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2015.11.20

隠れキリシタンは今も長崎にいる。

菊池良

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こんにちは、菊池(@kossetsu)です。

nagasaki-1-8 人物紹介:菊池良
株式会社LIGに所属するライター。ブログ記事の企画・執筆を担当している。

 

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11月の始めに長崎へ行きました。

やってきたのは、長崎空港から車で約1時間30分ほどかかる黒崎地区。

 

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この地区には今も「隠れキリシタン」(*)が住んでいて、その祭りがあると聞いたからです。

ちなみに「20」と書かれた黒いトレーナーを着て階段を登っているのは、この祭りに誘ってくれた山下陽光さん(@ccttaa)。「途中でやめる」という服ブランドをやっている人です。

 

「隠れキリシタン」とは?
「キリシタン」とはキリスト信者のこと。1549年に訪れたフランシスコ・ザビエルらの布教によって、キリスト教は信者数を拡大する。
しかし、豊臣秀吉によってバテレン追放令が出されると、厳しい弾圧を受けた。それでも信仰を守る人々は仏教などに偽装をして幕府の目を逃れようとした。
1873年に信教の自由が認められると、多くのキリシタンはカトリックに復帰したが、そのまま復帰せずに先祖代々の信仰形式を守った人たちを「隠れキリシタン」と言う。現在の人口は約1500人。

 

枯松神社でその祭りはおこなわれています。

 

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「隠れキリシタン」のことは歴史の教科書で習いましたが、その信仰を今も守っている人がいるとは初耳でした。

 

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駐車場から車を降りて、さらに山を登ったところに枯松神社はあります。

 

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途中、「祈りの岩」と言われる場所がありました。

 

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この地区のキリシタンたちが、この岩陰に隠れて祈っていたんだとか。

 

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山の上まで登ると、すでに大勢の人が祭りにやってきていました。

 

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この神社に、この地区のキリシタンは祈ってきました。神社という形なのは、弾圧を免れるためです。

キリシタン神社について
徳川幕府の弾圧を避けるため、神社にカモフラージュして作られた。
枯松神社はキリスト教の布教活動をしていた宣教師サン・ジワンを祀っている。もともとはサン・ジワンを埋葬した墓なので、鳥居もない。

 

祭りはカトリックや仏教との共同でおこなわれ、それぞれの教義に沿って祈られます。

ここでいう仏教徒は幕府の弾圧を避けるために仏教徒になった人たちのことで、もともとはキリシタンです。

 

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祭りは「宣教師サン・ジワンと先祖への感謝と慰霊の祈り」を目的としています。第一部は感謝祭と慰霊ミサ、第二部は講演です。

 

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ミサで使われる聖歌の楽譜も渡されました。この『殉教の血潮に』は約300年に及ぶ弾圧をくぐりぬけ、信仰を守ったことを歌っています。

 

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ミサをおこなうカトリックの司祭さんが準備をしています。

 

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