離島にブロードバンドを敷設して学んだ事

榊原


離島にブロードバンドを敷設して学んだ事

仮面ライター内藤です。プロフィールをご覧くださった方は、私の居場所が「離島」とご存じかもしれません。そう、今まさに小さな離島からこの記事データを送信しています。

今、IT業界では在宅ワーカーも増えていますが、前提としてデータを送受信できる環境があると思います。ところが、その前提がない、所謂デジタル・ディバイドと呼ばれる格差が多いのも日本の特徴です。

横浜出身の私がなんでそんな場所にこだわるのか・・・・・・それは。

  • 配偶者が島住まいだった。一緒にいながら仕事がしたかった。
  • 島にいても仕事ができる、という事を証明したかった。
  • 「リアル版ぼくのなつやすみ」みたいな島をよりよい環境にしたかった。

そんなわけで本日は、そんなデジタル・ディバイドにたった独りで立ち向かった軌跡と、その成果を書いてみたいと思います。願わくばこの記事が、デジタル・ディバイドを乗り越えたい人の役に立ちますように。

デジタル・ディバイドとは、我が国国内法令上用いられている概念ではないが、一般に、情報通信技術(IT)(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる経済格差を指し、通常「情報格差」と訳される。

出典:外務省

目次

限界集落の離島の現実

限界集落の離島

限界集落(げんかいしゅうらく)とは、過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落を指す、日本における概念。

出典:Wikipedia

住民登録されている人口は230名程度いるようですが、高齢者が施設や親族の家に引き取られたりしているため、実質的には200名弱。平均年齢が65歳を超えている高齢者の島。対岸からたった1km弱しか離れていない離島ですが、対岸までは船しか交通手段がありません。

島には医療機関や警察はおろか、信号もお店もありません。ライフラインの電気は島にある鉄塔で対岸から供給され、水道と電話回線は海底を通って対岸と繋がっています。携帯の電波も入らないところが多くあります。

ブロードバンドを引く前の通信速度

ブロードバンドを引く前の通信速度はカタツムリ並み

選択肢は以下3つでした。

  1. ダイアルアップ
  2. ISDN
  3. ADSL

3が利用可能になった時には喜んだものですが、実際にADSLにしてみた直後、なんと54kbpsというダイアルアップを下回る速度しか出ませんでした。

回線調整とガスメータの調整で、なんとか300kbpsくらいまで出るようになりましたが、基地局から7km以上離れているためアナログのADSL信号は非常に微弱で、天候や潮の満ち引きに影響されて頻繁にリンクダウンしていました。

当然のことながら、インターネットでサイトを見ようと思っても、画像たくさんFlashバリバリのようなサイトは1ページ表示するまでに20分くらいかかるか、タイムアウトで表示出来ません。メールのやりとりも一苦労で、画像添付は本当に小さくしてもらわないと、受信に1時間などは当たり前でした。

当時C++のプログラマをしていた私は、プロジェクトファイル単位ではなく、モジュールごとにテキストでファイルをやり取りしていました。

あまり有効では無い対策

ある意味「井の中の蛙」

以下は、ブロードバンド以前半年に一度は定期的にやっていたことです。

  • 自治会(町内会)への要望
    →自治会(町内会)にはお年寄りばかりで話が通じず。
  • 所属自治体首長(市長)への要望提出
    →離島だけに多くの税金を割くことはできないという回答。
  • NTTウェブサイトでの希望者登録・問い合わせ
    →「健全な会社経営ができるなら」光回線を引けるが現状は不可能とのこと。
  • 希望者を募る
    →1名か2名、若手の50代の方が手を挙げてくれるかくれないか。

自分が逆の立場でも確かに無理だろうなぁということしか手段を思いつかなかったので、今思えば仕方ないと言えば仕方のないことでした。回線よりも救急車が来てくれる方がずっと優先順位は高いでしょう。

ある意味、「井の中の蛙」だったのです。

2007年の暮れ、総務省の方と地元のCATV企業が合同で総務省の光無線(ICSA)テストに来たことがあります。実験終了後、装置もそのまま置いていってくれたにもかかわらず、自治会(町内会)は有効利用できず、そのまま放置されてしまいました。

私もネットワークには弱く、どうしていいのかわからないまま、仕事環境があまりに悪くて実家のある横浜へ戻って会社員になってしまいました。

違う角度からアプローチする

きっかけは小学校の廃校

通っている小学生は既にいなかったのですが、正式に小学校廃校が決まった時、校舎をはじめとした施設を今後どのように活用するかが島内で話し合われることになりました。

民間企業の広報兼広告宣伝部でWeb関連の業務に携わっていた私は遅ればせながら、順序立てた手段を考えました。

ここで行政としても離島としてもWinWinになれる企画書を提出すれば、なんらかの活路が見いだせるのでは無いだろうか、そう思った私は企画書を作成して島の連合自治会長に提出、その方から行政側に渡ったようです。

