はじめまして。
フリーのカメラマンをやっている栗 原平という者です。
以前LIGさんでちょこちょこっと撮影のお仕事をさせていただきました。
カメラマンと言っても、それで得られている収入で考えれば、まだまだニートみたいなものです。(実家住まいですし)
私事ですが、先日湯島にある旧職場のスタジオを借りて、今年1月から始めた湿板(しっぱん)写真の撮影イベントをやりました。
今回は、湿板写真やそのイベントについて書いていきたいと思います。読んでもらえたら嬉しいな。
目次
湿板写真とは?
まずは湿板について、説明したいと思います。
写真感光板の一。ガラス板にコロジオンの膜を作り,硝酸銀の溶液に浸して感光性を与えたもの。1851年イギリスの F = S =アーチャーが発明。ぬれたままでカメラに装着して撮影する。↔乾板
引用元:湿板(シツバン)とは – コトバンク
https://kotobank.jp/word/湿板-521658
あまりよく分からないですよね。
ざっくり言ってしまえば、ガラスや金属板に薬剤を塗り、そこに像を写す技法のことです。この説明で8割方OKなのですが、知的好奇心が盛んな人のために詳しく説明しますね。
撮影技法の歴史
湿板写真について説明するには、撮影技法の歴史について振り返る必要があります。
ざっと写真の歴史を振り返ったとき、「湿板→乾板→フィルム→デジタル」となるので、実は三代も前の技術なんです。
湿版写真以前にはダゲレオタイプという撮影技法があったのですが、撮影時間が湿版よりはるかに長く、加えて高価なものだったそう。
湿板は、先述した通り1850年代初頭にフレデリック・スコット・アーチャーによって発明されたもので、ガラス板や金属板に薬剤を塗り、それに感光性を持たせてフィルムとして使う撮影技法です。
実はこれ、日本で初めて実用化された技法なんです。
よく歴史の教科書などにあるような坂本龍馬や明治天皇の写真は、湿板によって撮影されたもの。江戸時代末期から明治期はじめの当時は、海外への土産として写真を撮ることもあったそう。
湿版は安価で撮影後あまり時間をかけずに手渡せることから流行しましたが、1つ大きな欠点がありました。
湿板の欠点
湿板の大きな欠点、それは湿版の文字にある「湿」にあります。
湿板は撮影時にガラス板が濡れている必要があり、液が乾いてしまうと像は浮かび上がってきません。この制限により、スタジオ撮影では問題ないのですが、野外での撮影には機材・薬剤一式をすべて持ち歩かなければなりませんでした。
アメリカ南北戦争時代の従軍カメラマンたちは、馬車に撮影機材を詰め込んでいたそう。
このような欠点があるため、のちに開発された「乾板」写真によってそのシェアを奪われていきます。その乾板は、より高感度になったフィルムへと取って代わり、さらにそのフィルムは現代その役割をデジタルカメラによって奪われました。
なぜいま湿板という撮影技法なのか?
やってみるとわかりますが、湿板は1枚の写真を撮るのにすごく手間がかかります。
いまのデジカメは1秒間に何枚も撮れて、さらにそれをすぐにディスプレイで確認できますが、湿板は1枚撮るのに準備など諸々含めて大体20〜30分ほどかかります。
また、ボタンを押せば写って当たり前のデジタルの世界とは比較にならないほど、失敗も多いです。
では、なぜ今ふたたびこの古びた、ほとんど絶滅したような技術を使う必要があるのでしょうか。
それは、この技法によって得られる像の美しさだったり、デジタルや紙にはないガラス板そのものの物理的な重量感だったりという魅力があるからです。自分の失敗の多さに驚愕しながら、私は湿板全盛期を支えていたカメラマンの技術力の高さに敬服するほかありません。
湿板写真の実例
あれこれ説明しましたが、どんな写り方をするのかなど気になるかと思うので、手前味噌ですが、練習で撮った湿板写真の実例を何点か見てみましょう。
イベントを手伝ってくれたダニー
一見、「明治時代に日本へ布教しにやってきた宣教師の写真が、蔵の奥底から発見された」みたいな雰囲気の写真ですね。このようにどうしたって今風の写りにはならないのが、湿板の魅力と言えるかもしれません。
ぼくの両親
両親は2人とも日本人ですが、モンゴルでヤギ乳を分け与えてくれそうな写り。
湿板写真では、どうもアジア人の肌がやや暗めに写る傾向があります。もっと細かく言うと、メラニン色素の量が関係しているんですけど、ここでの説明は割愛しますね。
ぼくの自撮り
アクション映画『ザ・レイド』に出てくる、雑魚キャラのギャングのような雰囲気ですね……。ちなみに、露光時間は25秒。つまり25秒間直立不動でいたということです。(しんどかった)
マンションから撮った板橋の街並み
ぼくのマンションから撮った板橋区の街並みですが、UFOのような黒い影が写り込みました。これは、薬剤をガラスに塗る際に失敗してそこだけ穴ができてしまった状態です。
今年の桜
自分としてはとても綺麗に撮れたので気に入っていたのですが、つい気がはやってアルコールランプで乾燥している最中にガラス板を割ってしまいました。
一瞬なにが起こったのかわかりませんでしたが、すぐにやっちまった……と悟りました。来年の桜は、こんなミスしないようにしたいものです。
実例をいくつか見ていただいてわかったかと思いますが、湿板写真は予期せぬ失敗がものすごくたくさんありますし、起こってしまいます。(もちろん、ぼくの未熟さにも由来するのですが)
イベント開催にあたって
さて、成功するかもわからない未知のことだらけの技法を使ってイベントを催すには、いろいろな不安がつきまといます。
不安なこと
とにかく「実際に像が写るかどうかわからない」ということ。
マニュアルどおりに薬品を調合しても、すんなりとうまく像が作れるわけではありません。薬品は、調合後なにもしていなくても刻一刻と状態が変化していきます。前日うまく撮れたからといって、翌日も同じ結果になるとはまったく保証してくれません。
イベントの流れ
イベントの流れは下記のとおり。
- 訪れてくれた方々のポートレート(肖像写真)を撮る
- 像の写ったガラス板を木製フレームに収める
- どうぞお持ち帰りください
(破産したくないので、ある程度のお代を頂戴しています)