会社で総合職に就いている人たちを、ビジネスではホワイトカラーと呼ぶことがあります。そして、仕事内容が多岐にわたる彼らの生産性を向上させることを目的としたサービスが、資料やコンテンツの作成代行を依頼できる『SKET(スケット)』です。
運営元であるスマートキャンプ株式会社で代表取締役を務める古橋氏は「仕事における非効率は、省くべき“悪”だ」という意見を主張します。その背景には、日本は一人当たりの生産性が先進国の中でも極めて低い国であることへの強い危機意識がありました。日本の未来を明るくするために古橋氏が取り組むクラウドソーシング事業の展開と、今後の展望についてお話を伺いました。
人物紹介:古橋 智史氏 大学卒業後、新卒でみずほ銀行に入社。その後、東南アジアへバックパッカーを経て、Speeeにて新規開拓営業を経験。2014年にスマートキャンプ株式会社を設立。 |
「100歳まで生きるとして、定年後の40年何するの?」死ぬまで働けるのって起業しかないなと
大学卒業後は大手メガバンクに入社した古橋氏。しかし、“合わない”という理由から最初の1年で退職を決意します。
- 古橋
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ビジネスの中心であるお金を扱う銀行の仕事はいい経験になると考えていたんですが、合わないと思って1年で辞めました。とにかく大企業なので、自分の言ったことをなかなか事業に反映できなかったんです。
あのときのもどかしい感覚って、今まで生きてきた中で感じたことがなかったです。それで「もっと裁量権をもって仕事したい」と思うようになって転職しようと。
その後、古橋氏は約3000kmの陸路で東南アジアを2ヶ月間放浪したそうです。そして、帰国後はSEO事業を軸とした新規顧客の開拓をする営業職に転職します。
- 古橋
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コンサルティング営業は無形商材を売るので、営業スキルを求められる仕事なのが僕にとっては好都合でした。
1年間も銀行にいたのに、身に付いたスキルもなかったですし。起業する前に何か1つ、ちゃんと自分にとって強みになるスキルを身に付けたいなと思っていて。学生時代もずっと文系だったので、人と話すのは好きでした。それなら他の人よりも伸ばせるかなと考えたんです。
1年ちょっと働いて、その会社を辞めて、25歳の間に起業しようと決めていたので2014年4月に実行しました。
起業にはもともと関心があった古橋氏ですが、その理由を尋ねると「死ぬまで働くためには、起業しかないと思ったから」と答えます。
- 古橋
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25歳の間に起業しようと決意したのも、100歳までの四半世紀だから。100歳ぐらいまで生きるとして60歳で定年したら、残りの40年間は何すればいいんですか? 僕の場合は仕事をしてないと、たぶんボケるなと考えました(笑)
企業に勤めていると、どうしても仕事中心の人生は定年を区切りにして終わりを迎えてしまう。でも、僕はやりたいことを死ぬまでやりたいので、そうなるとやっぱり起業家しかないなと思ったんです。
起業するならIT業界だと決めていた古橋氏は「銀行時代に扱っていた財務諸表が、1つのきっかけになった」と話します。
- 古橋
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銀行で働いてたときは熊本にいて、ネジ工場とか、いわゆる設備投資をかなりしなきゃいけない企業の財務諸表を見ていました。財務的に厳しいところもあったりして、チャレンジングなことをするには市場の影響が大きいんだなと感じて。
でも、ITだったらそれはもう関係ないし、いろんなことにチャレンジできるし、参入もしやすい。ITが廃れていくことは、たぶん僕が95歳ぐらいになるまではないんじゃないかな? スマートウォッチとか、それこそテレパシーで交信できるようになったら廃れるかもしれないけど(笑)
3ヶ月で事業譲渡、完全撤退することに「自分1人じゃ何もできない。セカンドオピニオンの大事さに気付いた」
現在、創業してちょうど1年が経つスマートキャンプですが、古橋氏は数年前に今とは全く別の事業を手がけていたそうです。しかし、ビジネスを始めた3ヶ月後に完全撤退することとなりました。
- 古橋
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実を言うと、前職を辞めてスマートキャンプを立ち上げるよりずっと前に、今とは全然違うAirbnbみたいな空きスペース貸しの事業やっていました。
