クソ漫画ではない、「汚いババア」にひたすら愛を捧げた傑作だ『罪と罰』

クソ漫画ではない、「汚いババア」にひたすら愛を捧げた傑作だ『罪と罰』

ドリー

ドリー

こんにちは、外部ライターのドリーです。
本日は、漫F画太郎(※本作執筆時の名義)先生の『罪と罰』を紹介したいと思います。

本日紹介する漫画・『罪と罰』

罪と罰 1巻

罪と罰 1巻

  • 著者漫F画太郎,ドストエフスキー(原作)
  • 出版日2011/10/08
  • 商品ランキング1,835位
  • Kindle版ページ
  • 出版社新潮社

漫F画太郎のことはよく知らなかった。『地獄甲子園』や『珍遊記』もタイトルだけは耳にしたことはあれど、彼の作品に触れる機会はこれまでの人生で1度もなかった。
「なんか汚いババアが半狂乱で叫んでいたな。」ぐらいの情景しか思い浮かばない彼の作品に初めて接したのは、つい先日のことだった。

僕にとって初めての画太郎

はっきり言って本作は、言語を絶するほどヒドイ漫画である。ここまで簡潔に「ひどい」と一言で言い表せる漫画作品は珍しいほどだ。

あらすじをざっくり言えば、金貸しの老婆を殺そうとした青年が、殺害に失敗し、ある秘策を思いつき、老婆に復讐を誓うという話。かの有名なドストエフスキーの『罪と罰』の漫画版という売り込みながら、内容は、やはり画太郎風の大幅なアレンジが施されている。

原作は、貧しい青年・ラスコーリニコフが金貸しの老婆を殺しに行く話だ。それに対し画太郎版は、ババアを殺しに行くところまでは同じでも、そのまま「ババアにレイプされる」という壮絶な展開を見せる。
レイプされたあと、意気消沈した青年は山にこもる。そこで、山にいた別のババアと出会い、なんか知らんが、そのババアとsex。その快楽でエクスタシーの極みに達したババアの死体を見て、“ババアは斧で殺すよりも「性的にイカせた」ほうが確実だ”と確信に満ちた主人公は再度、ババアに復讐しに行く……と、ここまでが中盤。

これはクソ漫画ではない、傑作だ。

……もうここまで書いただけでも「ひどさ」は十二分にみなさんに伝わったと思う。とにかくドラマとしてのクオリティは恐ろしく低い。そして

  • 悪質なコピーの乱用
  • グダグダなストーリー
  • 散らばめた伏線を、丸投げする夢オチ
  • 「扱いに困った」主要キャラは、ことごとくトラックに引かれて死ぬ

といったように、いつもの悪癖の四か条というか、芸風の切れ味は本作でも存分に発揮されている。

が、この漫画は、クソ漫画ではない。むしろ稀に見る傑作だとみなさんにオススメしたい。その理由は、やはりババアである。「汚いババア」を描かせたら右に出るものがいない漫画太郎。
今回も汚いババアが出てくるが、粒ぞろいの汚さである。

しかしながら、この漫画におけるババアの磁力は本当にすごい。放出されるババアエネルギーは、古今随一だ。ババア固有の生命力がじわじわと漫画内部を圧迫し、僕たちはババアの前に、ひれ伏す。

画太郎作品の名バイプレーヤー「汚いババア」

決して主役ではないが、放たれる存在感は唯一無二。セックスもする、格闘もする。まさにオールラウンダーだ。なんか作品全体の勢いが落ちたときは、「ババアだしときゃなんときゃなるだろ」的な、そういう画太郎の投げやりな発想をビシバシと感じる。困ったときの「ババア頼み」である。しかしながら、その投げやりから生まれたババアの生の躍動は、確かにものすごい破壊力なのである。

出てくるババア、みんなイっちゃっている。泣き、喚き叫び、ときにイヤがらせのように全裸になる。そして出てくるババアの9割は、みな「性犯罪思考をもっている」。出てきてものの3分ぐらいで、性犯罪に手を染めるババアたち。

しかし、何も意に介さないババアの姿を見ていると、なんか、ヘンに不思議と爽快感もあるんだ。

まとめ

ババア愛に満ちた、ババアへの愛を持ち続けている人。それが漫F画太郎。そのババアへの愛の深さ、こだわりの深さに、僕は元気をもらえた読者のひとりだ。

人生に嫌気がさした時に、何もかも嫌になったとき、「罪と罰」は、きっと、あなたの心を、癒してくれはずだ。

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25歳。自称ライター。 「引きこもり文化人」を名乗り、大学を中退後、4年間、引きこもり、Web上に「恨み辛み」を書き続けている。

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