LIG代表の大山(@oyama_tomohiro)です。
私が初めて起業したのは2011年、28歳のときでした。立ち上げたのは「エボラブルアジア」というオフショア開発会社です。退任後もオフショア開発との関わりは途切れることなく、現在はLIGの代表としてオフショア開発事業を牽引しています。
この10年、日本において “エンジニア不足” という課題はますます顕在化しました。
その解決策は、大きく分けると「国内でエンジニアを教育する」か、「海外のエンジニアと仕事をする」しかありません。労働人口減少の最中にある日本の場合はとくに後者へ取り組むべきですが、正直なところ、オフショア開発はこの10年間でそこまで広がっていないように感じます。
「オフショア開発で過去に一度失敗しました」
「オフショア開発はクオリティが心配です」
みな口々にこう言います。「LIGはオフショア開発の会社です」と紹介するのが憚られるほど、世の中的にネガティブなイメージが強すぎるのです。
そこで今回は、私の10年かけて見てきたこと・体験したことを振り返りながらオフショア開発が失敗する “本当の原因” と、改めて目を向けてほしい理由をお話ししようと思います。エンジニア不足に悩むすべての経営者のみなさまへ、お届けできれば幸いです。
約200万の広告を出しても採用ゼロ
「叔父さんたちのように、自分もいつかは経営者になりたい」
そんな想いを抱えながら、20代の私は仕事に打ち込んでいました。リクルートという会社を職場に選んだのも成長環境を求めたからこそです。
私は「リクナビNEXT」という求人媒体の営業を担当していました。当時もっとも高額な広告プランは1ヶ月で約200万円。お客様にお申し込みいただけると営業として嬉しい反面、ことエンジニア職においては「業界トップシェアの媒体にこれだけ大きく広告を掲載しているのに、1人も採用できない」というケースが多く、非常に悩ましく感じていました。
どんな広告プランでどう打ち出したらどれくらい応募がくるのか、リクルートが保有する膨大なデータをくまなくチェックしては、あらゆる時期にあらゆるクリエイティブで何度も何度もチャレンジしました。しかしどうやっても、知名度のない中小ベンチャー企業のエンジニア採用はうまくいかないのです。
「エンジニアの採用難を解決できるソリューションが見つかったら、お客様に喜んでいただける。これはビジネスになる」という確信は日に日に増していくばかりでした。
そんなとき、知人から「ベトナムで “オフショア開発” をやりたがっている人がいるんだけど、大山さんのやりたいこととマッチするかもしれない」と紹介を受けました。こうして出会ったのが後のエボラブルアジア共同創業者となる人間でした。
従来の課題を潰す「ラボ型開発」の始まり
私自身、オフショア開発のことはもともと知りませんでした。全然世の中に認知されていないし、調べてみると課題も山積み。「Aという納品物をお願いしていたのに、Bという納品物が出来上がってしまう」といった、みなさんがイメージされるであろう “オフショア開発の失敗例” が頻発していたんです。
そこで我々は、新しいオフショア開発のあり方を考案しました。1つは、請負契約にしないこと。準委任契約でエンジニアの稼働時間に対して対価をいただくモデルにしようと考えました。もう1つは、依頼主側のプロジェクトマネージャー(PM)の現地常駐を必須にすること。これによってオフショア開発の最大の課題である「コミュニケーション」を補おうとしたのです。
「我々はベトナムに貴社のエンジニアチーム(研究所)を作ることにコミットします」という意味を込めて、この開発スタイルには「ラボ型開発」と名付けました。ラボ型開発であれば、従来のオフショア開発の課題もエンジニア採用の課題も解決できるはずだ! ……という想いを胸に、満を持してエボラブルアジアを創業しました。
成功の秘訣は本当の意味でチームを作ること
初めての起業ということもあり、不安はものすごくありました。開発にも海外にも詳しくない私がどうにか飛び込めたのは若さゆえの勢いもありますが、リクルートで培ったエンジニア採用の知見と営業力に自信があったからだと思っています。
