こんにちは、エディターのヒロアキ(htanaka0725)です。
さまざまな形態のウェブメディアがひしめく現代、それぞれの媒体を通じて情報を発信するライターが数多く存在します。紙媒体しかなかった頃に比べるとチャンスの場が広がりましたが、その一方で次代を担う若手を育てられないなど、メディアの経験の乏しさも問題視されています。
そんなメディアシーンに身を置く者として、息の長いライターとして生きていくために求められる素養とは、必要不可欠な能力とは何なのか、という点を改めて突き詰めたい。
業界のトップシーンを行く先駆者にそんな疑問をぶつけていこうというこのインタビュー企画。テーマはずばり、「ライターを目指す人に伝えたい! 身につけておきたい技術やノウハウ」。
栄えある第 1 回インタビューのゲストは、スポーツライターの木崎伸也さん。スポーツ、特にサッカーの世界でその名を知らぬ人はいないほどの著名なライターです。
木崎 伸也 1975 年 1 月 3 日生まれ、東京都出身。2002 年ワールドカップ日韓大会後にオランダへ移住、2003 年にはドイツに移住。ヨーロッパで活躍する日本人選手や海外選手を数多く取材、その模様を Sports Graphic Number をはじめ雑誌やウェブなどで伝えてきた。2009 年 2 月に帰国してからも精力的に活動を続け、2010 年ワールドカップ南アフリカ大会以降は本格的に本田圭佑選手を密着取材。2016年7月に新メディア『 REALQ 』を設立。日本の食事・観光地・文化を海外の人々に向けて紹介する媒体を目指す。『サッカーの見方は1日で変えられる』『世界は日本サッカーをどう報じたか』など著書多数。2016 年 11 月にこれまでの直撃取材記事をまとめた『 直撃 本田圭佑 』を上梓。 >> 木崎伸也 Twitter |
僕と木崎さんはスポーツライター養成講座『金子塾』時代の同期で、そのご縁からのお声がけで本企画が実現。話を伺ったのはその僕と、木崎さんから直接話が伺えるということから助手を買って出た LIG 社内向けライター塾(ヒロアキ主催)塾生のよーこという師弟コンビ。
ヒロアキ LIG ブログのエディター。業界新聞記者、編集プロダクション、出版社と、主に紙媒体を取り扱う制作会社を渡り歩いてきた編集者。ハーレーダビッドソン専門ウェブマガジンの編集長を務めてから、Web の世界にも進出。現在、Web と雑誌の二刀流のフリーライターとして活動中。猫が好き。 |
よーこ LIG で Web クリエイターを育てるスクールをはじめとする教育事業を担当。販促プロモーション・メディアセールスにも携わる傍ら、ライター見習いとしてヒロアキ主催の社内勉強会に参戦中。たまに関西弁を駆使した記事を書く。当面の目標はカメラの上達。 |
前編・後編からなるインタビュー記事、まずは前編からどうぞ!
最下位という現実を突きつけられたライター養成講座時代
よーこ:木崎さんがスポーツライターを目指す第一歩となったのは、大学院在籍中に選考されたスポーツライター養成講座『金子塾』からと伺いました。
木崎:2000 年 12 月のことで、その当時はまだ大学院で物理の勉強をしていました。もともとスポーツライター 金子達仁さんのファンで、彼がコラムを連載していた『ぴあ』のウェブサイトで「スポーツライター養成講座を立ち上げる。受講者を募集する」という告知を見て、「ライターになるつもりはないけど、講座を覗いてみたいな」という軽い気持ちで応募したんです。ちょうど 2 年後にサッカー・ワールドカップ日韓大会が開催されるタイミングだったので、「何か絡めたらいいな」と。
- 金子 達仁
- スポーツライター。1997 年、著書『 28 年目のハーフタイム』に収録されている「叫び」「断層」( Sports Graphic Number にて掲載)にてミズノスポーツライター賞を受賞。今なおサッカーを中心とするスポーツのノンフィクション作品を手がける、日本でも指折りのノンフィクション作家。『魂の叫び J2聖戦記』『秋天の陽炎』など著書多数。サッカー中継のコメンテーターを務めることも。
よーこ:それでも、見事 1 期生に選ばれたんですよね。
木崎:後で聞いたところ、「学生は NG 、社会人のみ」で構成される予定だったそうです。というのも、金子さんはこの養成講座で「 2002 年 W 杯日韓大会を前に、いろんな業種の人を集めて新しいものを生み出したい」と思っていたんです。そこでなぜ僕が選ばれたかというと、「学生だけど理系だから入れておこう」というのが理由でした。
ヒロアキ:応募形式は特になく、スポーツのこと、塾のこと、金子達仁のこと、自分のこと、なんでもいいからレポートをまとめて送れ、と。で、それを読んだ金子さんが「おっ」と思う人を選ぶというフリースタイル選考でした。聞くと 300 通以上の応募があって、そこから選ばれた 14 名 + 数名でスタートしたんだよね。
よーこ:プラス数名?(笑)
ヒロアキ:「納得がいかない」とサイン会などに直談判しに行ったり、第一回講座の会場まで直接やってきたりした選考漏れメンバーでした。
よーこ:どちらで開催されたんですか。
木崎:金子さんのコラムサイトを運営していたチケット事業を手がける「ぴあ」本社の最上階にある大会議室でした。長机に間接照明まで完備された厳かな部屋で、まわりを見れば「すごいできるやつら」が集まっている。そして、そこに憧れの存在である金子さんが入ってきた。これだけで圧倒されましたね。
よーこ:そんなにすごいメンバー構成だったんですか?
