2020年から続いた新型コロナウイルスの流行は、ようやく落ち着きが見えはじめてきました。流行当初からワクチンや飲み薬など新薬の開発に注目が集まり、とくに、薬の効果や副作用、安全性には、多くの人が関心を寄せていました。
そんな新薬の開発に欠かせないのが“治験”です。
LIGの代表 大山がナビゲーターとなり、業界のオピニオンリーダーと対談を繰り広げる連載企画。第3回目は、治験に関する業務効率化プラットフォームの開発などを手掛けるBuzzreach(バズリーチ)のCEO猪川 崇輝さんとCOO青柳清志さんが登場!
現在、LIGは、コンサルティングやシステム開発の面でBuzzreach社を支援させていただいています。今回の対談は、事業者とパートナー、双方の視点で治験業界のDX化の現状や課題、ポイントを語り合いました。
猪川 崇輝 株式会社Buzzreach 代表取締役CEO 学生時代に建築・デザインを学び、フリーのデザイナーを経て、治験被験者募集を手がける株式会社クリニカル・トライアルに起ち上げから参画。その後、株式会社クロエ(現エムスリーグループ 3Hホールディングス)にも創業時から携わり、取締役を務める。 2017年に独立し、Buzzreachを設立。 |
青柳清志 株式会社Buzzreach COO 幼少期を南米で過ごし、その後アメリカへ留学。2005年クリニカルトライアル社立ち上げに参画し、2009年同社取締役就任。オペレーション部門の担当役員を務める。 2014年よりアメリカの被験者募集会社へ出向。 2015年よりクロエUSを立ち上げ、アジア・欧米のクライアントへ日本での被験者募集提案、被験者募集文化の啓発を行う。 2017年に独立し、Buzzreachを設立。 |
業界の課題に向き合う、2人の思い
ーー本日はよろしくお願いします。まずはじめに、Buzzreachさんの創業時のお話を聞かせてください。
猪川 崇輝(以下、猪川):はい。私と青柳は、前職で医療系IT企業に在籍し、製薬企業さんが行う治験の被験者募集(治験を受ける患者さんの募集)のサポートをしていました。2005年の創業から参画し、私は営業部門、青柳はオペレーション部門を統括。12年間在籍し、2017年に2人で独立しました。
大山:お2人とは、創業間もないころにお会いしましたよね。私は、LIGに参画する前に別会社を設立し、接骨院・鍼灸院向けの電子カルテサービスやSaaSサービスを提供していたことから、領域は違えど、親和性を感じていました。そもそも、なぜ独立しようと思ったのですか?
猪川:長年、治験業界では「治験に参加できる患者さんが集まらない」という課題があがっていました。患者さんが集まらないことで、試験の期間を延長しなければならず、余分なコストもかかってしまう。前職で営業活動をしながら、解決の糸口はないかと常に考えていました。
青柳清志(以下、青柳):私は前職で、アメリカでの事業の立ち上げを担当し、4年半ほど現地で働いていました。その時に、アメリカの医療・治験分野における先進的な状況を目の当たりにし、その取り組みを日本に展開することで、患者さんが治験に参加しやすい環境になると感じました。
それを会社に提案するも、既存の仕組みから切り替えるためのコストやオペレーションの変更などの面から、なかなか受け入れられず。「それなら自分たちでやろう!」と、はじめました。
猪川:当時から、2人で現在の事業構想に近い話をして、意見交換をしていました。現在、Buzzreachは6期目を迎えていますが、当時話していたことが、かたちになってきていると感じます。
大山:治験業界の課題に対して、営業とオペレーションの異なる視点で意見を交わしていたことで、事業が明確になっていったんですね。そのときお2人が描いていた構想が「puzz(パズ)」を中心としたプロジェクトであると。長年、治験分野のプロフェッショナルとしてやられてきたからこそ、生まれたものだと感じます。
猪川:「puzz」は、治験情報を患者へ届けるために製薬企業が情報を登録し、治験情報を必要とする患者に向けて情報を発信し、参加申込みまでをすることができるプラットフォームです。
治験には、さまざまなプロセスがあり、この「puzz」を中心として、被験者募集以外の治験業務を一気通貫でサポートする開発プロジェクトを推進しています。
猪川:治験に協力いただける医療機関を探す「フィージビリティ/施設選定」、治験実施医療機関の治験関連業務を一元的に管理する「プロジェクト管理」、患者や医師に向けて地域の治験情報を発信する「患者募集」、治験参加患者の服薬等のサポート行う「治験参加中の患者フォロー」、新薬が上市(市場に投入)された後の患者マーケティング行う「治験参加後」と一連のフェーズがあり、それぞれのフェーズにおけるサービスを開発しています。
最終的な目的として、患者さんが治験に参加しやすい環境をつくる=製薬企業さんと患者さんをつなげること。そのためには、これまでやってこなかった、「製薬企業さんが主体となって、患者さんに直接、治験情報を公開する仕組み」が必要だと感じました。当時、業界内でもこのような仕組みの必要性が問われていたタイミングでしたね。
