「やりたいデザインと、求められる仕事のあいだで折り合いがつかない」
「このまま同じような業務を続けていて、自分の市場価値は上がるのだろうか」
デザイナーとして働いていると、この2つの問いはどこかのタイミングで必ず顔を出してきます。特にキャリア2〜3年目は、目の前の仕事に慣れてきたぶん、迷いが強く立ち上がる時期です。
そんなリアルな問いに向き合う場として、今回「やりたいことと市場価値を両立させるための視点」をテーマに、オンラインイベントを開催しました。
ゲストスピーカーは、仏師の弟子からディレクター、そして38歳でデザインを学び直しデザイナーへ転身という異色のキャリアを歩み、2026年6月にKEI inc.を設立された宇都宮勝晃さん。
当日はLIG Agentキャリアデザイナー・大澤とともに、事前にいただいた質問をもとに約1時間半語り合いました。
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KEI inc. 宇都宮 勝晃仏師への師事後、ウェブプロダクションなどでディレクション業務に従事。37歳にフリーランスとして独立後、38歳から独学でデザインを学び、40歳でデザイナーへ転向。2019年にデザイン会社「Shhh inc.」を共同創業ののち、2026年にデザイン会社「KEI inc.」を創業。日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク賞、Awwwards等世界的なWebデザインアワードでも多数受賞。またCREATIVE CLASS supported by iDIDや、Coloso.視覚デザインでの講師活動を通じて、デザイナーの育成活動にも力を注いでいる。 X:https://x.com/kUtsunomiya KEI inc.:https://kei-inc.jp/ |
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LIG Agent キャリアデザイナー 大澤人材事業「LIG Agent(LIGエージェント)」責任者/キャリアデザイナー。人材採用・育成、キャリア開発、事業戦略立案を専門とし、ホスピタリティからクリエイティブ分野まで幅広い業種での人材マネジメントに精通している。2022年2月よりLIGに参画し、人材関連の経験を活かしてクリエイティブ人材の育成と支援に従事している。 |
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イントロダクション:仏師、ディレクターを経てデザイナーへ。遠回りだらけのキャリア
イベントは、宇都宮さんの自己紹介から始まりました。仏師の弟子から、ディレクター、そして38歳でのデザイナー転向まで、その歩みは遠回りの連続でした。
- 宇都宮さんのこれまでのキャリア
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- 〜20代:仏師に3年弟子入りするも、受注環境の厳しさから将来を悲観して離れ、フリーターに。就職活動は難航するも1社にアシスタントとして拾われる
- 20〜30代:最初のデザインを酷評され、ディレクターの見習いに。以後約10年、ディレクションを担当
- 37歳:脳出血で救急搬送、退職。半年後フリーランスのディレクターとして独立
- 38歳:デザインを独学で学び直すことを決意
- 40歳:初めて「デザイナー」を名乗る
- 2026年6月:自身のデザイン会社KEI inc.を設立
仏師として将来を考え、その道を離れた当時の自分に、いまなら伝えたいことがあるといいます。

宇都宮さん:仏像が彫れるって、それだけですごいスキルなんですよ。仏像が彫れる力があるのなら、例えば現代アートの世界に行ってもよい訳ですし、今の時代はむしろフィジカルの力に価値がある。「これから君の時代が来るんだよ」と言ってあげたいですね。
伝統工芸としての受注環境が厳しいという目の前の状況だけを見て悲観するのか、それとも彫刻という身につけた力そのものに目を向けるのか。外部の状況に振り回されるか、自分が積み上げてきたものに目を向けるか——冒頭からすでに、この日のテーマの核心に触れる話でした。
そして、仏師を離れてクリエイターへキャリアチェンジをするきっかけとなったのが、デザイナー・中村勇吾さんが個人で手がけていたデザインでした。それを見て強い衝撃を受け、「こういう世界があるんだ、自分もこの世界に近づきたい」と思うように。
当時はスキルがない状態でしたが、デザイン業界に飛び込もうと一念発起。20社ほど書類選考で落選しましたが、「仏師という経歴が面白いから」という理由で小さなデザイン会社が受け入れてくれたそうです。
しかし最初に任されたデザインに対して「これはひどいね」「デザイナーは向いてないね」と酷評され、ディレクターの見習いへ回されることに……。