「リクナビNEXTにこれだけ広告を出してもなかなか採用できません。だからオフショア開発にチャレンジすべきですよね」という力強い営業トークを展開できましたし、ベトナムへ視察にきてくれたお客様は「契約が決まるまで帰さない」という気概を持って向き合ってきました(もちろん無茶な営業をしたわけではなく、気持ちの話です)。おかげさまで事業は順調に成長し、社員数も200名近くに増えていきました。
なかでも事業に貢献したのは、依頼主のPMに現地へ常駐してもらう体制です。
それまでのオフショア開発は、失敗すれば「すべて現地のせいだ」と思われがちでした。しかしラボ型開発の場合、失敗すれば「PMの責任だ」と会社は評価します。失敗するわけにはいかないPMは、現地で一生懸命コミュニケーションをとるようになります。「あとはよろしく」と丸投げするのではなく「一緒に成功させよう」という力学が働くため、チームの結束力は高まり、プロジェクトは成功に向かうようになりました。
これはエボラブルアジアの売上にも直結し、全員がwin-winとなる仕組みでした。
オフショア開発が失敗する “本当の原因”
もちろん、失敗したエピソードもあります。1件でも多く実績が欲しかった立ち上げ当初、「まずは3ヶ月間お試しでやってみましょう」というプロジェクトもたびたび受注していました。残念ながら、こうした短期間のオフショア開発はまず失敗します。
冷静に考えればわかることですが、その場に集められたばかりの外国籍エンジニアチームが、3ヶ月間で国内の既存エンジニアチーム同等のパフォーマンスを出すことはできません。仮に日本人エンジニアであったとしても、即席のチームでそのパフォーマンスを出すのは難しいでしょう。しかし「お試しオフショア開発」に臨む依頼主のほとんどは、短期間で国内同等のパフォーマンスを求めがちです。その結果「期待ハズレでした」とオフショア開発に失望していくのです。
私はこのメカニズムを理解して以来、お客様から「3ヶ月間お試しでやってみたい」とご相談いただいてもお断りするようにしました。1年ほど長くお付き合いいただければ、コミュニケーションの課題は一定解消されパフォーマンスは上がります。なにより、日本でエンジニアを採用して雇用した場合の費用と比較すると圧倒的なコストメリットがあります。「エンジニアを採用できない」と悩む必要もなくなるため、多くのお客様にご満足いただけるのです。
……要するに、オフショア開発が提供できる価値は「安く速く納品物を作れる」ことではありません。「コストを抑えながら確実にエンジニアチームを作れる」ことです。この “オフショア開発の価値を支援側が正しく伝えられておらず、依頼主側の期待値がズレているから” オフショア開発は失敗するのです。
LIGにおけるオフショア開発の歩み
ここで少し、弊社LIGにおけるオフショア開発についてもお話ししようと思います。
紆余曲折あってエボラブルアジアの代表取締役を退任し、私は2017年に社外取締役としてLIGに参画しました。ミッションはオフショア開発事業を伸ばすことではなく、経営基盤を強化することでした。
当時のLIGはフィリピン・セブ島に開発拠点を立ち上げたばかりで、Web制作におけるコーディング業務をオフショアで対応しようと試みている最中でした。「そのやり方は失敗するぞ」という思いは当然ありましたが、当時の私はWeb制作事業に詳しくなかったこともあり、「参画して早々新しいチャレンジを否定するのは違うな」としばらくは様子を見ていました。案の定、やはり短期間のオフショア開発は十分なパフォーマンスを発揮できないことのほうが多いようでした。
参画から1年ほど経ち、私自身のWeb制作事業に対する理解もだいぶ深まったところで、改めてオフショア開発は中長期のプロジェクトに活かすべきということ、そしてLIGを理想とする規模感へ成長させるためには、Web制作だけではなくシステム開発領域に踏み出す必要があることを経営陣に強く提案しました。私がオフショア開発事業に本格的にコミットするようになったのはこの辺りからです。