青柳:かつて日本では、患者さんは自身が抱えている病状に関する新薬の情報を得たいと思っても、製薬企業さんのガバナンスや競合の観点から公開されにくい状況にありました。
一方アメリカでは、どこの病院でどんな治験をどの製薬企業さんが行っているか、が公開されているんです。最近は日本でも、外資系製薬企業さんを中心に、情報公開をしていく流れになってきましたが、患者さんがどこにコンタクトしていいかわからりずらい状況になっています。そこで、適切な患者さんに情報を公開し、治験に参加しやすい仕組みをつくることがポイントになりました。
猪川:まずは、前職で深く関わっていた「患者募集」の工程に着目。製薬企業さんが行っている治験情報を公開し、患者さんと繋がれるサービスとして、マッチングプラットフォーム「smt」をリリースしました。
「smt」は、ファイザーさんでも導入いただいています。
大山:クローズドな環境を変えるべく、オープン化を進めていったのですね。加えて、世界的に企業に導入されることは、とてもすごいことですね。 業界内での信頼獲得につながりますし。
猪川:しかし、製薬企業さんが治験を実施するにあたって、「患者さんを確保できたらOK」というわけにはいきません。
患者さんに服用ルールに従って薬を処方していただき、有効なデータを得ることが新薬承認への一番の近道ですが、ルールを遵守しながら協力してもらうことは簡単なことではありません。規定していた期間を待たずに離脱してしまう、薬の量や回数を誤って服用してしまうなど、さまざまなケースが起こるからです。
そこで、製薬企業さんと患者さんと治験実施施設をつなぎ、患者さん自身が感じる不安や煩雑さを軽減するために、「治験参加中」のサービスとして「スタディコンシェルジュ」をリリースしました。
青柳:このように治験の1つの工程だけでなく、オペレーションの流れに入っていく必要性を感じ、現在、各フェーズにおけるサービス開発を進めています。
DXのきっかけは、固定観念を取り払うこと
大山:少しずつ2人が描いていた構想がかたちになってきているんですね。創業からこれまで活動されてきて、さまざまな苦労があったと思います。治験業界にテクノロジーを取り入れることに対して、最も大きな障壁はどんなところだと感じていますか?
青柳:治験業界に限らず、「今やっている手法が正しい」と認識しながら日々の事業活動を行っている人たちは多いと思います。そういった固定観念は大きな障壁だと思います。
猪川:万が一の問題が起こった時の責任追求やセキュリティ面などさまざまなハードルがあり、それらを担保できる高いレベルのプロダクトでなければいけないことも、テクノロジーの介入を遅らせている要因の1つだと思います。
しかし近年は、治験業界全体が「テクノロジーを取り入れないといけない」という意識に変わってきていていますね。
大山:長年、積み重ねられてきた業界の慣習やルールはとても大切だと思いますが、DXにおいては、時に障壁になり得ます。
ただ、近年は、コロナウイルスの影響によって、接触することの感染リスクが電子化のきっかけにもなりました。DXは効率化だけではないさまざまな課題解決に繋がっており、副次的な効果にも注目していきたいですね。
業界の変革ポイントを抑え 適切にアプローチする
ーーありがたいことに、現在、LIGはBuzzreachさんのプロジェクトをサポートさせていただいております。ここからは、担当者の前島も参加し、LIGのサポートに関するお話を伺っていきたいと思います。そもそもLIGにご依頼いただいたきっかけを教えていただけますか。
青柳:長年、開発プロジェクトを推進していくにあたって、上流工程の設計に課題を感じていました。ワークフローが複雑であり、見本となるものがないため、社内外で共通理解を持つことが難しい。とくに、開発面はフリーランスのエンジニアに直接お願いしていて、意思疎通がうまくいかない状況が続いていました。
中長期的な視点で、スピード感・安心感を持ってやっていくには、我々のビジネスを理解し、一緒に未来を描いてプロジェクトを推進していくパートナーが必要だと感じていました。そんな状況で大山さんからサポートのご提案をいただきましたね。
猪川:LIGさんは、スタート当初からBuzzreachのビジネスモデルそのものを深く理解してくださったことで、認識のズレがなく取り組むことができました。私たち自身もプロジェクトのワークフローを整理できていなかったのですが、短時間で私たちがやりたいことを理解・整理してくださったことでやるべきことが明確になりました。
実は、社内の事業部間でも、プロジェクト全体の方向性についての理解度に差がありましたが、一緒にお仕事をするようになって、メンバー全員が共通認識を持てるようになりました。
前島はコンサルタントとして、本プロジェクトの推進をサポートしている