宇都宮さん:デザインを酷評された理由は当たり前で、作ること以前の問題として、まず見る量が足りていなかったのです。当時は中村勇吾さんのデザインを見てかっこいいと思っている程度で、デザインへの基礎知識をもっておらず、インプットも足りていないため、自分の中に多様な視点がない。だから、作れるわけがないんです。
その後、ディレクションの現場で約10年働き続けた宇都宮さんですが、37歳のとき脳出血で救急搬送され、精神的な落ち込みも重なって退職。
幸いなことに半年後に回復し、フリーランスのディレクターとして独立しましたが、1年を終えたところで原点を思い返すことになります。

宇都宮さん:そもそもこの業界に入ったのは、いろんな方のデザインを見て「自分もこういうのを作りたい」と思ったからでした。体も壊した中で、せっかくフリーランスにもなって、本当にディレクターのままでいいのか、と。38歳でしたが、デザイナーとしてやってみようと改めて思ったんです。
学び方は、フリーランスのディレクターという立場を活かしたものでした。外注していた仕事のうち「自分でもできそうだぞ」というものから少しずつデザインを担当させていただけるように相談し、デザインデータから作り方を学んでいきました。
そうして38、39、40歳と扱える領域を広げ、40歳で初めて「デザイナー」と名乗ります。その後キュレーションサイトにも取り上げられるようになり、フリーランス7年目で会社を共同設立。2026年6月、自身のデザイン会社KEI inc.を立ち上げるまでに至りました。
仏師の弟子入りから、脳出血による退職、38歳での学び直しを経て、40歳で「デザイナー」を名乗るまで——宇都宮さんの歩みは決して平坦ではありませんでした。時代背景も人それぞれ違うので、あくまで1つのケースとして、この後のクロストークを読み進めていただければと思います。
クロストークスタート:市場価値をどう捉えるか

ここからクロストークへ。まずは宇都宮さんから大澤への質問で、「市場価値」の解像度を上げていきます。
市場価値が高い人に共通する4つの特徴

宇都宮さん:日々2〜3年目のデザイナーの方と接していると、「この人はどの企業でも求められるだろうな」という方がいらっしゃると思うんです。そこには共通点がありそうなので、まずお聞きしたいなと。
大澤が挙げたのは、4つのポイントでした。
1. 相互にコミュニケーションが取れる

大澤:何より大事なのは、コミュニケーションが取れること。会話ができるのは大前提で、そこから先ですね。自分中心に一方的に意見を通そうとする方は少しずれてしまうので、相互に取れるかどうかが重要です。また、ビジネス視点で落とし込むことができるのも重要ですね。
2. デザインを作るだけでなく、PDCAを回せる

大澤:作るだけで見てしまうと、ライバルが多い中で埋もれてしまいます。プラスアルファで業務推進やディレクションができる方は、やはり活躍されていますね。相談に来ていただいたときも話の組み立て方がお上手で、面接で伝えるポイントがデザイン以外にもあるので、転職も早いです。
3. 制作の「前後」を語れる

大澤:よくお伝えしているのが、どういう過程でこのデザインにたどり着いたのか、その設計を語れるかどうか。インハウスなら、公開後も数値を良くするために施策を組んでいく部分ですね。この制作前後を語れる方は、2〜3年目でも共通して活躍しています。
4. 学び続けるマインドセット

大澤:自分のやりたいことのために勉強し続けている方は、2〜3年経っても伸びていますね。そういう方に「クリエイティブは好きですか」と聞くと、必ず「大好きです」と返ってくるんです。この「好き」は、見るのが好きというより「努力している = 好き」なんですよね。
加えて挙がったのが、チームの中で「一人称で仕事を完結できたか」でした。

大澤:プロジェクトはチームで進めることが多い中で、最後は一人称で自分の仕事を完結できたか。2年目でこれができている方は、やはり市場価値が高いですよね。「なんでもやらされて困っている」というご相談には、「それは幸せですよ」とお伝えしています。

宇都宮さん:2年目、3年目でそこまで任せてもらえているなら、もう言うことはないですね。
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Q. 他のデザイナーやコーダーと比べると突き抜けている能力がなく、コミュ障でディレクション能力もないため、今後の方向性に悩んでいます。
なんですけど、仕事に関して言うと、そこはそんなに大事なのかなと思うことも結構あるんです。根本は、相手から信頼されること。突出した能力やコミュニケーション能力より、ちゃんと話を聞いて、手を抜かずに一生懸命やっている人に、人と信頼は自然に集まってくると信じています。
派手なアウトプットやスマートな立ち回りに焦る気持ちは、自分にもあるのでよくわかります。でも地道に逃げずにやっている人のことを、お客さんは実は結構見てくれているんですよね。
ディレクション能力も「うまく人を動かす能力」とイメージしがちですが、人が動く理由は話術や要領の良さより真面目さだと思います。だから、その悩み自体、仕事においては考えなくていいんじゃないかなと思います。
なぜ2〜3年目に悩みが集中するのか
ここで宇都宮さんから、相談者が2〜3年目に多い背景について質問が投げられます。

