限って、絶対寝てる」とおっしゃっていましたね。「昨日徹夜だった」って言ってる人によくよく聞くと2時間は寝てたりするでしょう。やっぱり少しは寝てるんですよね。
――まあ、そうですよね……。SNSとかで「徹夜した」「3日くらい寝ないで仕事をした」みたいな話をしている人を見ると、いつも「本当かなあ?」と思うんです。3日間まるまる寝ないって、ちょっと無理な気がしちゃって。
鍛治:「寝ない偉人」として有名なナポレオンも、実はちょこちょこ寝ていたみたいですよ。側近の記録では、「実はちゃんと寝てる」と書かれている、と。
――そうなんですね(笑)。
三浦:ナポレオンの場合は、自分を神格化する目的があったんじゃないですかね。まあ、日本でも「私、よく寝てます」って人あまりいないですからね。たっぷり寝てることって言いにくいじゃないですか。「私、ちゃんと仕事してません」って宣言してる感じがしないですか?「寝てないんですよね」って言っているほうがコミュニケーションが円滑に回る、ってことはあるのかなと。
――みんなが「寝てる自慢」を積極的にしていったほうがいいかもしれないですね。ホリエモンとか、社会学者の古市憲寿さんがたまに「よく寝てる」って話をされてますけど、そういうことはもっと言っていくべきなのかもしれないですね。
「正しさ」だけでは睡眠改革はできない
――世界的に見ても、やっぱり日本人は睡眠時間が短いんでしょうか?
鍛治:日本は先進国のなかではワースト1位ですね。眠り方というのは生活そのものだと思うので、どういう働き方をするのかと裏表なんです。なぜ「寝ないで頑張る」という働き方が賞賛されるのか。労働観と睡眠観はセットになっているので、科学的な知見だけではなかなか動かしにくい部分があります。
――世界睡眠会議のコンテンツって、「科学」ということを必ずしも打ち出しているわけではないんだな、と感じたんです。たとえば睡眠文化研究会にも「文化」という言葉が使われているじゃないですか。「科学」には「正しさ」で論破できてしまうようなイメージもあるなかで、「文化」という言葉を使っている。これは「正しさ」だけではなく、横から作っていこうという意図があるのでしょうか?
三浦:そうですね。たとえば正論を言うと、寝る前にスマホを見るのはダメなんですよ。ブルーライトを感じると脳が覚醒してしまうから、2時間ぐらいは脳をクールダウンしてから寝たほうがスムーズに眠れます。
かといって、寝る前の2時間LINEしないわけにはいかないでしょう(笑)。「そっちのストレスのほうが大きいんじゃないか」とか、そういう話ができたほうが面白いですよね。
もちろん科学的なエビデンスは大事なので、必要な「正しい知識」はちゃんと伝えたいと思っています。でも、「睡眠習慣を改善しよう」と思って何かを始めても、先輩と飲んだとか、徹夜しちゃったとかで破綻して、立て直すのがだんだん嫌になってくるじゃないですか。気楽にやらないと続かない。ダイエットと一緒で、リバウンドしながらも続けて、自分の人生のパフォーマンスをトータルで上げていければいい。「ゆるい気持ちでやろう」ということを伝えていきたいと思っています。
睡眠に関する一問一答に答えてください!
――個人的には睡眠と文化論・文明論的な話にすごく興味があるのですが、それは後半で改めて伺うとして、このあたりで一問一答形式で睡眠にまつわる具体的な悩みについて回答をいただければと思います! 社内からの声や、見かけた現象からいくつか集めてきたので、順番に聞いていきますね。
Q. 寝溜めはできるんですか?
鍛治:「睡眠負債」という言葉が表しているように、溜まった睡眠の借金を返済することはできても「睡眠の貯金」はできません。あくまでも睡眠不足の解消として、あまりリズムを崩さない範囲で、週末の昼間に1時間ぐらいの昼寝をするという方法はありますね。LIGさんはフレックスとかシフト勤務というわけではないんですか?
――出社時間は10時ということで決まってますね。夜は一応7時が定時だけど、まあ残業とかも必要なときはする……という感じです。
鍛治:土日は一応毎週休みなんですね。そうするとたぶん、平日頑張って頑張って、土日はバタッて感じの方が多い?
