こんにちは。せぶやんです。
いきなりですが『もしドラ』って知っていますか?
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
もしドラとは「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海)の略称です。
ダイヤモンド社より2009年12月4日に発売され、2013年7月までの発行部数はなんと255万部。電子書籍版でも15万部を売り上げたモンスターコンテンツです。
『もしドラ』を手掛けたのは「株式会社ピースオブケイク」の代表取締役CEOである加藤貞顕(かとう さだあき)氏。
他にも『ゼロ』(堀江貴文)などの話題作から「cakes」や「note」といったプラットフォームまで幅広く手掛けています。
今回はそんな加藤さんへコンテンツの作り方や今後のプラットフォームの未来について語っていただきました。
現在編集に携わっている方は特に参考になります。
人物紹介:加藤 貞顕(かとう さだあき) 1973年新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海)、「ゼロ」(堀江貴文)など話題作を多数手がける。2012年、コンテンツ配信サイト・cakes(ケイクス)をリリース。2014年、クリエイターとユーザをつなぐウェブサービス・note(ノート)をリリース。 |
“作って売ってビジネスにする”サイクルを誰かが作る必要があった
― まず始めに、ピースオブケイク創業の経緯を教えてください。
- 加藤
- 元々はアスキーにいて、そのあとダイヤモンド社で編集をしていたんです。2000年に就職して辞めたのが2011年なんですけど、だんだん業界が縮小していくわけですよ。2000年は書店が20,000店ぐらいあったのですが、いまは14,000店(※1)くらいですかね。要するに、出版市場がだんだん小さくなっているんですね。
で、これはWebも一緒だと思うんですが、編集者の仕事っていうのはコンテンツを作るのが半分で、残りの半分はどうやって広げるかなんです。※1 2014年13,943店(2014年5月1日現在日本著者販促センターによる、「書店数の推移 1999年~2014年」より)
― 広げる。
- 加藤
- 例えば、Webのコンテンツでタイトルを決めるとき、そのコンテンツを広げることを考えますよね。おもしろいタイトルなら、より多く見てもらえるかもしれないとか。紙でもそういうことを考えて仕事するんですけど、やっぱり市場が縮んでいるのはそもそもつらいなと。それで、代わりに伸びたのがどこかといえばネットなんですよね。
だから、Webの世界で“作って売ってビジネスにする”というこのサイクルを作っていかないといけない。これも編集の仕事の延長線上にあって、そういう仕組みを作る会社を作ろうと思ったのが創業のキッカケです。
― 新卒入社のときから、編集に興味があったんですか?
- 加藤
- 就職したときですか? えっと、そんなには……。とにかく、働きたくなかったです(笑)
― ははは(笑)
- 加藤
- 僕それで大学院までいってますからね。
― 働きたくなくて?(笑)
- 加藤
- そう。働きたくなくて大学院までいったんですけど、唯一コンピュータと本はずっと好きだったんです。90年代後半はLinuxとかがすごく盛り上がっている時期で、世界中のオタクが夢中になってたんです。就職したくなかったから、ずっとそういうことをしていて。
― 確かアスキーさんって本もそうだし、Tech系ですよね?
- 加藤
- そうですそうです。学生時代に1回記事を書いたんですよ。アスキーの『Linux magazine』っていう雑誌の創刊号に。
― へぇ〜!
- 加藤
- アスキーを受けたのは、たまたまそこで書いたからですね。受かりやすいかなと(笑)。
大阪から東京の会社の就職活動ってすごいたいへんで、そういうところでひっかかるしかないだろうということで、受けたんです。そしたらなんとか入れてもらえて。
― アスキーには何年いらっしゃったんですか?
- 加藤
- 5年いました。
― そこからダイヤモンド社ですもんね?
- 加藤
- はい。
コンテンツの作り方は昔もいまも変わっていない
― だんだん雑誌から本に寄っていった感じしますよね?
- 加藤
- そうですね。アスキーのときはコンピュータ雑誌の編集部にいたんです。で、雑誌の編集部ってどこもだいたいそうなんですけど、基本的に「雑誌は編集長のもの」なんです。Webのメディアだと、みんなが自分のキャラを活かしてやっている感じのところもあると思うんですけど。
― 雑誌は「編集長のもの」なんですか?
- 加藤
- はい、基本はそうですね。みんなが編集長の手足となって働くのが雑誌です。もちろん中にはちょっと違うのもあって、『TV Bros.』は割とWebに近いんじゃないですか? それぞれがキャラを立ててやっている。
ぼくの場合は、自分でもやりたいことがいろいろ出てきて、雑誌の編集部にいながらいろいろな単行本もつくるようになって……。
― もしドラですか?
