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2018.02.28

DJ YENです。飲食経験ゼロの僕が御徒町でBARを出すことになりました。

YEN

はじめまして。DJ YEN(エン)です。
このたび株式会社LIGに入社し、東京・御徒町にBARを出すことになりました。
今回は僕の自己紹介と、BARを出すことになった経緯を書かせていただければと思います。

YENの自己紹介

地元札幌からロサンゼルスへ

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札幌出身、ロサンゼルス渡米を経て現在は東京を中心に活動をしているHIP HOP、R&BのDJです。

「ロサンゼルスへ行っていた」なんていうと、なんだかすごい人のようですが、実際のところはそんな華やかな人生ではありません。

もともと僕は20代後半まで札幌で暮らし、音楽活動をしながら会社員をやっていました。『音楽で食っていけるようになる』ということを目標に、音楽活動も会社での仕事も自分なりに一生懸命に取り組んでいました。

しかし、現実はそこまで甘くありませんでした。音楽活動では一銭にもならないし、このままではどうにもならないんじゃないか、という不安が募れば募るほど、会社での仕事にも力が入らない。何をやっても上手くいかない毎日が続きました。

「このままではダメだ」

そう思った僕は今の生活を変えようと海外へ行くことを考え始めました。

まずは、休みの日にワーキングホリデーの説明会に話を聞きに行ったり、留学について調べることを始めました。正攻法で行くにはある程度のお金が必要であることが判明。しかし、貯金が貯まるのを待っていたら精神的に持たない。今すぐ行きたい!

「海外留学経験のある友達に、何か抜け道はないか聞いてみよう」

そう思い、留学経験のある友人に連絡をして回りました。

そんな中で、まさかの助け舟が……!!

友人の一人が僕の音楽活動を応援したいと言ってくれて、僕が一番好きな街「ロサンゼルス」の飛行機のチケットを取ってくれるというのです。条件は友人のために曲をひとつ作ること。そして翌日には仕事を辞める旨を会社に伝えること。

「こんな奇跡は二度とないかもしれない」

そう思い、ほぼ悩みませんでした。翌日、「仕事を辞めたい」ということを会社に伝え、すぐにロサンゼルスへ行くことになりました。

ロサンゼルスでの生活

解決していない問題が残っていました。勢いで観光ビザギリギリの3ヶ月間の渡米を決めたものの手持ち金額はわずか13万円。滞在期間の旅費を払うお金もありませんでした。

「行くことは決まった。あとはどうやって現地で生き抜こう?」

そこで考えたのは、宿泊先でお手伝いをしながら寝泊りをさせてもらうこと。宿泊先のChanoma Houseのオーナーさんに思い切って相談してみました。そこの奥さんは日本人で、面白いチャレンジを応援してくれるパワフルな方です。ここまでの経緯を聞いて僕のチャレンジを受け入れてくれました。

英語をまともに話せるわけでも、何か家事が得意なわけでもない。与えられたことを、教えてもらいながらこなすことが精一杯な僕に英語でのコミュニケーションの取り方、料理の作り方まで色々な事を教えてくれました。

満室で泊まる部屋がないときには、宿泊先の庭とタープを借りて外で寝る体験もしました。タープの中ができるだけ快適になるように、いらない布をたくさんもらってベッドを作ったり、車の後部座席の廃材をもらったり。

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▲当時過ごしていたタープの中の様子。

色々な事を教えてもらい、自分が札幌でいかに甘えた生活をしていたのかに気づきました。助けられてばかりでまったくお手伝いになっておらず、このままではいけないと感じる日々。この街において自分ができることは何かを考えました。

「DJしかできない……」

ポータブルのDJ機材と小型のスピーカーを持って来ていた僕は、とにかくDJができる機会を作りました。宿泊先の近くに停まるタコスの移動販売トラックのオーナーにお願いして車の前でDJをさせてもらったり、Chanoma Houseのホームパーティーでは必ずDJをやるようにしました。

そこから、生活が大きく動き始めました。

アメリカで活躍する日本人ギタリスト『Polo Yazaki』さんが人づてに僕の話を聞いてChanoma Houseへ遊びに来てくれた時でした。

「うちに泊まっていってもいいからDJ教えてよ」

そう声をかけてくれました。

Poloさんの家にステイさせていただくようになってからは、朝からスタジオへ行き一緒にDJを練習して、夜には曲を作り続けるという毎日でした。

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それからは音楽をやっている友達も増え、ダウンタウン(街の中心)や、サンディエゴへ遠征してのDJをやらせてもらえることになったり。

