BiTT開発
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2018.12.30
#3
LIGブログ年末年始スペシャル2018-2019

【年末年始の読書に】最近発売された書籍『欲望会議「超」ポリコレ宣言』が面白かったのでご紹介します。

中野 慧(ケイ)

LIG/広報室エディターのケイ(@yutorination)です。

今回は年末年始ということで、最近読んで面白かった書籍をご紹介しようと思います。

決して年末年始の記事が足りなかったから代理原稿として書いたというわけでは

僕は趣味=積ん読なので、「これ読みたい!」と思った本を紙でも電子でも片っ端から買って、少し読みかけては飽きたら机の上(またはタブレットのブックリスト)に積んでいます。「とりあえず買っとく」ということの効能はあって、たとえば「あ、これまだ読んでねぇや」とリマインドになるので、5年前くらいに買った本をある日一気に読み終えたりもするわけです。

個人的に読書を習慣化するポイントは「読み終わらなくても別にいい、と思う」「同時期に10冊くらい読み進める」だと思っています。

なのですが……

内容がめちゃくちゃ面白くてそのときの自分の興味とマッチしていると、うっかりすぐ読み終えてしまう場合もあります。今回紹介する『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』もそういう本でした。つい先日、12月21日発売だったのですが、Amazonから届いてほぼ即日で読了しました。

『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』ってどんな本?

『欲望会議』の書影

哲学者の千葉雅也さん、AV監督の二村ヒトシさん、現代美術家の柴田英里さんの3人が、「欲望」という概念をキーワードに現代社会を考える鼎談本です。

近年の日本社会では、インターネットを中心に「LGBTQ」「フェミニズム」「ポリティカル・コレクトネス」といった話題が注目を集めるようになりました。今年は特に「#MeToo」が話題となり、ユーキャン新語・流行語大賞トップ10にも入りました。

僕はメディア運営者として、編集者/ライターとして、最新の論争的トピックはカバーしておきたいので、このあたりのニュースやネット上のムーブメントは日々観察しておりました。

ただ、ツイッター上で起きた論争のまとめだったり、バズったWebメディアの記事だったりは、どうにも言葉が強いのと、議論の体を成しているように思えず、「何かが進歩している」という気があまりしませんでした。

ただ、この本の著者である千葉雅也さん、二村ヒトシさん、柴田英里さんの3人は、インターネット上で盛んに発言しながらも、どこかそういったネット上の論争空間から距離を取るスタンスが、個人的におもしろいと感じていました。(千葉雅也さん、二村ヒトシさんに関しては執筆された書籍を以前から読んでいたという理由もあります)

その3人が深掘りして語った本が出る、ということで購入したのですが、案の定とても興味深い内容でした。

コンテンツ制作者にとって、なぜ「欲望」というテーマが大事なのか

僕はこの「LIGブログ」を運営したり、自分で記事も書いたりと「コンテンツ制作」を仕事にしているわけですが、コンテンツ制作者は「欲望」というものと向き合うことがとても重要だと考えています。

たとえば新聞社や出版社、テレビ局など「ジャーナリズム」を標榜しているマスメディアを思い浮かべればわかりやすいのですが、メディアは自らが制作するコンテンツに関して、倫理観や公正性を担保しなければならないことになっています。

最近では「ポリティカル・コレクトネス」という言葉が普及し、「倫理的であろう」という動きが社会全体として強まり、「欲望」をだだ漏れにさせるようなものは慎まなければいけないような雰囲気があります。もちろんそれ自体、非常によい面もあります。

しかしその一方で、私たちメディア(と、総称してしまいます)は、「正義だ!ジャーナリズムだ!」「倫理的であろう!」と口当たりのいいことを言っていながら、実はいつも禁欲的であるわけではなく、人々の「欲望」でご飯を食べている側面も大いにあるのです。

「見た目のきれいな男女を見たい」とか「だれかを笑い者にしたい」といった、どううまく取り繕ったとしてもポリティカリー・コレクトとはいいがたい、読者や視聴者の「欲望」を叶えるようなものもつくるわけです。

