セブではたらく(インターン)
セブではたらく(インターン)
2019.09.24

愛人の子、ガン発覚、負債と株大金…波乱万丈オーナーが「いいオフィス日本橋」で実現したい親孝行とは?

いいオフィス広報部

皆さんこんにちは! いいオフィス広報部のふじと申します。

前回の記事では、いいオフィス日本橋 by FUKUMITOYAのオーナーである磯部一郎氏にインタビューさせていただき、「なぜ、いいオフィス日本橋をスタートさせたのか?」「今後いいオフィス日本橋をどうしていきたいか?」などについてお話を伺いました。

その中で、「日本橋エリアを盛り上げたい」というお話があったのですが、なぜそこまで磯部さんが日本橋にこだわるのか――その理由を聞いてみたら、まるで漫画のような波乱万丈な人生がありました。

そこで今回は磯部さんの人生を振り返り、磯部さんの日本橋にかける想いを伺いましたので、ぜひハンカチ片手に、最後までお付き合いいただけますと幸いです。

▼これまでの「いいオフィス日本橋 by FUKUMITOYA」の記事はこちら

愛人の子として生まれ育つ「日本橋」に育ててもらったからこそ、地域貢献は親孝行のようなもの

コワーキングスペース_日本橋

―― 前回のインタビューで「日本橋がイケていないのが嫌だ」というお話がありましたが、なぜそう思うのか、あらためてお話いただけますか?

僕ね、人形町の芸者のせがれとして生まれたんですよ。昭和の人形町って、政治の街。僕はそんな街で、愛人の子として生まれたんですね。

コワーキングスペース_日本橋

―― えっ!? そんな、島耕作とかサラリーマン金太郎みたいなことって本当にあるんですね。

そう、それで置屋に住んでいたので、親が仕事に出てしまっているときは、料亭の台所やらで過ごしたりとまわりの人に育ててもらっていたんですよ。だからこそ、 “この街に育ててもらった” という感覚が人一倍強くて、「この地域に貢献する」ということがもはや僕にとっては親孝行なわけです。

それで日本橋に貢献する事業をやりたいと思い、FUKUMITOYAを立ち上げ、日本橋が少しでもイケてる街になるよう、いいオフィス日本橋を立ち上げたというのが動機のひとつですね。

 

―― 前回、FUKUMITOYAの以前にも会社を経営されていたというお話がありましたが、あらためて磯部さんのキャリア遍歴を教えていただけますか?

学生時代に遡ると、当時の僕はサーフィンに熱中していて、スポンサーが付くほど頑張っていたんですよ。だけど、サーフィンじゃ食っていけないぞ、と気づいて。

じゃあ何をするかと考えたときに、実の父親が経営者である、というのはなんとなく耳にしていたんです。その影響もあり、僕自身も経営者を目指そうと思うようになりました。
そこでまずIT業界に進んだほうがよいかなと、システムエンジニアとして会社に就職して、26歳のときに独立して会社を立ち上げました

37歳でガンを患い、会社は多額の負債を抱えるも、持株会社売却で大金を手にした

コワーキングスペース_日本橋

―― 起業してスムーズに進んでいったのでしょうか?

最初は大変でした。いろいろなところからお金を借りて起業したので、借金まみれ。どうやって返していこうかなということで、別からまた借りて、そのまま返済に充てるといったこともありました。ようやく大手の案件を受けられることになり、一発で返済できたんですけどね(笑)。

そこから僕のことをかわいがってくださる方と出会い、案件をつくるために広告代理店の方を紹介してくださったりして。最終的には、そのかわいがってくださった方が「ホールディングス化する」となり、僕もそのホールディングスの株の1/6を取得することになったんです。

そんな矢先、僕が37歳のときにガンになってしまったんです。

 

―― えっ、ガン……ですか?

悪性リンパ腫の一種で、実は今も治療中。治療がもう地獄で、骨髄の液を入れ替える手術をしないといけなかったのですが、骨髄移植の前の5日間、24時間ずっと抗がん剤を入れ続けて、全身に放射線を打つんですね。

そうなると、体から免疫がなくなりますから、少しでも傷ができたらヤバいので、何もできない。しかも、1年以内の生存率が1/2という、本当に死ぬかもしれない状況でした。いまようやく2年経ったので、なんとか生きています。

そんな状況ですから、当然仕事なんてできないわけです。そうしたら自分が経営していた会社も、多額の負債を抱えていて。どうしようもありませんから、売却しかないという判断になりました。

そのことをかわいがってくださっていた方に相談したら、「それであれば、ホールディングスごと売るぞ」となって。1/6の株を取得してましたから、めちゃくちゃお金が入ってきたんですよね(笑)

 

―― 本当に、波乱万丈な人生を送られているんですね……。

まあ、振り返ると僕の人生はそんな感じで。ガンになったことを機に、すべてリセットされた感じになったので、あらためて自分で会社を始めようとスタートしたのがFUKUMITOYAでした。

「ただ住むだけでは、地元との繋がりはつくれない」21世紀の江戸商人を増やし、この街に還元していきたい

コワーキングスペース_日本橋

―― では「いいオフィス日本橋」に絡めたお話を伺えればと思うのですが、磯部さんが考える日本橋という街の魅力ってどんなところにありますか?