木崎:1 期生は、電通の社員や漫画雑誌の編集者、北海道在住の医師といった面々でした。
よーこ:その養成講座は、どんな内容から始まったんですか。
木崎:第一回は、メンバーの代表者ひとりが金子さんにインタビューをして、各々がそのインタビュー原稿をまとめて第 2 回講座に持ち寄るというものでした。で、金子さんが選ぶ上位 3 名のレポートを採点 & 解説する、と。
よーこ:木崎さんの出来は。
木崎:上位 3 位にかすりもしませんでした。それどころか、下から数えた方が早いぐらい。まさに最下位からの出発でしたね。
ヒロアキ:同じ場所にいた人間だから知っているんだけど、ここから彼がすごい追い上げを見せるんだ。
大学院で鍛えられた能力と質にこだわる情報収集
木崎:実力差を見せつけられたことで、逆に燃えてきたんです。ライティングというのは自分がまったく取り組んだことのない分野だったので、それが面白くもありましたね。
よーこ:当時、木崎さんがどんな原稿を書かれていたのか気になります。
木崎:金子さんからは「お前の原稿は、塩で言ったら NaCl 塩化ナトリウムそのものだ。無機質すぎる。『伯方の塩』のようなミネラルたっぷりの美味しい塩になれ」って言われたんです。確かに、それまでは論文ばかりを書く世界にいたので、そう指摘されてからいろいろと試行錯誤を重ねました。
ヒロアキ:その後、金子塾生が中心となって製作した『金子達仁 責任編集 UEFA チャンピオンズリーグ コンプリートブック』で木崎さんが陣頭指揮を執るなど、彼を中心に金子塾が回っていく印象でした。
木崎:社会人のみんなと違って、学生の僕は時間がたっぷりあったんで、事前の資料づくりやムック本製作にはめいっぱい時間と労力を費やしたんです。大学院生時代の経験が、ここ(金子塾)やライターとして生きていくうえで大きく活きましたね。
よーこ:というと?
木崎:物理を専攻していた大学院生時代、とにかく「論文を読む(読ませられる)」ことを訓練されました。自分の研究分野のものだったら、すべて読む。あらゆる論文をコピーして読む。こういうことって大学院に行ったら誰でもやらされることなんですが、金子塾ではこの能力がアドバンテージになりました。金子さんに「これを調べてこい」と言われたら、たっぷりある時間と鍛えられた能力をフルに使って、誰よりも多くて深い資料を持ち込んでいました。そして、ライターの仕事のなかでもとりわけ重要な 取材前の事前準備 にも活かされていると実感します。
よーこ:今取り組まれている情報の集め方、目の付け方を教えてください。
木崎:これは普遍的になるかはわからないけれども、やっぱり人が見てないない情報源に価値を感じますね。ライター活動を始めると同時にまずはオランダ、次にドイツに移住しまして、6 年間住んでいたこともあってドイツ語が読めるんです。なので、そのアドバンテージを活かして無料配信されているドイツの情報に毎日目を通したり、見ている人が多くないドイツの有料電子雑誌も 2 誌ほど購読しています。そうすると、日本と海外 両方の視点を持てるんです。
ヒロアキ:情報量はもちろん、質にもこだわる、と。
木崎:レアな情報を手にすることによって、取材への取り組みそのものが変わりますよね。フリーライターとして生きていくうえで、情報の質にこだわるのは当然だと思います。
作家性を尊重する Number に鍛えられた
ヒロアキ:今回僕が一番聞きたかったのは、自身のキャリアでもっとも鍛えられたと思うのはどこか という点。というのも、木崎さんは金子塾を飛び立って、いきなりフリーライターとして活動し始めましたよね。どこかのメディアに属してキャリアを積み、それからフリーランスになる……っていうのがもっとも多いケースで、僕自身も編プロや出版社で鍛えられました。木崎さんの場合はどうだったんでしょう。
木崎:鍛えてくれたのは、『 Sports Graphic Number 』の編集部ですね。
ヒロアキ:いきなり『 Number 』ってすごいな(笑)。
木崎:オランダに移住してすぐ、金子さんのツテで『 Number Web 』の連載を持たせてもらったんです。雑誌の『 Number 』ほど存在感を示していたわけではないのですが、それでもよくこんな素人にやらせてくれたな、と。
ヒロアキ:ドイツの前に、オランダへ移住していたんですよね。
木崎:ドイツの予定だったんだけど、「スポニチがオランダ現地特派員を探している」って話があって、距離的にドイツから通うのは難しかったんでオランダに住むことになりました。この特派員はライターではなく、当時オランダ 1 部リーグのクラブチーム「フェイエノールト」に所属していた小野伸二選手(プロサッカー選手 / 元日本代表 / 現コンサドーレ札幌所属)をはじめとする日本人選手の動向を電話で伝えるのが仕事でした。
ヒロアキ:雑誌でのライター初仕事は?