ちゃんと組合もあったんですけど、あるとき競合が組合に「古橋さんのところには、スペース貸さないでください」って。その競合は古株で、僕は新参者だったんです。それで、スペースを貸す会社なのにスペースを貸せなくなったっていう。ビジネスとしては成立していたんですけど、3ヶ月で事業譲渡して完全撤退することになってしまって。
空きスペースを管理していたのは、地域に密接なコミュニティをもつ人たちだったそうです。そのため、今まで古橋氏が培ってきたITを中心としたディレクションに意味はなく、地域的なフェーズのディレクションに合わせることができなかったことが撤退の原因となりました。
- 古橋
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要はロジックじゃない部分ですよね。自分の競合との付き合いだったりとか、人と人とのつながりだったりとか。あとは自分のサービスを守る術。単純に、その2つが欠けていたなと反省しました。
そのときは本当に死ぬかと思うくらい、本当につらかったけど自己責任だなと。
ひたすら自分を責め続けた結果、古橋氏が学んだことは「1人で抱え込んでもダメだ」という自分自身の限界点でした。
- 古橋
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前職で営業をやっていたとき「自分1人で、なんでもできる」って思っていたんです。数字を達成していれば、誰も文句は言えないっていう感覚です。今、振り返るとそこが一番の敗因だったように思います。
自分1人じゃ何もできないんだって気付いて、初めてセカンドオピニオンの大切さを知りました。それで、次に起業するときは、知識をもった大人からアドバイスもらえる体制を築いたうえで、という発想に至ったんです。
「非効率は省くべき“悪”だと問題提起したい」27歳で業務改善を語るなって言われるの、正直むかついてる
当時、アメリカにも同類のサービスがいくつかあったそうです。そこから日本で事業化を見込めると判断して、2014年6月に設立された会社がスマートキャンプでした。資料作成のアウトソーシングであれば、マニュアルや公的文書といったドキュメント全般でも展開することができるでしょう。しかし、古橋氏はあくまでも“ホワイトカラー”にこだわります。
- 古橋
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会社のビジョンを“日本のホワイトカラー労働生産性を飛躍させる”と決めたのは、2014年4月ぐらいのことです。ホワイトカラーの人たち向けのビジネスをやろうと思ったのには、2つ理由があります。
1つは、ニーズがありそうっていう市場性。もう1つは、この人たち救ったら社会が良くなるっていう展望性を期待しているからです。
日本では少子化による人口減少にともなって、国内の労働市場の縮小という厳しい未来が見えはじめています。働く女性を支援したり、シニア層を活用したりとさまざまな取り組みが行なわれている中、古橋氏は生産性の向上を妨げている「“非効率な仕事”の排除をもっと問題として認識するべきだ」と投げかけます。
- 古橋
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ホワイトカラーの生産性って、先進国とされる7ヶ国と比べると、日本は20年ぐらいずっと最下位。逆に、ブルーカラーにあたるメーカー系の人たちの生産性は上がってるんですよ。
トヨタとか見るとわかりますけど、どの工程がボトルネックになっていて、どこを変えたら生産性の向上につながるかっていうのが体系的に証明されているんです。効率化が明確にされていて、業務プロセスのコンサルタントがいるくらいなので。
一方で、ホワイトカラーの仕事の工程って、属人的なためにブラックボックス化している。生産性を上げるために非効率は省くべき“悪”だって、問題提起しなければいけません。
SKETというサービスを主に利用しているのは、資料やコンテンツ作成の代行を依頼したい忙しいビジネスマンたちです。B to C向けのWebサービスやアプリが多く生まれていく中で、古橋氏は「B to Bのビジネスこそ、若い人たちが参入するべき」だと主張します。
- 古橋
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僕は27歳なんですけど、業務を改善するようなB to Bのビジネスを提唱することが許される年齢って、この業界だと40歳ぐらいが平均って言われているんですよ。だから「お前みたいな青二才が、業務改善なんか語るな」って言われることが多くて。そこは、正直むかついてますね(笑)
ピッチイベントに出たとき、名刺交換で並んでくれた人に「ビジネス経験浅すぎませんか?」って言われたこともあって。