ときには「有名人のプライベートな部分を知りたい」という、人々の昏(くら)い欲望を叶えるためにスキャンダル報道に走ったり、そのことを正当化するために「表現の自由」「知る権利」などともっともらしい言葉を持ち出していたりもします。

ここで挙げた例はどれも、白か黒かハッキリ判別できるものではありません。ただ、ひとつ言えるのは、僕たちコンテンツ制作者は公明正大であるばっかりではないし、(自覚があるにせよないにせよ)「欲望」というものの存在を前提に仕事をしている。であるならば、「欲望」というものの中身について、もっともっと精緻に考えられるようになる必要があるのではないか、ということです。

「ググればわかること」と「本を読んで考えてほしいこと」のバランス

さて、本の中身に戻りたいと思います。全体的に、さまざまな論点や、これまでに起こったフェミニズムやセクシュアリティに関連する事件やトピックが深掘りされていて興味深いのですが、たとえば「本質主義」「構築主義」といったアカデミックな用語が何の説明もなく出てくるなど、周辺知識の少ない段階で読むととっつきにくい印象を受けるかもしれません。

でも、われわれにはインターネットがある――!!!

わからない用語や人物名があったらググればよし。特に現代美術家である柴田さんのお話には海外のアート作品だったりがしばしば登場するのですが、僕は知らない作品が出てきたらGoogle画像検索で見たりしていました。

難しい話をしているからといって簡単に注釈を付けず、「わからなければググるだろう」と、ある種読者を信頼していて、かつ読者からしてもアクティブに調べながら読むのにちょうどいい記述のバランス感。書籍づくりの方法論としても学びがありました。

「ネットコンテンツ」と「書籍ならではのコンテンツ」の棲み分け

本書の内容には、簡単にWebメディア上で引用することが憚られるような記述も多いです。

たとえば今のネット上では――ツイッターでは特に――大学の研究者から市井の方までが、フェミニズムに関するトピックについて盛んに論争をしている光景を目にします。

そういった人たちに対して本書では、「怒ったり、傷ついたりすることによって快楽を得ているのではないか」「怒りの中毒、依存症のようなものになっていないか」「それをアイデンティティにしていないか」という問題提起がなされています。これって、そのままネット上で書いたら炎上してしまうのでなかなか書きにくいことではあるのですが、同じようなことを潜在的に感じている人は多いかもしれないですし(僕自身もそうです)、当事者からしたらもっともクリティカルな批判にも受け取れることでしょう。

ただ、そういった指摘は、書籍という「閉じたコンテンツ」ならではのものだと感じます。ツイッターまとめのように、まとめ主の都合のいいように歪められて伝えられることもない。一冊の本として文脈をもって表現されているので、誤読の余地も少ない。ネットの悪い部分を縮減しつつ、書籍ならではの機能をしっかり活用しているのもいいな、と思うわけです。

世の中のこと、人間どうしのことを深く考えるのは楽しい!

たとえば「#MeToo」のような身近な話題に対してであれば、何か感想を持っている人は多いはずです。しかし、単なる「感想」では建設的な議論に発展しえないということに、もっと多くの人が気づく必要があるのでしょう。

そして「感想」ではなく、建設的な議論をするための「意見」を持つには、本当はたくさんの知識と思考が必要になります。その意味でもこの本は、出てきた固有名詞や概念を調べながら読み、語られている内容について丹念に考えることで、知識や思考力を鍛えていけるはずです。

さらにいえば、「エロ」「エンターテインメント」「表現」といった事柄をクリティカルに考えていくための、非常に多くの示唆が得られると思います。コンテンツ制作に携わる人には特に参考になる点が多いのではないでしょうか。

最終的にはLIGブログっぽい「役に立つよ!」な話に落とし込んでしまいました

いや、そういった実利的な面だけでなく、世の中の、社会のこと、エロやセックスなども含めた人間どうしの関係のことを深く考えるのは楽しい! と思うのです。そういった楽しみに目覚めてもらうためにも、多くの方に読んでほしい本です。ぜひ年末年始のお伴にどうぞ!

……ということで、それではまた。年末年始もLIGブログは更新し続けるので、ぜひ楽しみにしていただければ幸いです。

年末年始っぽい記事は
こちらのページにまとめました!