人間の「欲」にスポットを当てた、 遊郭・赤線専門『カストリ書房』のディープさがやばい

人間の「欲」にスポットを当てた、 遊郭・赤線専門『カストリ書房』のディープさがやばい

すみー

すみー

「吉原(よしわら)」という場所を知っていますか?

吉原とは台東区千束(せんぞく)3・4丁目周辺の通称で、かつては男性に性的サービスを行う遊女屋を囲った「吉原遊郭」と呼ばれる区画でした。

吉原遊郭は江戸幕府に公認されていて、当時の男性たちにとっての立派な社交場のひとつとして、そして女性たちのファッション文化が発信される場所として栄えていました。

吉原位置

(C)OpenStreetMap contributors

範囲広っ! 昔はこんなに広い範囲で政府公認で堂々と売春できる地域があったんですね。

第二次大戦後、GHQによって公娼制度が廃止されて以来、「遊郭」とされる場所は「赤線」という呼び名へと変化しつつも営業が続けられていました。
しかし、昭和33年に売春防止法が成立したことによって「政府公認」である遊郭と赤線は全国から姿を消しました。

もちろん吉原遊郭も例外ではありませんでしたが、現在も日本一の歓楽街として知られています。
 

そんな大人の歓楽街である吉原に、今は無き遊郭の美しさに魅せられた男性が一軒の書店を構えています。

遊郭・赤線専門の本屋『カストリ書房』はなぜ生まれたのか

DSC00345

吉原の一角、風俗街の路地を入った場所でひっそりと暖簾を掲げるカストリ書房。
お昼の吉原は、夜の顔とは打って変わってどこか懐かしい下町の雰囲気です。

 

DSC00249

暖簾をくぐってお店の中に入ると、小上がりの畳間に遊郭・赤線・青線・闇市などに関するディープな本が所狭しと並べられています。(記事の後半で、この中からおすすめの本を紹介しています)

DSC00262

畳間に置かれている新刊・復刻本のほか、古本専用の棚もあります。

 

ここの店主は、元々IT企業でデザイナーやディレクターとして働いていた渡辺豪さん。

DSC00335

2015年にカストリ出版を立ち上げ、2016年9月にカストリ書房を開店しました。
しかし、現在のお仕事に至るまで紙媒体の編集経験は無かったそうです。

 
ーカストリ出版・カストリ書房を始めた理由は何でしょうか。

遊郭や赤線の建造物が取り壊されて無くなっていくのを目の当たりにして、「写真や文献で記録して残しておきたい」と思ったからです。

遊郭が無くなっていく様子を知った人たちは「もったいないね」と言うのですが、僕はそれらが無くなってしまうことはしょうがないことだと思っているんです。誰だって綺麗で快適な空間に住みたいと思うのは当たり前ですよね。

ただ、無くなっていくことはしょうがないけどそれを記録しておくことはできるし、せめて記録は残すべきだと思っています。
そのためカストリ出版では、遊郭や赤線に関する新しい記録資料の制作だけではなく古い書籍の復刻も行なっています。

 
ーなぜ、古い書籍を復刻させようと思ったのですか?

5年ほど前から趣味で日本各地にある遊郭を調べて写真を撮りに行っていたのですが、そのうちに「そもそも遊郭だった場所を調べることが難しい」と気がついたんです。つまり、当時の資料が少ないんですね。

もともと旅行先でよく写真を撮っていて、そしたらどうしても怪しくて気になる場所が各地にあって。「あそこって何だったんだろう?」と調べてみると、そこが昔は遊郭や赤線だった…… ということがありました。

でも、吉原や島原(編集部注:現在の京都市下京区)のような大規模で有名な場所以外にも、中規模から小規模のものはたくさんあったはずなのに資料が全然残っていないんです。国会図書館にも所蔵されていないものばかりです。

そのため、記録の一環として古い資料を蘇らせることを考えました。古書店などから見つけたものを地道に復刻させています。

出版業界未経験者でも小さな本屋でホームランを打てる可能性がある

DSC00288

 
ー出版業・ネット販売のみのスタートから、実店舗を出すことになった理由はありますか?

出版業界未経験ながらも業界のことを一から勉強し始めるというのはナンセンスだと感じていて、新しいことに挑戦した方が可能性は開けると思ったことです。

ISBN(編集部注:国際標準図書番号)が付いていない本を小さな書店で売り続けることで、どのような成果が出せるのかを検証したかったんですね。

カストリ出版の本を色々な書店さんに置いていただくようになったことで、それに気がつきました。
チェーンの大型書店とセレクトショップのような小さな書店の2種類に置いてもらって、どういう変化があるか観察したら大型書店よりも小さな書店での売れ行きが10倍大きいという面白い現象が起きまして。

自費出版物をメインで取り扱っている「シカク」という大阪の小さな書店さんでその成果が出たんです。今は決して大型の書店でなくても大きなチャンスを得られる時代なのかもと思い、じゃあ自分もお店を出そう、と。