仲良くなった現地のDJ
▲仲良くなった現地のDJ。一番右が僕です。

日本で仕事に追われながらやりたいことができなかった日常から、人生が一転したような気分でした。帰国の日になりPoloさんの家を出るときは、日本でのうまく行っていなかった歯痒さから、LAでみんなが優しくしてくれたことへの感謝の気持ちまで、色んな感情が溢れて泣いてしまいました。

「何かを決めて動き出せば人生は変わるんだ」

そう思えたロサンゼルス滞在でした。

ロサンゼルスから東京へ

帰国後は「元の生活には絶対に戻らない」と決め、東京に滞在することにしました。

相変わらずお金はない。

部屋を借りたはいいものの家具は買えないし、食べるものもまともに買えない。しばらくはスーパーの2kgのパスタを小分けにして塩やマヨネーズをかけて食べる生活でした。

「お金がなくて好きなことができないのは悔しい。
でも、またやりたくないことをやる会社員には戻りたくはない。」

そんな思いで活動を続けていると、またも周りが助けてくれて、フリーランスとして様々な仕事をいただけるようになりました。

ロサンゼルスでの繋がりから、素敵な東京の仲間も増え、こんな作品も作れるようになりました。

One for the money, two for the show

フリーランスで仕事をいただく中で、ある方から

「『One for the money, two for the show』って言葉知ってる? まずお金を稼げるようにならないと続けられないよ。ビジネスを覚えてみたら?」

とアドバイスをいただく機会がありました。

確かに、海外では、自身のお店やファッションブランドの経営を楽曲リリースと並行して行っているアーティストも多くいます。HIP HOPの9大要素の中には「起業精神」という概念があるぐらいです(残り8つは「ラップ」「DJ」「ブレイクダンス」「グラフィティ」「知識」「ビートボックス」「ファッション」「言語」)。

「アーティスト活動にはいろんな表現方法がある」という視点は「音楽だけで食っていく」という言葉に囚われていた僕にはとても新鮮でした。そこから1年、その言葉を教えてくれた師匠にメールの書き方や、スケジュール管理の方法など、様々なビジネスマナーを教わりました。

またいつでもロサンゼルスに戻れるように、全力で世界に挑戦できるようになるために、仕事もできるアーティストになろうと、そんな風に考えるようになりました。

飲食経験ゼロでのBAR出店

お店を出すことになった経緯

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フリーランスを経て、2017年の秋。DJ仲間であるLIGの人事のあきと君から、

「LIGが御徒町にDJバーを作るんですが、お店作りをやりませんか?」

とお誘いがありました。

この企画に関わってお店を成功に導くことができれば、自分の思い描いている「ビジネスのできるアーティスト」に一歩近づくのでは? そう覚悟を決めて、株式会社LIGにて再度、会社員に戻ることを決めました。

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飲食業は未経験

今回お話を引き受けて作るお店の現状は、このような状態です。

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▲暗い入り口(隣は弊社で運営している鯛茶漬けのお店『鯛茶STAND』があります。めちゃめちゃ美味しいです。)

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▲階段もスマートフォンで照らさなければ明かりがない。

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▲まだ何もありません。

実は僕はBARで働いたことなどなく、お酒を作ったこともありません。内装デザインの知識もなく、何から手をつけていいものやら正直わかりません。そして御徒町という街は、LIGに入るまで来たこともありませんでした。

ただ、ロサンゼルスから今までの経験を思い出せば、

「きっとすべてはなんとかなる」。

そう信じれるようになっただけでも進歩しました。やると決めたからには、やるしかありません。

表現者を集めて共に成長したい

世の中には、自分の表現したいことを強く持って頑張っている人がたくさんいると思います。今回のプロジェクトを通して、そんな人たちを応援できるようなプロモーションの場を作りたい、一緒に成長していけるような場所にしたいなと思っています。僕のような人生右往左往してきた人間だからこそできることがあるはず。

御徒町から新たなシーンを作り、どの街のどんなお店とも違う、新しい日本の楽しみ方を発信できるお店にしていこうと思います!

お店の詳細は、これからどんどんお知らせしていく予定です。

これからどのようなお店ができるのか、是非みなさんに応援いただけたら幸いです!!!!