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2016.08.16
第23話
LIGブログ編集部のロングバケーション

大作曲家は月給制?音楽の父・バッハもサラリーマンでした

ゆかりさん

今年の冬の寒さは厳しくないから、 葬儀用の曲の依頼が少なくて生活が苦しいなあ

こんにちは、エディターのゆかりさんです。

上のセリフは、かの有名な「音楽の父」、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)の言葉です。わたしじゃありませんよ、念のため。

音楽室の壁に、くるくるした髪の毛でどっしり座っている姿で描かれているバッハ。絵にある髪はカツラだった、というのは比較的有名な話です。当時はあのカツラが流行だったようで、言ってみればファッション……サラリーマンのネクタイやスーツみたいなものだったのではないかと思われます。いつの時代も流行りってあるものですねぇ。

カツラはともかく、彼も案外ふつうのサラリーマンだったということは、じつはあまり知られていません。今回はそんなバッハについて少し触れてみたいと思います。

カツラはいわばネクタイ。大家族を支えるお父さん

バッハ

 

アルバイトをする苦学生

1685年、ドイツ。バッハは近郊では有名な音楽一家に生まれます。が、両親を早くに亡くして給費生になる、というかなりの苦学生っぷりを発揮しながら音楽を勉強していたようです。

その中でオルガンの才能を見出されたり、就職しても職場環境が合わずに転職したり、と……なんだか「よくある設定」にありそうな話題に事欠かないバッハ。わりとふつうの人です。

22歳で結婚し、宮廷楽団楽師や宮廷礼拝堂のオルガニストとして認められはじめたのが20代後半。それからは有名な曲をたくさん作曲し始めました。何百年もの後世に伝わる曲をたくさん作る、これはあまりふつうじゃないです。

 

子だくさんの大家族でした

結婚したのちはたくさんの子どもをもうけます。しかしそのためか、経済状況を理由に何度か転職もしたようです。しかも奥さんが病気で急逝したため再婚もしました。これまたふつう以上の苦労。

再婚相手は、宮廷のソプラノ歌手だったアンナさん。音楽の造詣も深い彼女のために、バッハは「アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集」というクラヴィーア(当時のピアノにあたる楽器)のための曲集を作っています。

これは現在、おもに小学生向けの教本として使用されている曲集。愛妻家でもあった彼の曲が現代もなお弾き続けられているというのもなんだか胸熱な気がしますが、これ、どう思うか本人に訊いてみたいものです。恥ずかしいものなのかな、嬉しいものなのかな。どうなんでしょうバッハおじさん。

 

作曲は「教会のため」

ともかく、家族のために曲を書くというたいへんな「お父さん」っぷりです。バッハが生きたのは1600年代後半から1700年代前半。日本では江戸時代にあたるこの時代のヨーロッパの音楽は、「自分自身のため」「芸術」というよりも、宮廷や教会のために作られていました。ヒエラルキーの頂点が教会だったんですね。

その中での作曲家の立ち位置は、王侯貴族や教会のお抱え、というのが一般的で、月給をもらい、「こんな曲を作ってほしい」と言われて作曲をするのが通常のようでした。

作曲家は宮廷や教会に就職しているサラリーマン、と言えそう。いまの「音楽家」とはだいぶイメージが違うのではないでしょうか。

 

葬儀用の曲が臨時収入

バッハ

さらに、突発的に葬儀用の曲などを書くと臨時収入になったというのだから、冒頭のバッハのセリフも仕事の愚痴のように見えなくもかもしれません。せつない。雇われ音楽家ってせつない

当時の音楽の根幹には神さまがいます。その中で、「人が死なないと曲が作れない」というのは、かなり切実な問題ではないでしょうか。仕事ということは、それで食べていくということですからね。いやほんとふつうにツライ。

精密な機械のようでどこかほつれがあるバッハの曲は、そんな「お父さん」の姿を映し出しているような気もします。いつの時代も変わらず、人は生きて死に、自分もいつかそうやって見送られると思って作曲していたのかもしれないです。たぶん。

そんなバッハは1750年、65歳という、当時ではかなりの長生きの人生を終えました……。

さいごに

クラシック音楽の豆知識的な今回の話でしたが、いかがでしたでしょうか?

他にも、「リストはどれだけ浮気した挙句に出家したのか」とか「ロシアの秋の曲が寒すぎてすでに凍えそうな件」とか「胎教にモーツァルトは本当にいいのか産婦人科に聞いてみたい」とか「婚約者を殺害しようとして女装したベルリオーズがヤバイ」などなど……けっこうクラシック音楽の人たちってトンチキだけど人間味あるんです。

ともあれ、400年前の音楽家もサラリーマンとして頑張っていたことですし、お盆明け、わたしも仕事しよう! という自戒を込めて。

ではでは、また。

 
Special thanks:大城さん