こんにちは、LIGのころもです。
みなさん、東京には11の有人離島があることをご存じでしょうか?
大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島、父島、母島、これらの11島は“東京宝島”と呼ばれ、そのなかで都心から南へ約1,050キロ離れた“一番遠い東京”、それが小笠原諸島の「母島」です。
- 東京宝島とは
- 東京の島々には、素晴らしい自然景観や海洋資源、特産品、歴史・文化などの “宝物”があります。その魅力を広く発信するため、それぞれのブランドコンセプトのもとで取り組みをしています。今回は、都心から一番遠い島「母島」をフィーチャーします!
母島へは東京の竹芝から6日に一度出ている大型船「おがさわら丸」に乗って父島に行き、父島から「ははじま丸」に乗って合計約26時間の船旅で辿り着くことができます。
取材依頼をいただいた我々は、母島の方にご協力を頂き、自然を堪能するべくトレッキングやアウトリガー・カヌー、ホエールウォッチングといった体験企画を用意していました。
が、その矢先――。
みなさんもご存じの通り、新型コロナウイルスが再び猛威をふるい、各地で感染が拡大。
その爆発的な感染を前に、やむを得ず渡航を断念することとなったのです。残念ですが、このご時世では仕方ありません。
そもそも26時間も船の中でどう過ごせばいいかわからないし乗り物めちゃくちゃ弱いので船酔いも心配。正直トレッキングやカヌーも体力的に楽しめそうか不安だったし……コロナで中止は仕方な……
「ころ……ん……ころもさん……」
……この声は、母島のジャイアンさん? 私の心の中に直接呼びかけている!?
ジャイアン:いえ、ノートパソコンのzoomの画面ですよ、こんにちは。
ころも:あ、打ち合わせの時間でしたね。今回は行けなくてすごく悔しくてとても悲しいです。
ジャイアン:いや、全部聞こえていましたから(笑)。でも、母島を知らない方であればその反応は当然かもしれません。では僕が、いえ、僕たちが、メディアではあまり紹介されない母島の魅力をオンラインでガイドしていきましょう!
目次
母島の基本情報
ガイドしていただく前にまずは母島の基本情報を少々。
母島は小笠原諸島を構成する島々のひとつです。母島への移動手段は定期船のみ。東京港竹芝客船ターミナル(竹芝桟橋)から「おがさわら丸」に乗って父島まで約24時間、さらに「ははじま丸」に乗り換えて約2時間で母島に到着します。
島の形は南北に細長く、大きさは約20k㎡。気温は年間平均で23度と比較的暖かく、気温の変化も15~32度と穏やかで過ごしやすい気候です。人口は459人(2022年3月現在)。周辺には父島列島や聟島列島、硫黄島などがある火山列島があります。母島列島は母島の他に姉島、妹島、姪島などがあります。
母島オンラインガイド ~知られざる母島の顔~
島をガイドしてくれるのはこのお二人
- ジャイアンさん<宮城雅司さん>(左)
仙台市出身。観光で訪れた小笠原の自然と人に魅せられ、21歳のときに母島のユースホステルに勤務。一度父島に移住し、その後理想的な暮らしを求めて母島に居を構える。現在は、“島の便利屋”をしながら東京宝島事業の母島地域コーディネーターとしても活躍中。宝島プロジェクト「母島部活堂」メンバー。自身のブログでも母島について発信している。ゼッキーさん<小関耕紀さん>(右)
仙台市出身。2015年に母島での介護職募集に申し込んだことをきっかけに千葉県から移住。2017年からは観光ガイドに転身し、内地から訪れる人々に母島の歴史や地形の成り立ち、自然の素晴らしさなどを伝えている。宝島プロジェクト「母島部活堂」メンバー。
ころも:ではお二人、本日はよろしくお願いします!!
船旅編:24時間かけてゆっくりと色を変えていく海を眺めて
ころも:まずは母島までの旅路“おがさわら丸”ですが、24時間乗りっぱなしなんですよね。船内は電波も届かないとか。やることがなくて退屈しませんか?