木崎:2002 年 9 月、『 Number 』の小野伸二選手 インタビュー取材でした。
ヒロアキ:『 Number 』というと、版元は文藝春秋社ですよね。求められるレベルは相当高かったのでは。
木崎:文藝春秋社には『文藝春秋』『週刊文春』『 Number 』『オール讀物』(小説誌)などの担当区分がさまざまあり、誰もがいろんな部署をぐるぐる回って経験を積んでいるんです。いずれも一流の文章を扱う媒体だから、「編集」「文章力」という点ではグンを抜いて優秀な人ばかり。『 Number 』では決まった編集者はいなかったんですが、原稿を送るとすぐさま赤字が入った校正がファックスで戻ってくるんです。それもダメ出しではなく、表現の重複を指摘してくれたり、「ここはこういう風にしては?」とか「ここのブロックはこう書き直しましょう」と言った提案型のアカなんです。
ヒロアキ:そこまで親身に付き合ってくれる編集部って、そうそうないですよね。
木崎:「作家性を大事にする」「書き手を育てる」という文化が文藝春秋にはあるんです。だから、『 Number 』編集部がここまで鍛えてくれたっていう想いはありますね。
ヒロアキ:『 Number Web 』でも同じようなやりとりが?
木崎:いや、そこにはやっぱり違いはありましたね。『 Number Web 』でも編集者とのやりとりはもちろんあるんですが、紙のように何度もやりとりすることはあまりありませんでした。
よーこ:木崎さんは以前、『 NewsPicks (ニューズピックス)』の編集にも携わっておられましたね。
木崎:知人で編集者の佐々木紀彦さんから、ちょうど『東洋経済オンライン』から『 NewsPicks 』の編集長として移籍した際に声をかけてもらって、編集のお手伝いをさせてもらいました。そこで編集者の仕事の大変さを知りましたね。僕自身が『 Number 』編集部にやってもらったようなアカ出しをしている余裕なんてなくて、結局こちらでリライトしてしまっていました。改めて、ライターって力のある編集者によって育てられるんだと実感した次第です。そういう編集者って減少傾向にありますから、今の若いライターって本当に大変だな、と思います。
今、ライターを志す人に求められるものは
木崎さんのキャリアから見えたライターの歩みについてまとめたインタビュー第 1 弾。続く第 2 弾では、木崎さん自身が戸惑った Web 記事の特性と対策、海外と日本のメディアの大きな違い、そしてこれからライターを志す人に求められる素養などについて語っていただきます。
▼インタビュー記事 後編へ 書けるだけではもう通用しない 現代のライターに求められる新たなスキルとは|スポーツライター木崎伸也(後編)
日本代表のエースに迫るノンフィクション大作
2016 年 11 月、スポーツライター木崎伸也さんが永らく追い続けてきたサッカー日本代表のエース、本田圭佑選手の独占取材記事を一冊の本にまとめた『 直撃 本田圭佑 』が上梓されました。2010 年ワールドカップ 南アフリカ大会の直前から始まり、CSKA モスクワ(ロシアリーグのクラブチーム)、現在籍の AC ミラン(イタリアのクラブチーム)と、6 年におよぶ大作です。アポなしの独占取材で引き出した赤裸々な言葉の数々から見える”人間 本田圭佑”とは。パッションあふれる彼の哲学に触れれば、これまでになかった新たな切り口を手に入れられるはず。
直撃 本田圭佑 (Sports Graphic Number)
- 著者木崎伸也
- 価格¥ 1,404(2017/01/16 19:10時点)
- 出版日2016/11/11
- 商品ランキング21,284位
- 単行本(ソフトカバー)316ページ
- ISBN-10416390557X
- ISBN-139784163905570
- 出版社文藝春秋
>> 本田選手の肉声ムービーが見られる『直撃 本田圭佑』特設ウェブサイトはこちら