- 加藤
- 『もしドラ』はダイヤモンドに移ってからです。
アスキー時代に編集して1番売れた本は、『英語耳』という本です。ただ、当時所属していた編集部のコンピュータ雑誌と全く関係ない上に、アスキーの製品ラインナップとも違うから、かなり無理を言って企画を通させてもらいました。そうなると、ヒットさせなくてはいけなくなる。
―ははは(笑)。無理を言っている分。
- 加藤
- そう。当てるしかなくなるんです。だからそうとう追い込まれて、頑張って作りましたね。そしたら、これは運が良かったと思うんですが、『英語耳』が結構売れたんです。シリーズ累計で80万部とか。
― へぇー! すごいですね。加藤さんはどういうコンテンツの作り方をされているんですか?
- 加藤
- いまのコンテンツ作りとやり方はあまり変わらないですよ。英語って興味ある人が多いじゃないですか。ものによっては違う場合もありますが、まず市場が大きいとこでやらなきゃダメですよね。
― なるほど。英語はでかいですもんね。
- 加藤
- 英語はでかいです。だから、例えばミジンコ入門の本とか作ってもダメなんです。部数をねらう、という意味では。
テーマだけでは市場が大きくない場合はどうするかというと、たとえば有名人をくっつける手もありますよね。
―(笑)
- 加藤
- いや本当に、ジャニーズの誰かがミジンコが大好きで、その人がミジンコについて熱く語ってたら多分売れると思うんですよね。5万部ぐらい売れるんじゃないですか?
ただ僕は有名な人の本を作ることにあまり興味が沸かなくて、普遍的なテーマで作るほうが好きなんです。しかもいま注目されていないテーマだともっといいですね。注目されているとライバルが多くてたいへんなんですよ。
- 加藤
- cakesでもいくつか本を作っていて、6月に3冊まとめて出しました。
例えば、この『最後のダイエット』(石川善樹)。ダイエットの市場って超激戦区なんですけど、これは面白い著者がいたので作ったんです。あとは恋愛。恋愛はいま流行ってないんですよ。※このインタビューの収録は6月に行われました。
― え、恋愛って流行ってないんですか?
- 加藤
- 流行ってないと思いますよ。恋愛小説って『世界の中心で、愛をさけぶ』(片山恭一)以来、もう10年以上ヒット出てないんじゃないでしょうか。
― たしかに、そうかもしれません。
- 加藤
- そうなんです。なんで減ったのかと、いろんな著者さんとも話してるんですけど、1つは障害がなくなってるのが大きいんだろうなっていう話になっていて。
― 恋愛への障害?
- 加藤
- そう。例えばロミオとジュリエットのあった時代は、身分の差とか宗教の差とかあったわけですよ。だけどいまはない。LINE IDを聞いたらおしまいだし。
― そうですね。
- 加藤
- 電話に出られなくて、とか、待ち合わせの場所ですれ違って会えなくて、なんてこともない。だから恋愛自体が盛り上がってないのかなという仮説があって。で、そういう社会的な状況があっても、人間の本能としては非常に強いものがある。だから、「流行っていないけど本当は面白いもの」なんですよね。恋愛は。そういうものが1番の狙い所ですよね。
― 英語に通じるものがあるわけですね。
- 加藤
- そうそうそう。作り方の基本は全く変わってませんね
― ダイヤモンド社では書籍を?
- 加藤
- そうですね。やっぱり書籍を中心にやりたいなということで転職しました。書籍ってそれぞれが編集長みたいな感じになるわけです。
― そっか。雑誌とはまた違うところですね。
- 加藤
- 著者さんといっしょに企画を考えて書いていただき、デザイナーさんをどうするか、撮影は、イラストは、という話とか、紙は何を使うのか、判型はどうするのは、発売時期は、値段は、というふうにぜんぶやるんですよね。
― それも全部編集者が決めてくんですか?
- 加藤
- そうですね。マーケティングとなると営業のひとたちといっしょにやるんですけど、作る過程はほとんど全部決めていくんですよね。
業界が抱えている課題を変えるには起業するしかなかった
―ダイヤモンド社の中でもできることってたくさんあったと思うんですけど、辞めて起業するぞって思った1番の理由はなんですか?
