こんにちは。編集部のまゆこです。
“弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。”(※1)この言葉は、弁護士法一条一項に記載されている、弁護士の使命です。
弁護士業界は近年、広告代理店、Web制作会社、システム開発会社など、多くの企業が参入を試みている市場です。しかし、「 “魅力的な市場だから” という安易な気持ちで参入する会社さんは、お客様に支持されないでしょう」と言うのは、弁護士ドットコム株式会社で取締役弁護士経営支援ソリューション事業部長を務める渡邊氏です。
では、 “専門家をもっと身近に” という理念を掲げる弁護士ドットコム株式会社では、どのような事業展開をしているのでしょうか。利用している弁護士の数が10,000人を超える日本最大級の法律相談ポータルサイト『弁護士ドットコム』をスケールさせた中心人物の1人である渡邊氏にお話を伺いました。
(※1)引用元:弁護士法(昭和二十四年六月十日法律第二百五号)
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人物紹介:渡邊 陽介氏 2004年早稲田大学社会科学部卒業。同年エン・ジャパン株式会社に入社し、中途採用支援事業部の営業に従事。その後、株式会社イトクロにて新規事業の立ち上げ、株式会社オロにてクラウド型ERPパッケージのセールス・マーケティング、導入に従事。2012年5月に当社入社、2015年10月に就任した執行役員を経て、2016年6月に取締役へ。 |
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「大前提を理解しないと、営業も啓蒙もできない」“困っている人の力になる” ことが弁護士の存在意義
専門家をもっと身近にするために設立された弁護士ドットコムですが、同社は弁護士業界にどのような課題を感じていたのでしょうか。
- 渡邊
- 弁護士業界は規制が多く、2000年までは広告出稿、HPを持つことすら禁止されていました。従来は、市民が弁護士に相談をするためには、人の紹介か、あるいは敷居の高い弁護士会へ相談に行く必要があったのです。
現在は当社のようなプラットフォームや、弁護士の先生方もご自身でHPを作成したり、広告でプロモーションを行ったりすることで、市民が弁護士に相談するということに対する心理的ハードルは少しずつ緩和されてきているのではと思いますが、それでも全国約14,500の法律事務所でHPを有しているのは38%(2015年8月弁護士ドットコム独自調査)。
まだまだ市民から見て、どの弁護士がどういった分野に知見を有しているのか、力を入れているのかを知ることは容易ではない状況です。
高度な専門性を有する弁護士ですが、その弁護士においても扱う分野には違いがあり、「心臓外科医と歯医者くらいの違いがあると言っても過言ではありません」と渡邊氏は話します。
- 渡邊
- 高度な専門性を有する弁護士ですが、その弁護士においても扱う分野には違いがあり、心臓外科医と歯医者くらいの違いがあると言っても過言ではありません。
ITリテラシーの高い一部の弁護士は、広告やインターネットを積極的に活用しており、知名度が高くなっています。反対に、経験豊富で高度な専門性を有する伝統的な弁護士の中には、広告やインターネットの活用に消極的な方も少なくありません。そういう弁護士の存在が世の中に認知されないと、困っている市民が “最適な弁護士を知る機会” を逸してしまう。
深刻な悩みを抱える市民が、自分の悩みを解決してくれる適切な弁護士を選択できるよう、より弁護士の先生方の情報提供を促し、そのためのインフラを整えていきたいと考えています。
では、元榮氏を含む弁護士ドットコムのメンバーは、どのような立場で本サービスを運営しているのでしょうか。
- 渡邊
- 企業の代表でもあり、弁護士でもある元榮は、日本弁護士連合会(以下、日弁連)や単位弁護士会の考えを尊重しています。つまり、テクノロジーによって革命を起こすのではなく、日弁連や単位弁護士会とともによりよい弁護士業界を創っていくというスタンスです。
弁護士業界の歴史、規制の背景も含めて、弁護士業界を理解しながら、弁護士である元榮がジャッジをして、事業を進めています。一方的な作り手の論理で物事を進めることはありません。
“日弁連の考えを尊重”するという大前提のもと、弁護士ドットコムを展開することに成功した元榮氏。「弁護士は法律の専門家であって、ITやマーケティングの専門家とは限らない」を理解し、情報提供や説明を丁寧にしていくことで、サービスを利用する弁護士は順調に増加しています。
- 渡邊
- 弁護士は論理的ですし、モラルも高いです。 “困っている人の力になる”ことが弁護士の存在意義ですから、経済的メリットだけを捉えて利用するという概念が基本的にありません。
だから「これは儲かりますよ。なぜ利用しないのですか?」っていうコミュニケーションはダメです。彼らの使命感を尊重しながら、きちんとご理解をいただく。そういう“大前提”を理解したうえじゃないと、営業も啓蒙もできません。
では、弁護士の使命と存在意義、その体現を支援する弁護士ドットコムは、私たちにどのような価値をもたらすのでしょうか。
- 渡邊
- 私たちは、法律相談という悩みを抱えた市民と、それを解決することができる弁護士のためのプラットフォームです。単なる集客・送客メディアを運営しているつもりはありません。原則としてユーザーオリエンテッドですが、最終的に困っているユーザーを救える弁護士からの支持を得られなければ、ユーザーへの価値提供ができません。
ときには理解を得るため、貴重なご意見をいただき、常に弁護士とユーザーとの対話を重視して事業を運営しています。