大澤:2年目になると、ずっとやっていることが同じで「このままで大丈夫かな」と心配になる方が多いんです。最初に「こういうデザインを作りたい」と思ったところを目標地点にしている方が多いので、「バナーやLPをずっと作っているけれど、これでいいのかな」と。

宇都宮さん:1年目は環境に慣れるだけで精一杯だけど、2〜3年目になると先を考え出す、ということですね。では、キャリアそのものをやめてしまう可能性も高いタイミングだと言えますか?

大澤:「ちょっとここを離れようかな」となる方は多いですね。ただ「その業務は今すごく価値が高いんですよ」とお話しすると、「もう少し頑張ってみようかな」となったり。ずっと変わらないと思っていた業務も、「こういうことやってみましたか?」と聞いてみると意外とやっていないことが多く、思い直していただくこともあります。
市場価値を捉える2つの視点
大澤の回答を受けて、宇都宮さんは「市場価値」を理解するための「外部環境」と「期待値」という2つの視点を提示します。
外部環境:「正しいもの」の市場価値は0に近づいている

宇都宮さん:前提として大きいのは、「正しいこと」の市場価値がもう0に近づいていること。わざわざ外部のデザイナーにデザインを頼むこと自体が希少になってきているんです。例えばバナーやLPのような領域は特にそれが当てはまりやすいと思います。
制作会社の仕事の内容も量も変わって、採用にも影響が出始めている。2〜3年目の方に開かれている場がどれだけあるのか。未経験の方にはほとんどないという現状もある。そこはきちんと捉えないといけないと思います。
期待値:文脈理解と責任が重要
一方で、着目すべきは「期待値」のほうだといいます。ここで挙がったキーワードが「文脈理解」でした。

宇都宮さん:このクライアント、このブランドはそもそもどうありたいのか。なぜこの社会に存在しているのか。そこを対話で問いかけていく関わり方は、人間だからこそ、という側面があります。ここへの期待値は、逆に高まっている実感があるんです。KEI inc.を設立した理由も、実はそこにあります。
もう1つのキーワードは「責任」です。

宇都宮さん:人間にとって「納得」や「愛着」は、合理性や効率性以上に、実は深いところで感情や行動を左右しています。だからこそ、わざわざ外部のパートナーとして依頼を請けているのであれば「私はこう考える」という責任を持った関わりや提案が、これまで以上に求められてくると考えています。
かつては、あえて自分の意見を出さないことが正しいとされる場面もあったと振り返ります。

宇都宮さん:私くらいの年代だと、A案・B案・C案を並べてメリットとデメリットを説明して、「どれがいいと思いますか?」とクライアントに委ねるほうがむしろ良い、とされるケースもあったんです。今はむしろ逆で、「あなたはどう思うか」に価値がある。あなたの責任を持った意見と行動に対価を払っている、という部分はあるのではと思います。
この責任の部分は、AIには代替しにくい。「この人と一緒に作りたい」という関係性によってものを作ること自体が、市場価値の重要な要素になるんじゃないかなと。

大澤:実は別のセミナーでも「AIに仕事を奪われるのでは」という質問が出たんです。そうではなく、どうAIを活用するか、どこを自分でやるかですよね。最後に頼られるのは「誰に頼みたいか」のほうなので。ここを鍛えられるのは、特に2〜3年目だと思います。
やりたいことと需要の折り合いのつけ方

続いて大澤から宇都宮さんへ。テーマの中心である「やりたいことと需要の折り合いのつけ方」についての質問です。

大澤:やりたいことと求められることの折り合いは、つけるのが大変だなと思うんです。やりたいことをやるためには、まずは信頼を積み重ねて、任せてもらえる範囲を広げていかないといけない。そのあたりを、宇都宮さんのご経験から伺いたいなと。

宇都宮さん:まず、相手が求めていることに回答を出すことは、仕事として受けている以上必須だと思います。どういう背景で、目的は何で、ゴールはどこで、誰に何を届けたいのか。この文脈理解があれば、相手が求めているものは想定しやすいかと思います。
ただ、それだけを続けていると「あれ、私は何をやってるんだろう?」と思ってしまうときもある。それはすごくよくわかるんです。
そこで出てきたのが、あくまで自分なりの案として「A案・B案の2つを作る」という考え方でした。