ゼッキー:コロナ禍の前は、船上解説員が乗船していましたよ。竹芝を出港後、4Fの案内所近くに質問コーナーを設置して観光客の質問に答えたり、午後になると「小笠原を120%楽しむために」というスライド上映をしたり。
翌朝9時頃からはデッキで解説員による自然解説が始まります。生息する動植物や歴史など、母島の基本的な情報を学ぶにはちょうどよい機会です。
ころも:あれ、意外とコンテンツが豊富なんですね。
ゼッキー:ゴールデンウィークや夏休み期間は島でのガイドが忙しくて同乗できませんが、解説員がいなくても素晴らしい風景があります。出港したら、ぜひ一番上のデッキへ行ってみてください。
下から見上げるレインボーブリッジは迫力がありますよ! 大井ふ頭から品川ふ頭のあたりでは羽田空港から離発着する飛行機が低く飛んでいるのがよく見えますし、東京湾アクアラインの換気塔「風の塔」のすぐ脇を通るのも楽しい。景色を見たい人は8倍以上の双眼鏡をもっていくことをお勧めします。
▲おがさわら丸から見る夕焼け
ジャイアン:僕も最初におがさわら丸に乗ったときは圧倒されました。見渡すかぎりの海、その向こうに見える夕焼け、少しずつ変わっていく景色……。
飛行機でサッと移動して空港を出たら別の場所、じゃない。24時間かけてゆっくりと、海の色と匂いが変わっていきます。なんというか、他の旅とは時間軸が違うんです。それが長時間の船旅の魅力じゃないかな。
ころも:変わっていく海の色かぁ……いいですね……はっ、でも船酔いはやっぱり心配です。
ゼッキー:船酔いが心配な人は酔い止め薬をしっかり飲むことですね。これは僕の感覚ですが、用法に書かれているより早めに飲んでしっかり消化させるようにしています。
逆に船酔いを悪化させるのは寝不足と服のしめつけ。辛くなったら手首・足首など、身体の“首”とつく部分とお腹の締め付けをゆるめて横になるのが一番です。
南崎でトレッキング編:固有種の動植物や戦跡と出会う2時間の冒険
ころも:母島滞在の初日はトレッキングを体験させていただく予定でしたね。
ジャイアン:島の南端にある南崎のトレッキングコースをご案内するつもりでした。日本最南端の郷土富士である「小富士」からの眺めは最高で、島内でも人気の観光名所です。
ころも:心配なのが、眺めはよくても起伏のある山道ですよね? テレワークで体力が落ちている私にはトレッキングはキツいかなって。
ゼッキー:起伏という意味では、小富士は標高86mで、そこに行きつくまでに標高20~30m程度の丘が4つ。片道約1時間で往復だと2時間ほどかけて歩くコースです。足元は整備されていて、歩くペースは参加者の様子を見ながら決めています。いろいろな植物や動物を見ながら歩くのは楽しいですよ。
ころも:あ、いいですね! 何か珍しいものにも出会えますか!?
ゼッキー:「タコの木」ってわかりますか? タコノキ科アダンという植物で、根元に垂れ下がった気根(きこん)がタコの足のように見えるユニークな植物です。沖縄などでも見られるアダンと同じ仲間ですが、タコノキは小笠原の固有種なんですよ。
動物は主に鳥ですね。母島列島にしかいないハハジマメグロ(特別天然記念物)などが見られます。枯れた水飲み場に水を注いでパシャパシャ水音を立てると、気付いて飛んでくることもありますね。
ころも:えええカワイイ! やってみたかった~っ! 小富士の上からは何が見えますか?
ゼッキー:小富士は細く伸びた島の南端にあるので、通ってきた道が北側に見えて、あとは海。ほぼ360度の絶景が広がっています。島の東側は断崖ですね。母島は約4000〜4500万年前にできた火山島と言われており、本来は裾野が広い形をしていたのですが、東から常に吹く貿易風や波に削られて崖になりました。そんな地形の成り立ちも感じられる場所です。
ころも:それははるか遠くまで海が見えますね!