大風呂敷を広げると失敗する

その時の企画書はこんなものでした。
大風呂敷を広げると失敗する
国の問題まで解決しようとしていた

勢い余ってエネルギー問題や食糧問題など、国の問題までも解決できる方法として書いてしまいました。

自分だけでは無く違う人にも考えてもらうべく、面白法人カヤックのアイディア販売サービス元気玉も利用したのですが、カヤックさんの方が断然現実的でした。

これら元気玉サービスでもらった案も、解説を加えながら提出しましたが、お年寄りにはよく分からなかったようで、見事撃沈してしまいました。

個人の力で出来ること

個人の力で出来ること

会社員として働いて、貯金ができました。そして、会社員として働いたからこそより一層改めてSOHOしたいと思うようになりました。

そこでこの状況では自力救済しかないということもわかったので以下のことを試してみたのです。

  1. 高速無線通信WiFiルータを試用
    →(UQ)WiMAXとLTE(docomo xi/au/softbank)は電波が入らず、au・docomoのデータ通信では800kb/s程度が関の山でした。
  2. NTTに個人的な光回線敷設の見積を依頼
    →億単位のお金がかかることが判明。もちろん無理。
  3. 衛星インターネットの見積を依頼
    →商用衛星の利用期限が迫っている。通信速度が遅い。ランニングコストも万がつく。
  4. IEEE802.11jの中継
    →第三級陸上特殊無線技士以上の資格が必要。敷設に関して許可を取るのが大変。

4が一番可能性があると思っていたのですが、資格もとらなくてはいけませんし、敷設に関しては中継する場所へのアンテナ設置の許可を取らなくてはいけません。中継地点に市(行政)の持ち物があったため、個人が使うのに許可をもらうのはなかなか難しいのではないかというのが業者さんの見解でした。

諦めかけていたとき、たまたま「市政便り」の広告が目に入りました。
総務省のテストに協力していたCATVの企業が、なんと独自のWiMAX通信サービスを提供しているらしい、しかも法人向けのサービスもあるらしいということがわかりました。
(自治体発行物の広告欄は要注目です!)

藁にもすがる思いで電話をしてみると、さっそく調査に来てくれました。
ところが、裏山に登ってみてもWiMAXの電波は届きません。

けれども、今後島でのサービス開始に向けて準備を進めているという話を聞いていると、どうも公民館には高速無線が引かれている様子なのです。迷わずそこを突っ込んで聞いてみると、なんと対岸の衛生センターと公民館は高速無線でつながれているのです。

つまり、公民館から自宅まで光ファイバーを敷設すれば、高速通信が可能なのです!

実現したこと・分かったこと

資金力と実行力は大事

資金力と実行力は大事

正直言って、やっぱりお金は大事です。お金がなかったら、多分突っ込んで聞けなかったと思います。

あとは、お願いしまくり、進捗を常に確認する実行力です(大したものではありませんが)。

100万以上は絶対かかると思っていましたが、なんと60万弱でした。
うち、回線敷設にかかるのは40万円。
電柱を利用するため、許可などが必要でしたが、その許可なども全てこのハートネットさんがまるっと引き受けてくださいました。
ランニングコストは電柱の使用料を含めて月額7,350円。

自分の力だけじゃ無くて、こうした企業の人達や、その他今まで関わってきた人達のお陰でここまで来られたので、「たった独りで」というのはすごく独りよがりな言葉で申し訳ありません(読んで欲しいばかりに、使ってしまいました)。

聞いてみる・言ってみる・やってみる・諦めない。

一人一人が諦めないことって大事かも

ここまでこぎつけるのに約11年の歳月がかかりましたが、やっと家族と一緒に住みながら仕事ができるようになりました。

周囲からずっと無理だと言われてきたブロードバンド敷設ですが、諦めずにいることはすごく重要だと思います。
頭の片隅にでも置いておけば、何かの拍子にこうしてトントン拍子に事が運ぶこともあります。私のように10年以上かかるかもしれませんが、それでも一生叶わないわけじゃありません。平凡な結論ですが、色々な失敗の経験も無駄にはなりませんでした。

そして今、離島だけど、限界集落だけど、お金持ちでも有名でもない平凡な30代だけど、スカイプ会議やリアルタイムのチャットで連絡を取りながら、横浜にいるとき以上に仕事ができているんです。

LIGブログも、実はナローバンドにはとってもつらいんです。それでも、時間がかかってでも読んでくださっている方がいるかもしれない、と思うと改めて気を引き締めたいと思っています。そして、諦めないで欲しいと思います。一人一人が諦めないことって大事なんじゃないかと感じているんです。

また、気づいたらブロードバンドだったというWeb担当の方には、是非とも軽さを重視したサイト制作のことも、少しだけ気にかけてくれたらと思います。例えば、光ファイバーを宣伝する某サイトが、光を検討する人達の回線では見るに堪えない重さだったりするのです。どんなに素敵なサイトを作っても、見られないと意味が無いんです。

なんてなこと言いながら長い記事を書いてごめんなさい。
というわけで、快適に仕事ができるので仕事をください。

榊原
この記事を書いた人
榊原

外部ライター 鎌倉

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