前島:そう言っていただき、とてもうれしいです。今回ご相談いただいた際に、Buzzreach様のビジネスモデルをお聞きし、チャレンジングでとても大きなことをされようとしていると感じました。デジタル化を推進するだけではなく、「puzz」のサービス群として、今の業界における変革ポイントをとらえてコト化を目指していることに強く共感しました。
治験にはさまざまな工程があり、一連の流れを変えていくことは、モノづくりではなくコト化していく取り組みです。そのためには、開発に入る前のビジネスケース(事業計画)を理解することが大切です。
特に学術調査、臨床試験、患者リサーチ、マーケティングまで治験全体のプロセスを理解したうえで必要なユーザ体験、データ整備、サービスや業務の整流化を掴まなければ単なるモノづくりで終わってしまう。コト化を図らなければ、治験の遅延を解消するBuzzreach様のビジネスコンセプトに沿わない形になってしまうと考えています。
青柳:一緒にプロジェクトを進めていると、「こうやって開発を進めるんだ」と、とても勉強になっています。また、コミュニケーションを重ねていくことで、さらにお互いの理解度が深まり、新たなアイデアも生まれやすくなっています。
前島:私は、お手伝いをさせていただくにあたって、インタラクティブに開発を進めるためのミーティング設定、要件定義からテストまでのすべての工程を可視化することが重要だと考えています。
他のプロジェクト推進において、開発中心で物事を考え、いつ・何をやって・どんなアウトプットが出るのか、その道筋が不透明というケースが多いように感じます。そのため、開発計画として、あらかじめ段取りを整備し、ミーティングでのアジェンダを事前に設定し、それに沿ってマイルストーン、チェックポイントを設定しています。
青柳:可視化はとても大切ですよね。プロジェクト計画を段取りごとに明確に示してくださっており、計画通りに順調に進んでいます。我々も安心して日々の事業活動に取り組むことができています。
前島:また、プロジェクトを推進するために強いコミットメントとオーナーシップも重要です。受け身のスタンスでプロジェクトを推進すると、言われたことしかやらないようになり、ビジネスケースを理解する意味がなくなってしまう。そのようなスタンスでは、要件や設計の段階から考えること自体を放棄してしまうことになり、我々の価値も出せなくなってしまうからです。
昨今はリモートワークが進み、対面での接触が減ってしまったことから細かな確認や議論が行いにくい状況です。これを解消するために、アジャイル型の開発を行い、リアルとリモートのハイブリッド型でプロジェクトを推進しています。
猪川:現在、LIGさんと一緒に新規事業の開発を行っています。弊社は、事業設計やペルソナ設計に関する知見をあまり持ち合わせていなかったのですが、LIGさんにきれいに導いていただいています。今後のプロジェクトの世界観を一緒に描くことができ、事業の新たな可能性を感じています。
前島:私自身も、一緒に仕事をさせていただくなかで、ビジネスモデルへの解像度がさらに深まり、新規事業への道筋が明確になってきました。現在は、治験の一連の流れの各工程に必要なサービスを提供していますが、患者さんに対して一貫したサービスを提供できれば、いろいろなデータを集積することができます。
そのなかで、継続的にビジネスを行うには患者さんの新しい体験価値の創出、治験ソリューション、ビジネス戦略、ライフサイエンス・ニューサイエンスなど、さまざまな知見が求められてきています。製品中心のデジタルソリューションから患者中心のソリューションへのシフトも重要な課題で、抜本的なアウトカム(成果)を実現しなければなりません。
猪川:私たちは現在、業界の課題解決の第一段階として、効率化・テクノロジー化に取り組んでいます。その過程で、さまざまなデータが蓄積されることで、さらなるスケールアップにつながると期待しています。
前島:今後LIGとしては、Buzzreach様の進化し続ける環境をサポートするために、被験者募集の前段階から継続的な治療に至るプロセスにおいてエビデンスベースの患者サービスをすべてデジタル化し、AIや分散型データ管理基盤というテクノロジーを活用しながら高度なアナリティクスやエンドツーエンドのコネクティビティ(全体の接続)を構築して、独自のデータとインサイトを創出するようサポートしていこうと考えています。
また、現在の「puzz」の仕組みが整備できた段階でDCT化(医療機関への来院に依存しない臨床試験手法)への対応ができるようにデータのリアルタイム処理はもちろんReal-Worldでのアウトカム調査※、マーケティング、パーソナライズ化された治験・治療のサポートを提供できるようソリューションを準備してまいります。
※アウトカム調査…疾患治療による経済への影響や、その患者が社会に及ぼす影響を統計的に分析するもの。
ーー事業者とパートナーが目指す未来を共有し、一つひとつの課題を一緒に解決していくことで、業界そのものが変わっていくきっかけになると感じました。本日はありがとうございました。