宇都宮さん:それにプラスして「私はこう思います」を付け加えていく。わかりやすいのは、A案とB案の2つを作るという考え方ですね。「求められているものはわかってます」という回答をまず出す。それが信用を積み重ねる行為で、そのうえで「こうも考えられると思います」に自分なりの観点を乗せていく。
これは社外に限った話ではありません。

宇都宮さん:社内でも同じで、2つの案を少しずつ小出しに混ぜていく。そうすると「この人はいつもプラスアルファの提案してくれる人」と認知されていくと思うんですよね。
前提となるA案がちゃんと提示できていれば、自分なりの考えをプラスして持ってきてくれるのは、上司からすると嬉しい。クライアントさんも同じで、「もっとあなたの意見を聞きたいな」と思うようになってくる。その積み重ねで、任せられる範囲が広がっていく。
言葉にすると当たり前すぎる話ですけど、人と人とが仕事をする以上はずっと変わらないことで、そのまま市場価値につながってくると思います。受け入れられれば、自分の自信にもなりますしね。

大澤:小技でもいいから、A案・B案の2案は絶対用意する。それくらい先回りして準備するのが大事そうですね。

宇都宮さん:「私はこう思う」がないと、本当にAIでいいという話になってしまう。言われたことはちゃんとやっているので良いだろう、といった考え方の場合、これから先は特に危険だと感じています。自分に言い聞かせているところもあるんですけど。
デザイナーは俳優に似ている
折り合いのつけ方について、宇都宮さんはさらに独自の視点を示します。

宇都宮さん:デザイナーって、俳優と似ていると思っているんです。クライアントさんは映画監督で、監督が求めるテーマがある。それがプロジェクトの前提条件で、そのうえで私という1人の俳優に期待している役割がある。
ただ、求められた役をそのまま演じればいいわけでもなくて、監督は予定不調和な部分も期待している。どんな体制で、どんな人と組むかで自分の動き方も変わりますし、それも俳優が現場の相手によって演じ方を変えるのと同じですよね。
「なりきってしまう」ことの面白さについても語ります。

宇都宮さん:俳優の人がよく言うじゃないですか。自分とは全然違う悪人の役をやるのが面白いとか。デザイナーも同じで、求められる役割に応じてデザインを変えていくのは、それ自体が面白いんですよ。
私も堅実で固めのデザインが好きだったり、可愛い感じのデザインが好きだったりする。「やりたいこと」の枠にはめるとはまらないように見えるけれど、1人の役者だと思えば演じ分けそのものが楽しい。それも1つの市場価値だと思うんです。
「この人にお願いすれば役割に応じて演じ分けてくれる」「期待値から逸れることも言ってくれる」って、最高だと思うんですよね。

大澤:ものすごく新しい視点でした。「俳優に似ている」は初めて聞きましたけど、聞いてみると確かにそうだなと。
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Q. 自分らしさのクリエイティブの育て方や、「やりたい仕事」をするために努力した点などがあればお伺いしたいです。
はじめはだれでも、自分がいいなと惹かれるものを真似るところから始まりになると思います。ただ、その真似を続ければ続けるほど、少しずつ違和感や疑問のようなものが生じるようになります。
この違和感こそが、実は自分なりの”偏り”が顔を出し始めているポイントだと思います。
その違和感を無視せずに、少しずつそこから離れていきます。「真似る」から「離れる」という移行が生まれる過程で、削られずに残っていくもの、それが結果的に自分のスタイルと呼べるものになっていくのではと思います。スタイルとは少しずつあぶり出されて最終的に残ったもの、みたいなイメージがあります。
「やりたい仕事」をするためへの努力という点については、「わらしべ長者」のイメージが自分は一番本質的なのだろうと思います。一つの事例が、次の事例を呼ぶ、という状態です。
中途半端にこなした仕事は、次も似たような仕事かそれ以下の仕事しか呼ばないと思います。逆に、一つの仕事に全力でやり切って、そこに自分なりの意思や偏りをちゃんと込めることができれば、それを見た別の人が、そのような仕事や、またさらに高いクオリティが求められる仕事を期待して声をかけてくれます。
実際、自分の場合もある一つのインタビュー(iDIDさんのインタビュー)や、一つのプロジェクト(ShhhのWebサイト)をきっかけに、そこから次々と物事が転がり始めていった実感があります。「やりたい仕事をする」というのは、待つことではなく、目の前の一つをやり切ることの積み重ねなんだと思います。
遅いキャリアスタートを、どう活かすか