――典型的なパターンだと思います(笑)。
鍛治:たぶん年代からいっても、長時間眠れるので、睡眠負債を返した気になってしまうかもしれないですね。できれば平日と休日の睡眠時間の差を2時間以内にする、というのを心がけてみてください。
三浦:ふだん7時に起きて会社に行っているとしたら、休みの日も9時ぐらいには起きましょう、ということですね。
鍛治:もうひとつ大切なのが、いったん頑張ってとにかく起きて太陽の光を浴びることです。目から体内に光が入ると、体内時計がリセットされるんです。
食事もなるべく規則正しく摂ったほうがよいです。朝寝坊で睡眠負債を返そうとすると、朝昼兼用で食事を食べることになりがちです。徐々にでも、それをなるべくやめて、朝起床して少しでも朝食を摂って体内時計をリセットするほうがいいですね。
Q. ロケで早起きしなきゃいけないけど、起きられる自信がない! どうすれば?
鍛治:いつもの時刻より早く寝ようと思っても眠れないですよね。体がそういうリズムになってしまっているので。
三浦:いつもより遅く寝るのは楽にできるでしょう?
――たしかにそうですね。
三浦:それは体内時計が24時間よりもちょっと長くなっているからです。放っておくと就寝時刻がどんどんズレていってしまう。だからさっき鍛治さんがおっしゃったように、朝起きたら朝日を浴びて体内時計をリセットしたほうがいいんですよ。
鍛治:たとえば、次の日にロケが控えていて2時間早く寝たければ、まずその日の朝に早く起きるようにすれば、夜は早く眠れます。リズムを変えようと思ったら前夜ではなく、前日朝からスタートするのがいいですね。
三浦:「明日どうしても早く起きたい」というときにもし早く寝れなかったら、諦めていつもと同じ時間に寝るのがいいと思いますよ。その日頑張って朝起きれば、ロケが終わった夜は早く眠れます。それでだんだん自分の生活サイクルがよくなればいいや、って考えるぐらいが気楽でいいかもしれないですよ。
Q. 徹夜ってやっぱり体に悪い? 徹夜してしまったあとはどうすれば?
鍛治:その人が普段から夜通し作業しているのか、もしくは突発的な徹夜なのかによっても違うと思いますが、基本的に徹夜はおすすめしないですね。
ただ、それを次の日にリカバーするとしたら「本来の時間だったらどうしてるかな」と考えて過ごしてほしいです。まるまる24時間起きてたからといって、夜に2日分寝られるわけではないですよね。眠いときにある程度寝るのがよいでしょう。ちなみに、どのくらいのペースで徹夜なんですか?
――この質問を思いついたのは、僕の知人で、毎週ある曜日に徹夜している人がいたからなんです。当人にとっては趣味的な部分があるとは思うんですけど。
三浦:正しい答えとして、「その働き方を止めたほうがいい」としか言えないですね(笑)。
鍛治:今日の私たちの話を読んで睡眠のことを知っていただいて、それでも睡眠時間を削るかどうか、というところですね。
Q. ランチを食べたあとに眠くなるのはなぜ?
鍛治:食べて、胃に血液が集中してるからだと思ってます?
――えっ、違うんですか?
鍛治:われわれの体は体内時計が生み出す約1日周期、半日周期、2時間周期とか、さまざまな周期の生体リズムでコントロールされているんですが、眠気は約12時間周期で起こっていて、1日に2回眠気の周期が来るんです。
1回目は、真夜中、3~4時ぐらいですかね。寝ていれば眠気として感じられません。2回目はその12時間後、午後の1~3時ぐらいですね。そのぐらいの時間は食べても食べなくても、眠気が強くなる時間帯なんです。
真夜中のほうが眠気としては強くて、波にたとえるならば大波で、昼間のほうは中波というイメージです。昼間の眠気は、睡眠負債が溜まっていれば強く感じるかもしれませんが、プレゼンのような能動的な活動をしていればそんなには感じないでしょ?
――はい、緊張していると眠気は感じないですね。
鍛治:睡眠の不足度合いや状況によってやり過ごせることもあるわけです。だからそんなに強い眠気ではないんですね。
三浦:昼寝はいいですよ。「パワーナップ」と言って、食事のあとに15分寝ると頭がすっきりするというのがある。IT企業で、パワーナップを取り入れようというところもありますよね。
――以前、GMOインターネットさんの取り組みが報道されていましたね。
鍛治:昼間の13〜16時くらいの時間帯に20分程度の短い睡眠をとるのは、夜の睡眠にもほとんど影響がないのでおすすめですね。逆に、30分以上はやめたほうがいいです。
パワーナップは質の高い睡眠と言われていますが、だからといって夜の睡眠時間をおろそかにしていいわけではありません。昼寝で寝すぎてしまうということは、夜の睡眠時間が十分にとれなくなる可能性があるので、まずは夜にしっかり睡眠がとれているかどうかを重視してみてください。