“お客さまは弁護士” という明確なミッションを遂行するため、約1万4,500ある法律事務所を全て調べた
2005年に会社が設立されてから約9年後の2014年12月にはマザーズ上場を果たした弁護士ドットコム。事業をスケールさせた中心人物の1人である渡邊氏は、入社したばかりのころを「火の車状態だった」と振り返ります。
- 渡邊
- 代表の元榮は “できる範囲で少しでもいいものを” と、マネタイズを急がなかったので、待っている期間が長かったんです。ですから、弁護士ドットコムをはじめてから8年間は赤字の状態でした。私は2012年の5月に入社したのですが、最初の1年は特に苦労しましたね。
当時の弁護士ドットコムは100万UUくらいのサイトだったので「今あるものをマネタイズする」って言いながら、僕が1人でバナー広告やメールマガジン広告を売ったり、タイアップ広告を企画してスポンサーを探したりしていました。
入社した年に今の基幹サービスの原型となる弁護士事務所の分野別特集ページをつくっていたのですが、自分で企画をして、事前のプレリサーチをして、ワイヤーを書いて、営業して、受注して、取材して、原稿を作成して、フォローをする、というのを1人で対応する状態が続いて。営業や納品、フォロー、企画とそのためのリサーチも自分でやるしかないので、営業として数字を追いかけられる時間も限られた状況でした。
なかなか組織体制も整わない中で、1つの転機が訪れます。
- 渡邊
- そんなときにDGインキュベーション社(デジタルガレージ)から出資を受けて、事業会社経験や、投資家としても経験豊富なアドバイザーが経営に参加してくださいました。
そこから弁護士ドットコムの商品企画がもう一度スタートしました。従来のようにマーケティングに大きな予算を有する限られたクライアントから数十万円〜数百万円をいただくより、なるべく多くの弁護士に対して価値を提供し、少しずつ料金をいただこうと。
決して効率が良いやり方ではありませんが、それが当社にしかできないことではないかと考え、現在の事業へ方針転換したのが2013年の5月でした。
さらに、事業を進めていくうえで、「かなりのパワープレーもしました」と話す渡邊氏。
- 渡邊
- 弁護士業界には規制があり、まだ事業者規模が大きい市場ではないので、データがあまりありません。ですので、夏のお盆休みに部門のメンバー全員で、約1万4,500ある全国の法律事務所がWebサイトを持っているかどうかを全て調べました。
かなりのパワープレーでしたが、きちんと調べたことによって、私たちはマーケティング上の1つの有益なデータを得ることができました。集計したデータを属性ごとにセグメントを分けることができた。やっとそれぞれの弁護士に対して、適切なアプローチすることができる準備が整った、という感じですね。
余談ですが、弁護士のWebサイト保有率は38%でした。他の業界に比べると、かなり少ないな数字だと思います。だから、今まさにWeb制作会社やコンサル会社、広告代理店がブルーオーシャンと考えて参入しはじめている市場でもあります。
マネタイズを急がなかった事業をイチから整え、現在の弁護士ドットコムの基盤を構築した渡邊氏。これらを可能にしたモチベーションとは、一体何なのでしょうか。
- 渡邊
- 私が弁護士ドットコムに入社したのは、代表の元榮が魅力的というのもあるのですが、プラットフォーム型のビジネスをやりたかったからです。当時の弁護士ドットコムは社員も少なく、会社自体がこれから発展するフェーズだったので、自分がプラットフォームを創るところに思いっ切り携われると思いました。
当時はインターネット業界でもIT業界でも注目されている業界とは言えませんでしたが、その業界におけるパイオニアであることは間違いなかった。
「最初は断り文句だと思った」法律事務所の生産性を上げていく必要性
そして「ほんの数年で劇的に業界が変わっているので、 “市場を見ながら、仕事ができる” 」ことにやりがいを感じているという渡邊氏。では、 “弁護士と一緒に市場をつくっていく” ことを目指す弁護士ドットコムは、今後どのような人材を必要としているのでしょうか。
- 渡邊
- 単に「売れればいい」という営業マンは求めていません。ただの営業ではなく“一緒に市場をつくっていく”、“業界を変えていく”っていうところにダイナミズムや、やりがいを感じてくれる人が合うと思います。
うちの営業は弁護士への理解・共感とモラル、ビジネスマインドのバランスも重要です。
変化が多い市場を相手に、課題は山積していると思いますが、それを “全ての弁護士とともに” どのように解決していくのでしょうか。
- 渡邊
- 弁護士って事務所から一歩外に出てしまうと、社内の人間でもいつ戻ってくるのかわからないということが頻繁にあります。僕が営業に行ったとき、最初は断り文句だと思っていたら、スケジュールを管理するホワイトボードすらなくて「本当にわからないんです」って、事務員の方はおっしゃっていました。
2004年に弁護士の報酬規制が緩和されて「企業が成長していかない限り、弁護士の需要も増えない」という考え方のもと、スタートアップ企業を支援する弁護士も増えてきています。労働問題で訴えられた場合、投資契約書、M&A、倒産、債権、いろいろあると思うんですけど「もっと僕たち(弁護士)が役に立てることは、たくさんあるはずだ」と、皆さんおっしゃっています。
業務支援ソリューションで弁護士、ひいては法律事務所の生産性を上げていきたい。その領域に踏み込みたいですね。
世界情勢と時代の流れとともに、弁護士1人ひとりに改革が求められているのではないでしょうか。
そして、「法律や契約書は、弱い立場の人のためにあると思うんです」という渡邊氏の発言からは、弁護士という職業は私たちの生活に寄り添う存在であることがわかりました。