もちろん、大きい店舗に置いた方が来客数は多いし色んなチャンスもあると思うんです。
ただ、カストリ出版が出しているような特殊な本は、セレクトショップのように厳選した本を並べてくれている小規模店舗で売る方がホームランを打てる可能性も高いということが分かりました。

 

DSC00284

ーちなみに、都内には他にも遊郭だった場所がありますが、なぜ吉原に出店することにしたのでしょうか。

単純に、最も有名な遊郭だったからです。
外人さんでも「ヨシワラ」という名称だけなら認識してくれていることもあるくらいですから、集客には向いていると思います。

あと、「吉原って聞いたことはあるけど正確な位置関係はわからない」、「興味はあるけど風俗街に行くのはなんとなく抵抗がある」という方はたくさんいると思うんです。特に女性なんかは。
だけど、そこに本屋があれば吉原を訪れるハードルが下がりますよね。

 

遊郭は、人間の欲から生まれているからこそ美しい。

DSC00341

出版業界未経験の状態から、ほとんど一人でカストリ出版・カストリ書房のお仕事を立ち上げてこなしてきた渡辺さん。
いくら好きなことでも、ここまでのポテンシャルはなかなか維持できません。その原動力はどこにあるのでしょうか。

 
ーそこまで強く遊郭や赤線に惹かれる理由は何でしょうか?

遊郭が作られたモチベーションに強く惹かれています。つまり、「美しいもの」が作られた背後にある人間のモチベーションです。

そもそも建築物としての遊郭を美しいと感じるのは僕だけじゃなくて、色々な人もそう感じると思うんですよ。恐らくその原因は、遊郭が作られたモチベーションとか理由にあるんです。
僕は綺麗なものを綺麗なものとして作られたものや、いかにもアートらしく作られているものを見ると興ざめしてしまいます。

それに対して、遊郭が作られたモチベーションは人間の欲です。しかも、人間の欲の中でも最もベーシックで強力な部分である「性欲」「金銭欲」から生まれています。
そういった「欲」から生まれてきたからこそ遊郭は美しく見えるんだと僕は考えているし、色々な人を惹きつけるんだろうと思います。

だからカストリ書房の取り組みに対するモチベーションとしては、「自分がこれぐらい好きなものなんだから、マネタイズすることにチャレンジしたい」という気持ちも大きいですね。

カストリ書房店主・渡辺さんがおすすめする本 4選

DSC00282

普通の書店で見ることがないようなタイトルをたくさん目の当たりにすると、おすすめを聞かずにはいられません!
というわけで、カストリ出版オリジナルの本と復刻した本を垣根なく紹介していただきました。

著者不明の奇書を復刻『全国遊郭案内』(元・1929年)

DSC00298

https://kastoripub.stores.jp/items/56d270c82b34921d9b00abab

まず、遊郭を調べる際の参考文献として絶対に使われるこの本です。

樺太や朝鮮、満州を含む全国の遊郭およそ250箇所を都道府県別に案内している昭和5年に出たガイドブックです。
データベースとしての側面が強く、たとえば「北海道の〇〇遊郭の最寄駅は××、区画内には△△楼・〇〇楼があり、女は何人くらい在籍していて東北出身の女が多い」……というような情報が淡々と記録されています。

昭和5年という時代にこれだけ余計な情報を削ぎ落としたデータベース的な本を作るなんて、モダンな考えをお持ちの方が書かれたと思うので、そういう意味でも面白い本ですね。
検閲のあった時代なので作者は伏せられています。おそらくインテリの方が書いたもので、当時のメディアと言えば新聞くらいだから記者の方がこっそり書いたのかな? という想像はしています。真実は分かりませんが。

全国360箇所の売春街ルポを復刻『全国女性街ガイド』(元・1955年)

DSC00299

https://kastoripub.stores.jp/items/544b056dbe6be3a69b002832

これは売春防止法が施行される3年前・昭和30年に発売された本で、全国の売春街を取材しています。施行直前ですので、この本には赤線の最後の姿が記録されていると言っても良いです。

pdf

この本はUSBメモリ型のPDFバージョンを作って、デバイスを選ばないで読むことができるようにしました。
この本に限った話ではなく、僕はそもそも紙に対するこだわりが特になくて、記録できるのであれば電子書籍だって構わないと思っています。

 
ちなみに著者は渡辺寛さんという方なのですが、この本の発売後に出版業界から姿を消して消息不明になってしまったので、60年以上謎の人物だったんです。そもそもこんな本を本名で出すのか? ペンネームなんじゃないか? と言われるくらい、本当に謎で色んな噂があったんですよ。

その渡辺寛さんのご家族を、2015年に僕がやっと見つけまして。その様子などを別の本として制作しました。

『全国女性街ガイド』の著者を追った『渡辺寛 赤線全集』(2016年)