Q. 飲酒って睡眠によくないんですか?
――アルコールを飲んだあとって、たとえば8時間とか寝たはずなのに、全然疲れが取れてない感じがあるんですよね。
鍛治:お酒を飲むと睡眠の質は下がりますし、アルコールの利尿作用で早く目覚めてしまったりします。睡眠直前まで飲んで寝た場合には、寝付きはいいと感じますよね? それはたしかに寝付きがよく感じるものですが、実際は意識を失った麻痺状態になっているので、睡眠中の機能回復過程はほとんど停止してしまっているのです。それで疲れが取れていないと感じる、というわけです。
また、夜中にアルコールの分解によって利尿作用が高まると、「レム睡眠」というノンレム睡眠のあとに来る眠りが減少して、中途覚醒が増加するんです。
三浦:だいたい覚えてないけど、深夜におしっこに行ってることが多いんですよ。お酒を飲んだあとに寝ると、眠りが浅くなったときに起きてしまう人が多いです。
満腹で寝ないほうがいいっていうのも一緒ですよ。睡眠は、交感神経を休める時間でもあるわけです。本来、記憶の整理とか、いろんなことをしなきゃいけない時間に、消化やアルコール分解という行動をとっていて、交感神経を一生懸命動かしてしまっているので、十分に休まらないんです。
Q. パジャマって必要?
――僕はちょっと前まで、冬はスウェットを着て寝ていたんです。パジャマは10代後半ぐらいからなんとなく恥ずかしくなって着なくなってしまった。寝るときはユニクロで売ってるスポーツ用のアンダーシャツとかスウェットのほうがいいかな、とか思ったりしていて。
三浦:今の日本人ってほとんどパジャマに着替えないんですが、寝返りを20〜30回打つので、吸湿性がよくて寝返りを打ちやすい素材のものを着ることが大事なんだそうです。
鍛治:たとえばフリース素材は、吸湿性が低いので蒸れやすく、起毛加工で寝具との摩擦が強くなるので、寝返りが打ちづらくなります。寝るときの服として適しているわけではないですね。
――フリースって登山とかでも使うから、冬に寝るときはあったかくていいのかなって適当に考えてたんですけど。起きてるときと寝るときって環境が違うから、日中着る服とは違うロジックでできているパジャマを着たほうが、睡眠にはいいってことなんですね。
鍛治:そうですね。起きているときであれば汗をたくさんかいても着替えるということができますが、睡眠中はできませんよね。
三浦:パジャマを着るのは入眠儀式としても重要、というのもありますよね。
鍛治:はい、着替えるという行動が、入眠のきっかけとして大事だということです。入眠儀式でいうと、お風呂に入るのも大事です。お風呂に入っていったん体温を上げて、お風呂を出てしばらくして下がってきたタイミングで寝ると、スムーズに眠りにつけます。
――やっぱりシャワーじゃだめなんですか?
鍛治:シャワーは体の表面温度を上げるだけなので、快眠効果を期待するのであれば、湯船に入るのがおすすめですよ。
Q.照明はどうしたらいい?
――夜、家で社外の仕事をしたりするんですが、部屋の照明が暖色系のものだとリラックスしちゃってダメなんですよ。それで蛍光灯をさんさんとつけて仕事するんですけど、寝る前にリラックスしてるときとかはその光だとやっぱりダメなので、照明による影響って大きいなと思って。
鍛治:そうですね、寝る前は赤系など、色温度が低いほうがいいですね。色温度が高い、青白いLEDや蛍光灯をなるべく目に直接入れないようにします。光っていうのは、睡眠環境のなかでも自分でコントロールできる部分ですよね。
三浦:寝る少し前になったら、蛍光灯を消して間接照明をつけるのがいいですね。それこそフィリップスライティングさんのHueを使えば、覚醒したいときは覚醒系の色にして、リラックスしたいときは暖色系に変えられたりしますね。
いいアイデアはいい睡眠から生まれる!?
――ここからは本論に戻っていきたいと思います。より根本的なところを伺いたいのですが、いい睡眠といい働き方を両立させるには、どんなことを考えていけばいいのでしょうか?