- 加藤
- いまの出版社の抱えている問題を変えようと思ったら、独立した組織でやったほうがいいなって思ったんです。
どういうことかと言うと、まだKindleが始まる前の2010年に電子書籍をつくったんです。2010年はiPadが発売された年ですね。その年の年初くらいから社内の若手有志で電子化について研究会をしてました。それが会社として電子化について検討するプロジェクトに昇格して。ちょうどiPadも出るし、とりあえず実際にやってみるかという話になったんです。
― はい。
- 加藤
- 当時はまだKindleがなかったから、電子書籍リーダーアプリにコンテンツを埋め込んでApp Storeで売るやり方しかなかったんですよね。で、知り合いのエンジニアのかたに「一緒にやりませんか」って誘いました。
ちょうど『もしドラ』の紙版が出たタイミングだったんで、まずは『もしドラ』の電子化からはじめました。とてもよく売れたんですが、やっぱり出版社っていうのは紙の本を作って売るための組織なので、業務フローやお金の流れなんかは、いろいろ試行錯誤が必要でしたね。
― なるほど。
- 加藤
- あとはやっぱり、いろんな立場からいろんな意見が出ますよね。。
― 本を書店に卸してる会社が、電子だと自社で直接販売するのはどうなのか?とかあるんですか。
- 加藤
- それはもちろんありますよね。本が売れなくなるだろうという。いまでもそれはあって、Kindle版がすぐにでなかったりします。
―『もしドラ』の場合は両方売れたんですよね?
- 加藤
- はい。当時iPhoneの普及度がそんな高いわけでもなかった。確か日本全体で200万台ぐらいだったかな? そして3GSしかなかったから食い合わなかった。あと、他の版元で似たようなことをしている会社もありましたが、電子には1番売れる本は出していなかったんです。
― なるほど。
- 加藤
- ぼくらは、これから電子化していくにあたって、やっぱり1番売れてる商品を出した方がいいなということで、『もしドラ』を選びました。
それと、いまは価格にちょっと差をつけるのが普通になってきましたが、紙と同じなのもちょっと変だよねと。安くしてもいいし、物によっては高くなってもいいと思うんです。
― はい。
- 加藤
- 当時App Storeでは1,000円以上はありえないという空気があったんですよ。結局、1,600円の『もしドラ』を800円で出しました。そしたらすごく売れたんですよ。
― おー! どれくらい売れたんですか?
- 加藤
- 1カ月での数字は覚えてないんですけど、App Storeでは総合1位になりました。
App Storeの総合1位って2つあって、「DL数」「売上げ」の1位っていう2種類があるんですよ。『もしドラ』は売上げのほうで1位になりました。
― 800円で売って。
- 加藤
- そうです。で、2位がスクウェアエニックスの『Chaos Rings』だったんですよ。けっこう本も勝負できるなと思いました。でも同時に、ここで商売していくのはそうとう大変だなと思ったんですよ。
― どういうことですか?
- 加藤
- やっている事自体が実験でもあるので、試せることはぜんぶ試そうと、いろいろやったんです。マーケティング手法として、Twitterのバナーとか、モバイルのアドネットワークも試しましたし、新聞広告までやったんですよ。iPhoneアプリの新聞広告はたぶんぼくらが日本で最初だったんじゃないかな。
― 新聞広告ですか?
- 加藤
- まったく効かなかったです(笑)。だけど結局、他の手法も似たり寄ったりで。1番効いたのは著者がツイートしたときで、多分いまでもその事実はほとんど変わってないと思います。著者がツイートするとか自分たちでなにかやる方が盛り上がりやすいわけです。
あと、結局のところ、値下げをするとすごい効きます。いまでもそういうブーストの仕方がメジャーになっていますよね。だけど当然みんなが値下げするので、過当競争になって利益がなくなるのでこういう勝負をするのはやめたほうがいいなと当時考えていました。
― 保つのは難しいですよね。
- 加藤
- 市場環境として、ここでやるのは厳しいなと思いました。少人数で小さくもうけていくやりかたは1つの方法としてありだと思いますけど、出版社を含めて出版業界がこういうことで食べていくのはちょっと難しいだろうなと。そこで、 “作って売ってビジネスにする”サイクルをちゃんと作ろうと思って起業しました。
―そのときからデジタルコンテンツの未来を切り開くとか、コンテンツとテクノロジーの融合とか、やりたいって思ってスタートしたんですか?
- 加藤
- はい。そういうことができないかなぁと始めました。あとは前から知りあいだった磯崎さん(※)の影響が大きいですね。
※磯崎 哲也(株式会社ピースオブケイク 社外取締役 / 著書に『起業のファイナンス』
―いま例えば、こういうこと、みたいなのってありますか?
- 加藤
- まさにいまやってることがそれを目指してやってます。
―それはcakesとnoteですか?
- 加藤
- そうです。まだ全然途中ですけど、一応やろうと思ってることはやってきていますね。
まとめ
前編はここまでです。
市場の大きいところで勝負するのは、書籍に限らずWebでも使えますよね。
後編では、加藤さんの考えるデジタルコンテンツの究極の理想形について掘り下げます。