ゼッキー:ダイヤモンドヘッドやグランドキャニオンのスケール感には負けますが、成り立ちを理解してもらうと見応えがあると思います。ご案内した観光客の方からも「感動した」という言葉をもらいますね。
ジャイアン:夕日や朝日を見るのもいいですよ。元旦にはここから日本一早い初日の出が見られます。
ころも:“日本一早い初日の出”ってテレビ中継で見たことがあります! スペシャルな1年になりそうですね~。
ゼッキー:そうそう、小富士の頂上付近には「戦跡」があるんですよ。
ころも:「戦跡」って、戦争の遺跡ですか?
ゼッキー:そう、日本軍の陣地があって中に機関銃の台座が見える。南崎の海岸に降りて陸地側を見ると、そこにもトーチカ(防御陣地)があります。先の大戦で、父島・母島は硫黄島の後方基地だったため徹底的に狙われました。昭和19年の6月15日からは毎日のように空襲や艦砲射撃があったそうです。
当時の母島はまだ内地であり日本の玄関口。軍のメンツにかけて、守らなきゃいけなかった。ただ、島民は強制疎開で引き上げていたので、一般人の犠牲がほとんどなかったのが唯一の救いです。
ころも:平和に見える島にも知られざる悲劇があったのですね……。
ゼッキー:今は多くが私有地となっていて中までご案内できないところがほとんどですが、集落のそばにある「静沢の森遊歩道」には大砲や機関銃の台座があって、観光客でも自由に近づけます。戦跡自体は島内には何カ所もあり、ガイドをしているといきなり現われるので驚く方が多いです。
ころも:こうした歴史も含めての母島ですね。島のバックグラウンドを垣間見れる興味深いスポットです。
アウトリガー・カヌー編:価値観が違っても心は同じ――カヌーで知る島での生き方
ジャイアン:母島に来たら、ぜひカノーに乗って欲しかったな。僕もゼッキーも母島のカノークラブに入ってるんです。
ころも:カノー? ジャイアンさん、なまってません?
ジャイアン:小笠原の周辺ではアウトリガーカヌーをカノーと呼ぶんですよ。でも、ここではわかりやすくカヌーと言いましょう。カヌーは200年ほど前にハワイのポリネシア人が小笠原諸島に入植してきたときに伝わったとされていて、戦前にはすでに島々の移動や漁に使われていました。実は石器時代にも小笠原には人が住んでいた遺跡があって、カヌーを彫ったであろう石器も見つかっています。
あと、母島では南部の方が畑を作りやすい地形なので、南部で作ったカボチャをカヌーで作物庫に運ぶとかね。陸路で運ぶよりもラクだから。
ころも:生活に根付いた乗り物なんですね! 母島ではアウトリガー・カヌーが使われているそうですが、これは普通のカヌーと違うのですか?
ジャイアン:アウトリガーと呼ばれる「浮き」がついています。本体の左に浮きがあるのがハワイのスタイルで、右にあるのがタヒチやタイのスタイル。インドやモルディブにいくと両側にあるのが主流だそうです。
母島のカヌーはハワイから伝わったので左側にあります。よく使われるのは3人乗りですが、6人乗りの大きなカヌーもあるんですよ。
ころも:浮きがあってバランスは取りやすそうだけど、腕の力がないと漕ぐのは大変そうですよね?
ジャイアン:カヌーは誰か1人が力まかせに漕げば進むというものじゃなくて、みんなが同じタイミングでパドルを入れ、同じ力で漕ぐことでより速く進むんです。だから、思っているほど大変じゃない。みんなの息が合えばグングン進んでいくし、どんどん漕ぎたくなりますよ。
ころも:うーん、私のように体力に自信のない人でも漕げますか?