三浦:糸井重里さんも「寝てる奴より良いアイデアは出せない」って言ってますからね。おそらく糸井さんが言いたいのは、「自分の『生活』を大事にしてる人のほうが新しいアイデアが出る」ってことだと思うんですよ。バリバリ働いているだけで「生活」がない広告代理店のおじさんとかだと、主婦向けの家電広告とか作れないですよね。でも作ってたりするんですよ。それで、「人気のタレントを使えばいいんじゃないか」みたいなことになったりするんですよね。
――うーん、なるほど……。
三浦:もし新しい電子レンジをヒットさせたかったら、やっぱりきちんと「生活」をしていることが大事なんです。
「睡眠負債」という言葉がブームになったせいもあるんでしょうけど、国も睡眠に関する取り組みを始めています。このままいくと医療費で国が潰れてしまうので、厚生労働省もなんとかしようとしているわけですが、やっぱりまずは国民を寝かさないといけないって感じになっている。
健康増進法に基づいて厚生労働省が推進している「健康日本21」というプログラムがあります。それまで禁煙促進とか、働き方改革とかだったんだけど、最近やっと「睡眠」が入ったんですね。やっぱり国としても「日本人の生産性が異常に低い」と言われていることは懸念しているわけです。
――日本の労働生産性が低いことの原因に関しては諸説ありますが、ひとつには新規産業が出てきていないということがあるそうですね。
三浦:でも、それってどっちが先かわからないですよね。寝てないことによって新しいアイデアや企画が出てこないのかもしれないですし。
文明と睡眠はやっぱり相性が悪かったのかもしれません。山田五郎先生もおっしゃっていましたが、資本主義と西洋近代のロジックって「自我」を「明晰で論理的である」と捉えてしまう。寝ている間は自我の及ばない領域なわけです。
フロイトとかも、夢の中には抑えられたすべてのドロドロとしたものが出てくるっていう世界観を持っていますよね。「夢=性欲(リビドー)」という。起きてるときにリビドーを抑えるのが文明なんでしょうね。
――アメリカやヨーロッパの場合はキリスト教があるので、宗教的な感性がそういった「西洋近代」的な捉え方で済まない部分をカバーできているかもしれません、日本の場合は西洋近代の「ロジック」的な部分が、昔ながらの精神主義と結託して肥大してしまった可能性はありますね。
三浦:われわれ東洋の人間って、もともとは近代的自我やロジックに頼らずに自然に生きられていた部分があったと思うんです。そこが今なくなって、ただの効率化だけの社会になり、すごくプレッシャーを感じる部分なのかもしれないですけどね。
食文化に続け! 現代の豊かさの鍵を握る睡眠文化
三浦:でも、このポストモダンの時代は単にそういうことも言ってられないので、睡眠を文化として前向きに捉えよう、という方向で、いまは頑張っているんです。「食文化」っていう概念も昔はなかったんですって。
――へえ、そうだったんですね! であれば、食文化に続いて睡眠文化をみんなで盛り上げていけたら面白そうですね。
鍛治:食文化研究は、文化人類学者を中心とした研究グループが最初にあって、それを味の素さんがサポートしたのが始まりだったそうです。もともと栄養学や生理学などの科学的なアプローチはあったんですが、文化人類学的な手法を用いて多様性を研究したりしていて。
睡眠文化はそれに遅れるかたちで、ロフテーという企業がまず手を挙げて、そこに研究者の先生方を巻き込んでいったという、食文化研究とは逆の成り立ち方になっています。意外にも、文化人類学の中では睡眠というテーマはあまり研究されていなかったんですね。
三浦:そうなんですよ、文化人類学には、フランス人の眠りとドイツ人の眠りがどう違うかとか、そういう研究はあんまりなかったりしていて。
――もともと文化人類学ってアンチ西洋近代的な部分があったはずなのに、意外と「睡眠」に関しては抜け落ちていたんですね。
鍛治:文化人類学は現地に行ってフィールドワークをして、現地の人と行動をともにする「参与観察」という調査研究手法が基本です。現地の人が寝ているときには一緒に寝る、というスタイルだったので、そのときのデータはそもそも取ろうという発想がなかったんでしょうね。
三浦:世界睡眠会議では、「睡眠についてフランス人に聞いてみよう」っていう記事もあります。フランスではベッドの中で朝食を食べるのは正しいとされてるっていう。朝起きてベッドでダラダラしているのは楽しいっていう文化らしいんですよ(笑)。
――フランス人っぽい……。
三浦:フランス映画を見ていると、カップルでベッドでコーヒーを飲んだりしていますよね。だから研究テーマとして、睡眠文化ってすごく面白いんです。
――「ベッドでどう過ごしているか」というのは、男女の性のあり方ともつながっていきそうですね。
三浦:そういうこともあって、「私、こういうふうに寝てる」という話がしにくかったのかもしれませんね。そこを積極的に話してみようじゃないか、と思っているわけです。
鍛治:いまはまだ、「眠りを削ることが美徳」というか「恥ずかしい」というか、寝ることが自慢にならないぐらいに押しやられていますよね。もう少し眠りを豊かなものにしたいというのが、世界睡眠会議さんと睡眠文化研究会で共通する目標ですね。
取材を終えて
鍛治さん・三浦さんにお話を伺って、睡眠習慣をいきなり変えるのが難しいのであれば、やはりダイエットと同じように「気軽な気持ちでやる」ということ、そして睡眠の話をもっと気軽に、みんなで話せるようになることが大事なのかなと感じました。
そして睡眠を改善していくには、働き方を含めた生活環境全体を組み換えていくことが必要になっていきそうです。
今回の記事を、みなさんのLifeをGoodにするヒントにしていただければ幸いです。では、また!