ありがたいことに超大型の基幹システムプロジェクトを任せてもらうチャンスに恵まれ、LIGのオフショア開発事業は急成長しました。いまとなっては売上の約4割を占める主力事業となり、新たにベトナムにも拠点を構えました。LIGはもう「Web制作」「おもしろブログ」だけの会社ではありません。オフショア開発を中心にお客様のDXを支援する会社へと変貌しています。
こうなってくると、Web制作とおもしろブログを得意としていた前代表の吉原ゴウよりも、オフショア開発会社を経営した経験を持つ私大山が代表を務めるほうがいいだろう……という話になり、2021年10月に代表取締役に就任しました。
いま、改めて目を向けてほしい理由
私は、エンジニア不足に悩むすべての企業様にオフショア開発をおすすめしたいと心から思っています。労働人口の減少、採用市場の激化が進む日本において、海外エンジニアとチームを作ることは「やったほうがいい」ものではなく、「やらなければならない」ものです。AIの台頭やノーコード・ローコード開発の普及はもちろん今後も進んでいくでしょうが、少なくとも向こう10年、エンジニアの需要が減っていく世界になるとは到底思えません。
にもかかわらず、どうしてここまでオフショア開発は広がらないのでしょうか?
最たる理由は、「オフショア開発は一度失敗したので遠慮します」という市場からの拒絶反応があまりにも大きいからだと感じています。たしかに私も過去お客様にご迷惑をおかけしたことがあるためエラそうなことは言えませんが、一度の失敗で「オフショア開発はダメだ」「あの国は技術レベルが低い」と一括りにされてしまうことだけは、とても残念に感じます。
失敗の原因が「オフショア開発」という構造そのものではなく、「期待値のズレ」や「アサインされたエンジニア自身」にあったのなら、「オフショア開発はもう取り入れない」なんて一蹴せず、新たなパートナーと改めてチャレンジしてみてほしいのです。
……というのも、「オフショア開発ってどうなんだろう」と二の足を踏んでいる間に、海外エンジニアが日本企業の仕事を積極的に受けてくれなくなるリスクが高まると私は危惧しています。
とくにベトナムにおいては顕著にその傾向が現れています。10年前、日本企業がエンジニアの求人を出せば100〜200人の応募がくるのが当たり前でした。しかし現在は「日本企業は給料が低く出世の見通しもたたない」というイメージが広がっており、もはや優位性はありません。
だからこそ、「月200万円の求人広告を出しても採用できない」なんて事態を海外でも繰り返してしまう前に、手遅れになってしまう前に、オフショア開発にチャレンジしてチームを作っておいてほしいと心から思うのです。
アジアで勝負する会社へ
ちなみに、オフショア開発が広がらないもう1つの理由は、オフショア開発を提案するプレーヤーが増えていないからだと感じています。オフショア開発で名前が挙がる会社は10年前からほぼ変わっていません。私が年をとったせいなのかもしれませんが、これからアジアを舞台にオフショア開発へチャレンジしようとする若手経営者の声もあまり聞きません。
プレイヤーが増えない限り、オフショア開発が大きく普及することはないでしょう。日本にわずかにしかいないオフショア開発会社の経営者の一人としてロールモデルとなれるよう、私自身まずはしっかり結果を出していきたいと思っています。
また、新型コロナウイルス感染症の影響もだいぶ落ち着いてきているため、LIGとしては今後積極的にお客様にも海外拠点に足を運んでもらいたいと考えています。「顔もわからない外注先」ではなく「運命共同体であるチームメンバー」として、海外エンジニアと膝を突き合わせてコミュニケーションをとってもらいたい。それがプロジェクトの成功につながると信じています。
もし今回の記事を通じて「オフショア開発にもう一度チャレンジしてみようかな」と思っていただいた方がもしいらっしゃれば、ぜひLIGへご相談ください。総勢150名を超える海外エンジニアから最適な人材をアサインし、みなさんのビジネス成功に、しっかりと伴走させていただきます。