宇都宮さん自身が38歳でデザインを始めたことにも重なる問いとして、前職の経験を活かしている人にはどんな共通点があるのか、宇都宮さんから大澤へ質問が向けられました。

宇都宮さん:自分も38歳からデザインを始めたので、前職の経験でむしろ市場価値を高めていく人も必ずいると思うんです。そういう活かし方をしている方の共通点やエピソードを伺いたいなと。

大澤:弊社はWebクリエイタースクールもやっているので、別の職種からデザイナーになる方が本当に多いんです。20代が中心ですが、30代中盤から40代、50代で転職された方もいます。たとえば……
例1:課題解決力が活きた営業の方

大澤:イメージしやすいのは営業職の方ですね。お客様の課題解決をして対価をいただく仕事なので、会話がとても建設的なんです。近い職種はディレクターやプランナーで、デザインスキルまで身につけた方はアートディレクター的なポジションにいくケースも多いです。

宇都宮さん:掛け合わせようという意識が、そういう方々に共通しているんですよね。
デザイナーだからこそ、営業職の経験は強みになると思っています。結局、人と人で仕事をしているので、お客さん側の立場としては、細かなデザイン上のディテールの違いも大事かもしれませんが、私が言ったことが反映されているか、とか私の話をちゃんと聞こうとしてくれているか、といったような事の方が実は大事だったりするんですよね。

大澤:私も営業出身なので思うんですが、「ギブ&テイク」ではまだギブがもっと必要だなと。営業をやっていると、ギブ・ギブ・ギブ&テイクくらいのつもりなんです。その経験を活かしてデザイナーをやると、圧倒的に素敵ですよね。

宇都宮さん:「こういうのも考えられるんですけど、どうですか?」とたくさん言ってくれたら、やっぱり嬉しいです。
例2:専門知識が設計力になった人事の方
続いて挙がったのは、人事の経験を活かしたケースです。

大澤:人事だった方がデザインを身につけて、採用サイトに特化した会社さんで活躍するケースもあります。ポイントを掴んでいる採用担当者さんだと、UIの設計がすごくいいんですよね。
例3:現職を続けながらデザインを活かした介護士の方
最も印象的だったのは、クリエイターとして転職しなかったケースです。

大澤:介護士の方で、クリエイターとしては転職しなかったんです。介護士を続けながら、その現場でクリエイティブも作れる機会を得たケースですね。

宇都宮さん:めちゃくちゃいいですね、それ。いいデザインの活かし方ですよね。そういう風にデザインが広まるのも、すごくいいと思います。
例えばデザイン業界内のことばかりに目線が向いてしまうと、例えばあのキュレーションサイトに載った載らない、みたいな小さなことばかりを考えてしまう。自分もそういう部分があるからわかるんですが、それは1つの世界のごく小さい部分でしかない。「自分はこれをしているのが好きだ」に対してデザインをどう働かせるか、という観点のほうが、いかに自分が幸福に生きるか、という意味でも良いキャリアの積み重ねなのでは、と思いますよね。

大澤:デザインを1つの使えるツールとして、どう活かしていくか。その視点で見れば、何歳からリスキリングしてもいいんじゃないかなと思います。
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Q. 未経験から転職する際にどのように企業にアピールしていましたか?
自分の場合、デザインの前に仏師への師事があり、その後ウェブプロダクションでディレクション業務をしていました。38歳のタイミングでデザインをはじめた頃は、デザイン自体は下手だったわけですが、仏師の師事時代の良いものを徹底的に見ること、見たことを真似すること、それによって身体感覚としての技術を養っていくことは、今振り返ってもデザインにそのまま転用できる武器でもあります。
また、ディレクション業では、話を聴くことや、その話のなかで相手が本当に求めていることを推測すること、情報を抽象化したり構造化するようなスキルは、他の未経験者にはない土台になっています。
究極的には、自分の人生で積み重ねてきた別の経験を、どう掛け合わせることができるか? がその人らしいデザインを作ることだと思っています。これを無理にアピール材料として計算高く伝えたりする必要はないと思います。
これはむしろ、その人らしさとして勝手に浮かび上がってくる個性の部分にあたるので、それはきっと相手の方も汲み取れるのではないかと思います。
未経験ということについて、マイナスなものと捉えるのでなく、すでにあるものをどう掛け合わせるか? というプラスの視点で考えられるといいです。
向き合うべきは「やりたいこと」より「欲望」