DSC00302

https://kastoripub.stores.jp/items/57ab958c99c3cdcb9e004a4c

さきほど紹介した『全国女性街ガイド』の著者・渡辺さんが遺した赤線のルポルタージュを集成しています。また、渡辺寛さんのご家族へのインタビューも収録しています。

ずっと消息不明だった渡辺さんの住所を調べ当てて、ビクビクしながらアポなしで訪問しました。
事前に連絡して断られたらおしまいだなと思ったんですよ。仮に怒られても、その場で何か言葉をいただけるのであれば……という気持ちで臨みました。

実際のところは全然怒られず、渡辺さんのお子さんに「親父がこんなことをしてたなんて知らなかった。ありがとう」と言われました。
そして、晩年の渡辺さんはオリエンタルランドの役員になっていたことなどを教えていただきました。そんな方がご家族にも知られずに、全国の売春街ルポを書いていたんです。インタビューするまでは、どっかの売春街で行きずりの女とのたれ死んじゃったような人だったんじゃないか、とか勝手に思ってたんですけど、全然違いましたね。

しかも、「渡辺寛」はまさかの本名でした。すごく面白い生き方をした人だなぁ、と思います。

日本初、エロ本だけのレタリング集『昭和エロ本 描き文字コレクション』(2016年)

DSC00311

https://kastoripub.stores.jp/items/5774b706100315e3160000c8

最近一番売れてる本がこれです。昭和30〜40年代のエロ本のレタリング集で、デザイナーさんや出版業界の方、女性に人気があります。
この本が出た時にTwitterで投稿したらバズって、発売日にネット注文で100冊くらい売れました。大手の出版社でもなかなか無い売れ方をしたんじゃないかなぁと思っています。

この文字を描いている橋本慎一さんという方は、この本の表紙のようにご自分の作品をスクラップブックに綺麗に保存していて、それをたまたま見せていただく機会があったんです。
えげつないタイトルや文字のバリエーションを眺めているだけで面白いですよね。これはもう、ひとつの作品だなと思って本にさせていただきました。

ちなみに橋本さんは現在88歳です。今はこういうハンドレタリングの仕事がないから廃業してはいますが、技術は衰えていらっしゃらないのでカストリ出版のロゴも描いていただきました。その場でシャッシャッと描いていて、職人さんだなぁと思いました。

店主が自分で作ったコンテンツを売るカストリ書房の今後

DSC00270

 
ー今後、カストリ出版・カストリ書房でやりたいことは何ですか?

今後はカストリ書房の店舗を増やしたいですね。吉原以外に支店を置きたいなぁと思っています。

あと、ここにお客さんが来てくれる理由って、やっぱり場所が吉原だからだと思うんですよ。他の遊廓跡とかにも出店したらもっと面白い展開になるんじゃないかと考えています。

 
ーそうすると、支店は他の人に任せる形になるんですか?

そうですね。僕は企画と編集をコアの仕事にしたいので、もし店舗を増やすならそうします。

たとえば、復刻作業はすごく時間がかかるんですよ。
スキャナーで読み取る方法もあるのですが、カストリ出版で復刻しているような本は状態が良くないものが多くて文字が欠けたり掠れたりしているんです。だから、1文字ずつ手打ちしています。そのまま電子化もできますしね。

また、地方の資料の場合は地方の大学図書館に1冊しかないということも多々あります。大学図書館のものは大体外部に持ち出せないので、現地に行ってその場で作業をする必要があります。この間も飛行機に乗って長崎へ行って、作業だけして帰ってきました。

 
ー最後に、カストリ書房が他の書店と異なる点を教えてください。

他の書店と明らかに異なると自覚しているのは、自分でコンテンツを作っているという点です。

一般的な書店さんは作られた本を仕入れて売っています。でもカストリ書房は、カストリ出版で作った本をその場で売っているので「販路」でもあります。
これまでのように、ISBNを付けて取次を介して本を売るというビジネスモデル以外の方法を模索していきたいです。

今後も自分で企画編集して、新しい本をどんどん作っていきたいですね。
 

カストリ書房、めちゃくちゃ楽しいのでぜひ行ってみてください。

DSC00247

今回カストリ書房を訪れて、遊郭や赤線(あと吉原)に対する「ちょっと怖い」という印象が綺麗になくなっただけではなく、出版社・書店の概念が覆されました。

この魅力は実際にお店に行っていただかないと伝わらないと思います。遊郭や赤線などの文化に興味がある人はもちろんのこと、出版・メディア・デザインなどの仕事に携わっている人はすごく楽しめるはずなのでおすすめです!

カストリ書房
〒111-0031 東京都台東区千束4丁目11−12
定休日:なし
営業時間:10〜19時(※Googleマップでは20時になっていますが変更しました)
公式サイト:http://kastoribookstore.blogspot.jp/

ネットショップ限定でオリジナルグッズの販売もしています。

遊郭グッズ専門店「紅灯慕情」

https://koutoubojou.stores.jp/

(スマホケースと、エロ文字レタリングのステッカー買いました)

他にはないもの、流行りに乗っかっていないものを意識して作られているそうです。デザインはもちろん渡辺さん。多才……!

 
以上、遊郭・赤線専門書店『カストリ書房』のレポートでした。

この記事のシェア数

GoGo台東区 | 10 articles