ひとつは、いまなお江戸を感じられるところですね。もともとは江戸城下町だったわけで、その街文化がいまだに感じられるのは良いですよね。

そして日本橋は国道の起点となる0キロ地点ということもあり、大手企業の本社も多く集まっている一方、100年続く老舗も多く集まっているんです。
街のノリみたいなところで言うと、渋谷とはある意味正反対かもしれません。渋谷であれば、しがらみがないから新しいことに挑戦しやすい。一方、日本橋は地元の繋がりが強く、言い換えればしがらみが強いわけですから、ノリで何かを進めるというのが難しかったりもします。

そのため、街の外の人が日本橋で何か新しいことをやる、というのがこの街でのやり方だなと思っているんですね。

そこで僕はこの街での繋がりがありますから、いいオフィス日本橋を起点に、街の外の人たちと日本橋の人たちを繋ぐ橋渡しができたらいいなと考えています

 

―― たしかに、オフィスや住む場所を日本橋に移しただけでは、横のつながりが広がるのって難しそうですもんね。

そうなんです。地元の人や企業と繋がりたいと思っても、なかなか繋がれないじゃないですか。僕自身、この街で生まれ育ったとはいえ、普通に暮らしているだけでは近所100メートルくらいの人としか繋がりませんからね(笑)。

幸い、僕は町内会に所属して、そこでITという切り口で老舗企業のオーナーさんから相談をいただきます。いまではネットワークもありますから、いいオフィス日本橋の会員には、マッチする限り、いろいろな方をご紹介できると思います。

日本橋の老舗企業の方々も、「どうプロモーションしていいかわからない」といったビジネスの課題を抱えている方が多いため、いいオフィス日本橋の会員と一緒にこの街を盛り上げていくことができたら、最高ですよね。

そうやって21世紀の江戸商人をこの街に増やしていって、この街に還元できたら、僕も親孝行ができたと言えるようになるかなと思います。

 

オーナー・磯部さんおすすめのグルメスポット5選

最後に、これからいいオフィス日本橋の会員になる方や、そうでなくても日本橋エリアを訪れる機会がある方のために、磯部さんおすすめのグルメスポットを5つ、伺いましたのでご紹介いたします!

笹新(ささしん)

17時にはすでに満席になっていることが多い地元の人気店。 “いっちゃん”(磯部さんのニックネーム)の名前を出せば伝わるらしい。近々、”いっちゃんのマブダチ”という体でお店に行ってみようと思います。

笹新・食べログURL

おが和

江戸時代から継ぎ足し継ぎ足しで続く、秘伝のタレで仕上げる焼き鳥がのったジューシーな焼鳥重を求め、ランチは大行列なんだとか。食べログTOP5000に入っていたので、これは間違いないですね。

おが和・食べログURL

松浪(まつなみ)

昭和26年創業という、老舗の鉄板焼き屋。畳で食べるお好み焼きは格別だそう。門構えがめちゃくちゃ立派で、ちょっとした接待にも良さそう。

松浪・食べログURL

コルレオーネ

「イタリアンならここかな」と教えてくださったのが、ゴッドファーザーを思わず連想してしまう名前のお店、コルレオーネ。食べログを覗くと、「シチリアまで行かなくてもここでじゅうぶん」といったレビューがあったので、これはもう絶対に外さない店と考えて間違いないですね。

コルレオーネ・食べログURL

グリル ツカサ

「他に何かないですか?」と無理やり聞き出して出てきたのが、洋食屋「グリル ツカサ」。ボリューミーなカツサンドが人気らしいのですが、磯部さんより一言。

「たぶん入れないんじゃないかな」……さすが人気店。早めの予約が必須です。

グリル ツカサ・食べログURL

おわりに

以上、磯部さんおすすめのグルメスポットでした!

磯部さんいわく、「一緒に神輿を担ぎたい方も募集しています」とのことだったので、日本橋という街にどっぷりと浸かりたい方は、ぜひいいオフィス日本橋の一員として、この街を盛り上げてみませんか? それでは、またお会いしましょう! adiós!

いいオフィス日本橋 by FUKUMITOYAのサイトへ