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2018.07.03

新卒エンジニアがセブで働いた3ヶ月間を振り返ります【仕事編】

ライダー

Maayong buntag! LIGに入社して2年目に突入し、仕事の幅も、思い悩みや嬉しいことの振れ幅も、どんどん大きくなってきました。フロントエンドエンジニアのライダーです。

僕は新卒1年目の最後の3ヶ月間を、フィリピンのセブで過ごしました。この4月に東京に戻ってきたのですが、今回はいまさらながらその振り返りをしたいと思います。

僕が滞在したのはLIG初の海外拠点であるセブ支社です。現地人スタッフを中心に、LIG本社と連携してWeb制作事業に従事しています。実はこれまで、本社社員でセブに中長期な滞在をする人はいませんでした。僕のセブ行きは、LIGとしてもはじめての試みだったのです。

さらに僕は、海外旅行ひとつ経験したことがない状態でした。たかだか3ヶ月間ではありましたが、海外経験ゼロの自分がセブで働いてみて感じたことをお話したいと思います。

なぜセブに行ったか

会社からの赤紙により渡航したわけではありません。あくまで自分から希望して行きました。
渡航のミッションは「プロジェクトにおけるセブ・東京間の連携をスムーズにすること」。それから「英語力の向上」です。

ちょうどそのころ、フロントエンドユニットとしてセブ・東京間が密に連携していました。そんななか、「英語を話せるようになりたい」という漠然とした希望が、「英語が理解できない……」という劣等感に変わっていきました。

LIG社員、意外と話せる人多いんですよね……。

ちなみにこれは、東京・セブ間でお互いに自己紹介しよう! となったときの写真です。手前のiMacでセブと繋いでいます。

英語力不足を課題として感じていたとき、「自分のほしいスキルを会得すること」と「連携強化したい会社としての課題」の達成方法がいい感じにマッチしたので、とんとん拍子で渡航が決まりました。

働き方の違い

先ほども少しご説明しましたが、LIGは日本各地に「LAMP」や「いいオフィス」をはじめとしたさまざまな事業の拠点を持っています。Web制作事業に関しては長野(野尻湖)、フィリピン(セブ)に拠点がありますが、セブ拠点にいるメンバーは、基本的にフィリピン人のフロントエンドエンジニア集団です。

彼らもまた、本社のWeb事業部に紐づくかたちで一緒に仕事をしています。僕がセブで働く場合も、業務内容や給与が変わることはありませんでした。

フィリピン(セブ)と日本の文化の違い

とはいえ、働く場所がセブへ移れば生活もつられて大きく変わりますね。もちろん僕の生活もそれに合わせることになります。

たとえば食生活。セブでは、基本的にチキンと米を食べます。スプーンとフォークを使いますが、左手にフォーク・右手にスプーンです。これ、慣れるまで難しかった……。

また、言葉はビサヤ(セブ島周辺の主言語)、タガログ(フィリピンの国語)、英語の3種類を使います。
得意不得意はあれど、僕が出会った人のなかで英語を話せない人はいなかったと思います。

そして宗教も日本とは大きく違いますね。正直なところ、宗教のことはよくわからないしあまりピンとこないのですが、多くの人はキリスト教を信仰しているようです。たとえばタクシーの運転手も、協会の前を通るとき手で十字架を切るあのアクションをしていました。

さらに文化とは少し違いますが、セブは常夏です。日本の7~8月に近く、7月が半年(雨季)8月が半年(乾季)みたいな印象を持ちました。滞在中は乾季だったので、雨に降られることもあまりありませんでしたが、雨季はすごい量の雨が降るそうです。

働く上でのギャップは?

上にあげたように、フィリピン(セブ)は、当然日本とは全く違う場所です。でも、僕も現地の社員も、みなWebサイトを作るフロントエンドエンジニア。コーディングという共通言語があります。そういう意味で、文化は違えども、働き方については「働く場所が東京からセブに変わった」程度のものでした。

文章にすると当たり前なんですが、セブに来て意識するまで僕にとってぜんぜん当たり前になっていませんでした。

これは現地のメンバーと一緒に仕事をしている様子です。

セブで働いて身についた力

当初の目的だった英語力はもちろん、エンジニアとしてはやはり「技術力の成長もしたい」という思いがありました。

英語力

ちなみに渡航前の英語力ですが、TOEICは400点ピッタリでした。いやー、ちょっとヘコみましたね。
そんなレベルで、勢いだけで渡航したわけですが、セブのメンバーは英語がたどたどしい日本人の相手をするというスキル(つまり理解力)の高い人たちばかりでとても助かりました。

また、現地メンバーとは(ビデオ)チャットで話したことのある状態からのスタートだったので、スムーズに馴染むことができました。比較的、恵まれた環境だったと思います。

帰国後のいま、洋画を不自由なく見れる……レベルではなく、話すこともまだまだです。が、渡航前とくらべれば圧倒的に聞ける・話せるようになりました。なにより、「物怖じせず英語を話す度胸」がついたことが、今後英語にふれる機会を自然と増やしてくれそうです。

日本では、「ドキュメントや技術記事はなるべく英語のものを読む」などといった勉強方法がよく紹介されていますが、以前の僕は、英語の記事を読んでも「英語も技術も頭に入らない……」という状態に陥っていました。そんな状況からは、脱却できるようになったかもしれません!

技術力

仕事内容で唯一変化があったのは、エンジニアとしてコードを書く業務だけでなく、日本のクライアント・メンバーと、フィリピンのエンジニアの間に入る仕事が増えたということ。いわゆる「ブリッジSE」などと呼ばれる業務ですが、それをこなすうちにプロジェクト全体を俯瞰することができるようになりました。目の前のタスクでいっぱいいっぱいになると見えなくなっていた「周り」の状況も、ちゃんと見られるようになったんです。

「セブにいる」という理由でフロントエンド的な技術が向上したわけでははありませんが、「プロジェクトを推進させる技術・動き方」を手に入れることができました。また、年度末のとても忙しい時期にはいくつものプロジェクトを掛け持ちしていたので、それらを同時にまわすコツも掴めた気がします。

こういったスキルは今後どんなプロジェクトにアサインされても活かすことができるはず。小手先の何かを得るより、僕のような若手には大きな収穫だったかもしれません。

想像していなかったメリット

天候

偶然ですがこの時期、日本は大寒波に見舞われていました。
大雪で大変だったようですが、それを避けるように出発したので間一髪まぬがれました。真冬から真夏への移動になりましたがラッキーでしたね。

普段話さない人との心理的距離が近くなる

本社だと他の部署の人や、役員の方たちとは普段あまり話すことは多くはないのですが、セブにいることで「みんなでご飯行こう!」となりやすく、コミュニケーションをとる機会も多くなりました。

普段話さない人と話すと、知らない側面が多く見れることがわかって楽しかったです。

あとは、「iiOffice CEBU」でイベントが開催されることもあり、それに参加できる機会もありました。ちなみこのときは「Sketch」のMeetUpでした。

おわりに

セブ滞在の振り返り、「仕事編」でした。出発前は、不安も大きかったセブ渡航。今となっては、「行かない選択肢はなかったな!」と思えるいい選択でした。

次は「日常生活編」を書いてみたいと思います。それでは。