僕からすると、やっちゃいけない理由が分からない。だって明らかに“負”だし、“悪”じゃないですか? 若くて無知なゆえに気付けることって、僕はあると信じています。
※ピッチイベント:「ピッチ」する場合、売り込む対象となるものは、しばしば、まだこの世に存在していない概念や、新しいアイデアというケースが多いです。ピッチでは「製品を買ってください」ではなく、「こんな点を変えたい、改善したい、だからこんな物が作りたいんです!」というアピールの仕方になるわけです。
引用元:ピッチとプレゼンという2つのビジネス用語の違いを考察
「ローカル保存されているノウハウをオープン化していく」日本全体の生産性が、一銭でも上がったら奇跡だ
プロダクトやサービスを売り上げるための最初のステップが提案資料です。資料作成を短時間で高品質なものにすることにより、スマートキャンプはビジネスマンの仕事の効率化を目指します。そして、“ホワイトカラーの生産性を向上させる”という古橋氏の強い想いは留まることなく、次のステップに向けて歩みを進めていました。
- 古橋
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現在のスマートキャンプは、開発エンジニア1名と僕の2人体制でサービスを運営しています。僕たちは国内外にあるB to Bのサービスとか資料とかを毎日見てるんですけど、なんかもう仕事としてじゃなくて、興味があって見てるんです。
サービス自体がすごく好きなオタクみたいな(笑)そういうのを一緒に見て、ワクワクしながら「自分たちも、こういうの入れていったらいいんじゃない?」って思えるような人にとっては、すごく楽しい仕事じゃないですかね。社員第一という話しじゃないけど、一緒に働く人と楽しく仕事できることが、いいサービス作りにつながると思うんです。
しかし、なぜ古橋氏はホワイトカラーとB to Bのビジネスにこだわり続けるのでしょうか。その理由を尋ねると「これによって救われる人がいるんだっていう実感が得られるから」と答えます。
- 古橋
- 例えば、これはちょっと偏見なんですけど「B to Cのサービスがなくて死ぬ人っているのか?」って思うんです。でも、僕たちのビジネスの対象者であるホワイトカラーの人たちは、資料作りで残業が延々と続いたら過労死するかもしれない。これこそ、B to Bのビジネスをやる意義と言えます。
そして、スマートキャンプが求める人材も“ホワイトカラー”が重要なキーワードになります。
- 古橋
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「B to Cサービス好きです」っていう人は、たぶんミスマッチ起こします。企業の中にいる個人という意味ではB to Cなんですけど、ダイレクトなB to Cではないので。
ホワイトカラーの生産性っていうところで、何か引っ掛かってくれる人がいいと思います。その辺に敏感な人と、ウェブサービスが好きな人。この2軸で何か感じとってくれた人がいいですね。
仕事の効率化に対する危機意識を高め、ビジネスマンの仕事を根底から変えようと奮闘する古橋氏。では、その役目の象徴であるスマートキャンプが実現したい未来について、どのように考えているのでしょうか。
- 古橋
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僕たちがやりたいのは、パソコンのローカルに保存されているノウハウを強制的に外に出す仕組みづくりです。属人的になっていた情報がどんどんオープン化していくことによって、ホワイトカラーの生産性を上げることができる。
そのために、現在はB to Bビジネスマッチングサービスの『Boxil』を開発し、注力を注いでいます。これは、一言で言うとWeb版の展示会みたいなもので、受注したい企業はここにサービスの資料を掲載して、発注者はそれを見て興味があれば簡単に問い合わせをすることができます。今まで営業マンが現場で使っていた資料を「Webに掲載するだけで受注が取れる」みたいな世界観を作りたいです。
スマートキャンプのサービスで最終的に日本全体の生産性が一銭でも上がったら奇跡だし、そこまでいけたらすごい嬉しいですね。
日本で働くビジネスマンの生産性を向上させるために資料作成をクラウドソーシングでプロに代行依頼するというのは、とても遠回りにも思えます。
しかし、古橋氏が取り組もうとしているのは単にアウトソーシングを推奨することではなく、習慣化されている仕事の非効率性に気付くという意識の改革。長い時間をかけてその変化がもたらされたとき、私たちは生産性の向上への小さな一歩を踏み出すことができるのかもしれません。