ジャイアン:コロナ前に行われていたカヌーのタイムレースには女子の部や子どもの部もあったから大丈夫! ところでころもさん、ハワイのことわざに「He Moku he Wa’a ,He Wa’a he Moku(島はカヌー、カヌーは島)」というのがあるのをご存じですか?
ころも:島はカヌー? なんですかそれ?
ジャイアン:同じカヌーに乗っていても、頭の中はみんなバラバラです。「面倒くさいな」「もう疲れた」「クジラ見えるかな」とかね。それを誰かが「ちゃんと漕げよ!」と注意しながら漕いでも息があわないし進まない。これはカヤックのガイドをしている友人が言っていたのですが、2人乗りのカヤックですらピッタリ息が合うことって本当に稀だそうです。
ジャイアン:でも、みんながひとつの目的地に向かって漕ぎ続けていると、いつかは合う。一度や二度じゃ合わなくても、続けていけば最後はピッタリ合って進みだす。
ハワイでそのことわざを聞いたとき、僕は島の暮らしと一緒だなと思いました。狭い島の社会にもいろいろな価値観の人が生きている。それをカヌーに見立てて、自分と違う価値観を持つ人を咎めるのではなく、ただ淡々と息を合わせて漕いでいれば、「幸せに暮らす」という目的地に辿り着くんだって気づいたんです。
ころも:なるほど、深いですね……。
ジャイアン:それを思うと、日々の生活であくせくしたり頭がいっぱいになったりしても、この時代、この島で生きる自分自身を客観的に見つめ直すことができます。僕にとってのカヌーってそういうものなんです。
ころも:そんなお話をきいたらますます乗りたくなりました、カヌー。ところでお話の中で「クジラ見えるかな」って、もしかしてカヌーからもクジラが見えるんですか? ホエールウォッチング用の船じゃなくて?
ジャイアン:見えるんですよ~。これについてはもうひとり助っ人を呼んでいます。
ころも:んん? 助っ人?
ホエールウォッチング編:人にもクジラにも優しい、母島ならではの陸上観察
- ヨーコさん<みやぎよーこさん>
岐阜県出身。島の暮らしに憧れ、沖縄移住する前にと立ち寄った小笠原で、気づけば父島・母島合わせて20年。2児の母。YouTubeチャンネル「Hahajima ワーイ!母島」にて陸から見たありのままのクジラ・船などの動画を配信中。
ヨーコ:こんにちは! さっそくですがころもさん、ホエールウォッチングにはどんなイメージがありますか?
ころも:こんにちは! ええと小さな船で何時間もクジラを探して、運が良ければ見られるけど、何も見られないときもある、みたいな感じですかね?
ヨーコ:ですよね~。でも、母島は違います。まず、ザトウクジラが小笠原に来ているシーズン中は、父島から母島に渡る“ははじま丸”から、彼らを見ることができます。ブリーチングというジャンプをするクジラが見えることもありますよ。ははじま丸は、“ホエールライナー”という別名を持っているくらいですから!
そして島についたら、陸上の海が眺められる場所からもウォッチング! 私は集落の商店前からクジラ見て、買い物終わったら大根持ったまま、また商店前でクジラ見て、という生活です。
ころも:めちゃくちゃ日常生活に溶け込んでる! 私がコンビニの前で猫を見る感覚と一緒じゃないですか。
▲島内の鮫ヶ崎展望台から鯨を見るヨーコさん
ヨーコ:陸からのクジラウォッチングは、専用の船で何時間もかけて沖へ出る必要がないから、船酔いや体力の心配がなくて、小さな子供連れでも大丈夫。だから、いろいろな人に優しい。そして、クジラにも優しい。
ころも:“クジラにも優しい”ってどういうことですか?