続いてのテーマは、「市場のニーズや自分のポジションは意識すべきか」。

宇都宮さん:外部環境を把握するのは前提ですし、その中で自分のポジションを相対的に認知するのも大事だと思います。そういう意味では意識すべきなんですが、実は自分はあまり意識していないんですよね。
市場の動きやトレンドは、あくまで外部の話ですから。外部ばかり見ていると、むしろコモディティ(他の誰かに代わりが効く、特徴のない存在)に向かってしまう気がして、結構怖いなと思っています。
さらに、この日のテーマである「やりたいこと」についても、意外な見方を示しました。

宇都宮さん:いわゆる「やりたいこと」って、実は力としてあまり強いものを持っていないんじゃないかなと。今自分が見ている世界はすごく狭いので、その狭い頭の中で考えた「やりたいこと」は、そんなにたかが知れているんじゃないかと思うんです。
では、何に向き合うべきなのか。ここで出てきたのが「欲望」という言葉でした。

宇都宮さん:向き合うのは、やりたいことより自分の欲望だと思っているんです。ついやってしまうこと、つい考えてしまうこと。「これについては黙っておれん」というもの。もっと究極的には、時間を忘れてやり続けられること。
そこに目を向けるのが、市場のニーズもポジションも全部抜きにして一番強い。しかも結果的に、ポジションを作る行為になるんじゃないかなと。
デザイナーの世界でよく語られる「作家性」の実態も、そこにあるといいます。

宇都宮さん:デザイナーの世界では作家性と呼ばれますが、その実態は欲望だと思っています。ある人はアニメーションに、ある人はタイポグラフィに異様なこだわりがある。それはポジションに見えて、背景にあるのは欲望で、突き詰めた末の結果なんですよね。
ただし、それは全員から好かれる行為ではないとも付け加えます。

宇都宮さん:これは、あらゆる人から好かれる行為じゃない。いわゆる「求められているデザイナー像」から外れていく行為だと思っています。
理想を言えば、求められているものにきちんと応えることはできる。そのうえで自分の欲望にも自覚的であるのが強いんだろうなと。求められた回答だけしか出せない状況は、AIの文脈で簡単に代替されてしまうので危険なんです。
だから欲望に対して目を向けて、嫌われることも含めて許容していく。そこが、人間であることの理由や、その人がデザインする理由になっていくんじゃないかなと。
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Q. 転職したものの、デザイン業務以外の社風の部分で精神的にきついです。何か人生のヒントをいただきたいです。
人間同士でも、どうしようもなく合わないことはありますよね。自分もどうしても合わない社風はあったので、これはしょうがない部分があります。そんなに無理しないでいいんじゃないかなと思います。無理に自分を当てはめようとすると、自分が持っているものや欲望の部分を見失ってしまうので、そこまで売り渡す必要はありません。
一方で、「こういう状況だと自分はしんどい」「こういう場合は能力を発揮する」は1つの情報です。意識的に蓄積したほうがあとの人生で役立つので、それくらいの割り切り方で、あとは程よい距離でいいんじゃないかなと思います。
「いつまで頑張ればいいのか」への答え

クロストーク最後の問いは、キャリア相談の現場で頻繁に出てくるものでした。

大澤:「まずは目の前の仕事に集中する」と言っても、結局どのくらいの期間頑張ればいいのか、というご相談をよくいただくんです。石の上にも三年じゃないですけど、3年は頑張ったほうがいいのかなと。

宇都宮さん:何かを習得したいなら、一定期間没頭することは大事だと思います。それがないと次の段階に行けない。ただ、期間で区切れるものではないので、そこはあまり答えられないですね。
その代わりに語られたのが、「経験は点ではなく線」という視点でした。

宇都宮さん:経験って、点じゃなくて線なんですよね。しかも、そのときには見えない。一生懸命やっていても、あとで振り返って初めて「あのときのことはこういう意味があったんだ」とわかってくる。
だから今の自分の狭い範囲しかない頭の中で「これを3年でやって、そのあとこうキャリアアップして」と刻んでいくのは、自分の可能性をより小さくしてしまうと思いますし、そのおもしろみも手放してしまう事でもあるのかなと。
スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式スピーチで語った、有名な「コネクティング・ザ・ドッツ」の話も引き合いに出されました。

宇都宮さん:「コネクティング・ザ・ドッツ」の話は有名ですよね。大学を中退して潜り込んだカリグラフィーの授業が、何年も後にMacの書体へのこだわりとして線でつながって、結果的にそれがWindowsに対しての唯一性を作ることになった。
変化が激しいから「こんなことをしていて大丈夫か」と思うのはわかります。ただ、目の前のことに向き合って自分の欲望に忠実になっていけば、あとでつながる部分は必ずある。あとになって「自分はこんなところにいたんだ」と気づくほうが、人生としてもきっと楽しいと思うんです。
その実例として、宇都宮さんは「このイベントに登壇していること」自体を挙げました。