ヨーコ:母島は1988年に日本で初めてのホエールウォッチングが行われた発祥の地! 翌年には、小笠原にホエールウォッチング協会が日本で最初にできたのです。
協会では、小笠原の海がクジラ・イルカの楽園であり続けるよう、クジラ・イルカにやさしいウォッチングを提唱しています。ホエールウォッチングではクジラの自然な動きを妨げないことを目的に自主ルールがあって、クジラが何m以内にいたら船は減速する、何m前まで来たら近づかないなど細かく決められています。
でも、もっと近くで見たい、見せたいという思いからでしょうか、クジラにどんどん近づいていってしまう船を見ることもあります。
ころも:そうなんですね……。でも、私も船に乗っていたらもっと近くへって思うかも……。
ヨーコ:そうですよね。人間は好奇心を持ち、探求する生き物だとしたら、そう思っちゃいますよね。
でも、クジラやイルカたちにとっても、小笠原・母島の海がいつまでも居心地のいい場所であり続けること、そしてホエールウォッチングという“人が野生のクジラたちに会うことができる文化”が末長く続くためにも、クジラたちに近づきすぎないという優しさが必要なんです。陸から見ることは、クジラたちをリスペクトし、思いやる姿勢でもあるんです。
ころも:なるほど、今までクジラ側の視点で考えたことはありませんでした。
ヨーコ:船からクジラを見て、その大迫力に「すごいね! 楽しかったね」という体験も貴重だと思います。でも陸からちょっと離れて見ていると、目の前に見えているクジラのコトだけでなく、いろいろと考えたり想像も深まります。
海に潜って姿が現れない時間も、「クジラたちが海の中でどんなふうに暮らしていて、その海はどんな場所で、そして私たちの暮らしと、どんなふうに繋がっているのだろうか」と……。
私は毎日のようにクジラを見たりYouTubeにもアップしているけれど、クジラを見るというより、同じ哺乳類のクジラたちと、自分たち“人間”の暮らしや生き方を重ねて見てしまいます。そして、クジラたちとともに暮らしているこの地球のことや彼らに繋がっている環境のことを考えている時間の方が多いかもしれません。
ころも:たしかにクジラたちも私たちと同じように時を刻んで暮らしていることを忘れてはいけませんね。チャンネルも拝見しました! 母クジラが子どもにジャンプを教えているような微笑ましい動画もありましたね。
ヨーコ:仔クジラと毎回一緒にブリーチングを30分も連続して繰り返しているお母さんクジラもいれば、仔クジラがまだ未熟なブリーチングもどきを散々繰り返した後に、ビシッと一本迫力のブリーチングを決めるようなタイプのお母さんクジラもいますね。生まれたばかりの頃は、母クジラが頭の先に仔クジラを乗せて呼吸を手伝っているような様子も見うけられます。
そんなときにも「もっと近くで見たい!」と思うばかりでなく、私たち人間の生活と重ねて「あ、同じなんだな」って、感じてもらえたらいいな〜と思います。
そんなふうにクジラたちを“感じる”ことができたら、あのクジラたちは今日も地球のどこかの海を泳いでいるんだな〜といつでも想像できるでしょう? 都心で満員電車に揺られていても、いつも通り家事や子育てに追われていても、目を閉じれば心でクジラを見ることができるんです。
ころも:今日お話を聞くまで「感じる」「想像する」という楽しみ方があるなんて思いませんでした。心でクジラを見ながらいつか母島に行ける日を待ちたいと思います!
まとめ
約1,050キロという未知の距離に怯み、取材中止という事態も「仕方ないな」と受け入れていましたが、みなさんからおはなしを聞いて俄然行きたくなってしまいました。今はただただ悔しい、コロナが憎い……!
しかし、ただ観光で行っていたら知ることができないような母島のディープな一面をたくさん知ることができました。いつか母島に行けたときにはきっと目に映る情景も、感じ方も変わってくることでしょう。
次回は、東京宝島事業で誕生したプロジェクト「母島部活堂」の活動内容や主催イベントをご紹介します。今回登場したジャイアンさんとゼッキーさんも母島部活堂のメンバー。一体どんなお話が飛び出すのでしょうか? 【東京宝島体験レポート】母島編(後編)憩いの場ガジュマルの木の下から広がる「母島部活堂」の取り組み
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