宇都宮さん:今こうして話しているのもそうで、私は喋るのがすごく苦手なんです(笑)。人前に出るなんて数年前までは考えられなくて、常にお断りしていました。
それが1回ちゃんと向き合って話してみたら、意外にいいと言ってくださる方がいて。そこからまた話をいただいて、またそこから人に教える経験につながって。苦手なことに全力でやってみると、また違う自分が見えてくるんですよね。

大澤:何事も経験と言われますが、本当にそのとおりですよね。宇都宮さんのお話しを聞いて、皆さんへ伝わったのではないかと思います。
当日回答しきれなかった質問への回答
当日はお時間の都合上、すべての質問にお答えできませんでした。いただいた質問について、後日宇都宮さんに回答いただきましたので、あわせてご紹介します。
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Q.デザイン停滞期でも、日頃これだけはやっていたことはありますか?
自分の場合はそういうとき「良いものにたくさん触れる」ということをしています。
遠い参照でいうと、美術館に行く、映画を観る、音楽に触れる、本を読む、詩を読む、建築に触れる、なんでもいいです。ちゃんと時代による批評を経過して、良いとされているものに触れます。そうすると、ちゃんと自分自身の中に「良いもの」「良い体験」が蓄積されてきます。
自分の中にあるもののレベル感が、結局のところ自分の表現の基準となってきます。なのでまず「よいものに触れる」を意識するだけで、大きく変わってくるものがあると思います。
デザインに関しては、上手くいかなかったり、やる気がでないときほど、たくさん見るようにしています。
たくさん見ていると、そのとき行き詰まっていても、そのまま真似るというよりも、全然違うアイデアを思いついたりすることが多いです。
後は、デザインは見ているだけで楽しいので、「これいいな」「こんなに自由にやっていいのか」「自分ならこうはやらない」なども勝手に膨らんできます。そうこうするうちに、結果的にだんだん作りたくなってくる、という自家発電のサイクルに自分の場合は勝手に入っていきます。
上手くいかないときほど「たくさん見る・触れる」がおすすめです。見ること自体のモチベーションが沸かない、という場合、5分何かのサイトやデザインを見てみるだけでまずはいいです。すると、だんだんもっと見たくなってきます。
これはよく言われるように、人間の脳は「行動」を始めるとドーパミンが出てきて、もっと進めたい、と勝手にモチベーションにスイッチが入ってきます。その仕組みをなるべく意識するようにしています。「とりあえず5分デザインをみてみる」をおすすめします。
Q.宇都宮さんが自分のスタイルはこれだ、と考えているものをあえて言語化すると何になりますか? また自分のスタイルはこれかもしれないと感じたきっかけになったお仕事などはありますか?
これは実はとてもいいご質問で、今割と即答に近いかたちで自分が挙げられたのには理由があり、この問いにそれぞれ自分自身はどう向き合うか? とその回答の見つけ方に、自分のスタイルやらしさと呼べるものの鍵があると思っています。
こちらは10月16日開催のオフラインイベントに、きちんと時間を取って体系立ててお伝えできればと思っています。また自分の場合の例を当てはめてお伝えすることで、より具体化してお伝えできればと思っています。自分自身でも一冊の本を書くレベルの気持ちで向き合えたらと思っているので、ぜひこちらご参加いただけたらと思います。
Q.やりたいデザインと日々の業務にギャップがあったため、転職の際に自主制作をポートフォリオに入れましたがあまり評価されなかった経験があります。自主制作ではどのようなことを気をつければよかったのでしょうか?
クライアントワークの場合は、相手がおり、目的があり、課題があります。そしてクライアントからの自分に対する期待値があります。その制約の中で、最大限にできることを模索していく行為です。
ただ自主制作の場合は、すべてにおいて自分に判断が委ねられるので、考える幅も深さも全く異なります。特に対話する相手が「クライアント」ではなく「自分」になってきます。そのため自由度が全く違ってきます。
特に、自分の好きなものを歯止めなく全部詰め込もうとすると、これは自分もやりがちですが、他者には共有しにくい、自己満足的なところに偏りやすく、着地させていくことの特有の難しさがあります。自分もその距離感の難しさから、自主制作については上手くできていないのが実情です。
なので、そんな自分がなにか言うのもおこがましいのですが、アプローチとしては「自分の好きなものを全部入れ込む」というより、「実験として自主制作を捉える」という考え方にまずずらしていくのが、良いのではと思います。その視点でうまく自主制作が進められている人は、多くいます。
その実験集のようなものをアーカイブしたサイトを作っていくと、他者に対して、自分の意欲の高さや作ることへの純度の高さ、好きな方向性などが示されてくるため、転職や仕事に結びつきやすくなってくるのではと思います。
Q.宇都宮さんはどのような情報を日頃チェックしているのかが気になります。また、チェックにどれくらいの時間をかけているかも知りたいです。
Webデザインについては、見ること自体が好きでほぼ趣味みたいなところがあるので、あまりインプットのような感覚はありません。
なので正直に言うと、自分が日々キャッチアップしている情報自体は、特別なものではほとんどないと思います。むしろトレンドへのキャッチアップという意味では、自分は遅い方だとすら思います。
ただ、これは自己正当化の部分もあるかもしれませんが、トレンドに敏感であればあるほど、実は均質化に近づいていってしまう傾向も一部あるのでは? とも実は思っています。
たとえば、Awwwardsに掲載されているサイトをみて、Awwwardsっぽいサイトを摸倣し作ってしまう。そこに対して無自覚となってしまう。そういった視野の固定化への可能性が常にあることを客観視する必要があります。
なので、インプットという意味では、これは有名な話ですが手塚治虫の「マンガからマンガを習うな。一流の文学を読め、一流の映画を見ろ、一流の音楽を聞け、一流の演劇を見ろ、一流の絵画を見ろ、一流の建築に接しろ。そして、それらのものから自分の新しい文化をつくり出せ。」の言葉が一つの分かりやすい真理だと思っています。
極力色んなジャンルにおける「良い」と時代の批評を通過してきたものの方に注目して、触れるようにしています。
参加者の声
イベント終了後のアンケートに寄せられた声をご紹介します。
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- 自分では思いつかないような考え方やたとえ方に「なるほど!」となり、とても参考になりました。
- 自身の視野の広さを自覚することや、デザイナーの概念を狭義で捉えず「好き」を軸に進めば良いこと、など気持ちが前向きになれました。
- 等身大のリアルなお話が聴けた点が良かったです。デザイナーとしてのスタートが遅かったり、何か一点秀でていることがなかったり、そんなリアルな悩みに寄り添うようなお話に励まされました。話し声がすごく心地よくて、ラジオのように楽しく聴けました。
みなさんの感想やご意見は、今後の企画に反映していく予定です。さまざまなご意見、ありがとうございました!
まとめ:遠回りは、あとから線になる
今回の約1時間半で印象的だったのは、「やりたいこと」を叶えるために市場を読むのではなく、自分の欲望に忠実であることが結果的にポジションを作るという宇都宮さんの一貫した考え方でした。
そしてもう1つ、繰り返し語られたのが「経験は点ではなく線」という視点です。仏師の弟子入り、20社の書類選考落ち、「デザイナーには向いていない」という言葉、体調の悪化と休職。それらは当時、行き止まりに見えたはずです。でもそれがいま、KEI inc.という形につながっている。
「AIに代替されない価値とは何か」が問われる時代に、A案の正しさだけでは足りず、「私はこう思う」という責任と欲望を持てるかどうかが分かれ目になる。その意味で、いま2〜3年目で悩んでいる時間そのものも、あとから振り返れば線の一部になっているのかもしれません。
なお、本イベントのオフライン開催「宇都宮勝晃氏(KEI inc.)と探る、デザイナーの「スタイル」の見つけ方・育て方【トーク&交流会】」を10月16日(金)に開催します! 詳細・お申し込みはこちらの記事をご確認ください。 宇都宮勝晃氏(KEI inc.)と探る、デザイナーの「スタイル」の見つけ方・育て方【トーク&交流会】10/16(金)@LIG本社
LIG Agentでは今後も、クリエイターのキャリアに役立つイベントを定期開催していきます。公式LINEにご登録いただくと、イベント情報をいち早くお届けします。ぜひご登録ください。
「やりたいデザインと、求められる仕事の折り合いがつかない」
「自分の市場価値が、いまどのくらいなのか知りたい」
今回宇都宮さんが語ったように、キャリアの意味はあとから線になって見えてきます。LIG Agentでは、あなたの経験や強みを一緒に整理しながら、次のキャリアを考えるお手伝いをしています。
今すぐの転職をお考えでなくても、自分の市場価値を知るために相談してみたいといった方も大歓迎です。ぜひお気軽にご相談ください!