「親切」を追い求めて花になった一人の男 “づや” のおはなし

「親切」を追い求めて花になった一人の男 “づや” のおはなし

さえり

さえり

とある会社で、もう何年も咲きつづけている花がある。
その名は「づや」。

社員たちも入社当時は不思議に思うものの、周りと打ち解け会話が弾むようになったころには「づや」がなぜいつまでも枯れないのか、そんなことは忘れてしまうようだった。

ところが——

「あの、このお花のことなんですけど」

ある日、とある新入社員がふと尋ねた。

「このお花、なんでずっと咲いてるんですか……?」

その瞬間、だった。

ふいにオフィスの景色が消え、白い煙が辺りに立ち込めた。
そして、どこからともなく老婆が現れ、新入社員のもとにそっと近寄りこう言った。

——この花の秘密を知りたいかい……?

そのひどくしゃがれた声は、心の中に直接呼びかけるようにつづける。

——いいだろう、話してやろう。ただし、誰にも言ってはいけないよ……

「づや」が花になるまでのおはなし

もともと、「づや」はただの男でした。どこにでもいる、ありふれた、“ただのエンジニア”。

その日、づやは考えていました。
どうもここ数日、心の中がずっと晴れなかったのです。

エンジニアの仕事に就いて、もうかれこれ10年。ある程度の物事ならコードで解決できるようになりました。

しかし、いくらづやがスケーラブルWebサイトの構築やリアクティブプログラミングができるようになっても、心のモヤが晴れることはありませんでした。

ぼくに足りないものはなんだ……? デザインパターンやUMLはもう取得した。もうトイレでもFacebookログイン機能を実装できるほどだ。それなのに、なんなんだこの心のざわつきは……?

そのときでした。

「すみません」

「ちょっと道をお聞きしたいのですが」

「それならあちらです」

「とっても助かりました。ありがとうございます!」

……。

……ハッ!?!?

なんだこれは……?

づやの体にエネルギーが満ち溢れます。言葉で表せないような喜び。それはづやが初めてコンタクトをつけたときの衝撃に似ていました。視界がすっきり晴れ、今まで見えていなかったものに気づく、あの瞬間。

こ、この感覚は……?

体に電撃が走ったかのような感覚。とはいえ、何が自分をそうさせるのか、づやはまだ気づいていませんでした。

「ゴホンゴホン!」

オフィスに戻ると同僚が咳をしている音が聞こえ、づやは体の芯が突き動かされるような気持ちになりました。

「今すぐ彼に渡さなければならないものがある」

使命感にも似た感情が胸のうちにメラメラと湧き上がります。それは寝る前に、トイレにいきたいようないきたくないような……眠いし寝ちゃいたいけど、途中でトイレに起きたら嫌だし……と逡巡したのちトイレにいくときのあの感覚に似た使命感でした。

いてもたってもいられず、彼は手元にあったのど飴を掴み取り、同僚の元に走って向かいました。

「ほら……」

「これをお食べよ……」

「あ、ありがとう」と同僚が飴を受け取ったその瞬間……。

あ、ありがとう……!?!?!?

づやの足の指先がぶるりと震えました。それはづやが今まで体験してきた、「笑い」「悲しみ」「喜び」「憂い」、そのどれとも違うような震え。

これだっ!!!!!

ぼくが長年求めてきたのは、Java や Swift や Go ができるようなことではない!

「ありがとう」

この言語だったんだ……!!!
ああ、なんて愚かなんだろう。この喜びはまるで花であり、母親であり、空であり、宇宙であり、そして生命の根源のようではないか——?

この日を境に、「づや」はありがとうの喜びを知ったのでした。

それからというもの、づやは困っている人に「親切」をたくさん届けました。
ただただ「ありがとう」という言葉が欲しかったのです。

「あー、仕事疲れたなぁ」

…スッ。

「画面、暗くなってたよ」

「あ……。ありがとうございます……」

「あ、ありがとう…か……!」

「ありがとう」の一言を受け取るたび、つま先から髪の毛の先までが体から独立し、くすくす笑いをたてるような感覚に陥るづや。可憐で清廉なこの気持ち。もっとこの気持ちを感じたい。

その想いは、づやの「親切」をさらに加速させました。
同僚がトイレに行こうと席をたてば……

「いつもに比べて、トイレの回数が2回少ないです。具合でも悪いんですか……?」

「え? あ、ありがとう。でもだいじょうぶだよ」

「あ〜〜〜りがとうだって〜〜〜〜〜!!!」

「あっ、そこのきみ。ちょっと止まって」

「パーカーの紐、右のほうが短くなってるよ……」

「あ、ありがとうございます……?」

「あ、り、が、と、うぅぅぅぅうう!!!!!」

づやに伝えられた「ありがとう」は彼の全身を震えさせ、心に花を咲かせ、そして宇宙の果てから地球を包み込んでいるような、そんなやわらかな気持ちにもさせました。

しかし、そんなづやの幸せな日々は長くは続きませんでした。

彼はぶち当たってしまったのです。「本当の親切とは何か」という哲学的な問いに。

「ぼくがやってきたことは、本当に『親切』なのだろうか。そもそも『親切』ってなんだろう。人のために何かをする自分が好き、それは結局のところ自己満足ではないだろうか。自己愛? 友愛? 人類愛? ぼくの愛は、一体どこに……?」

「そもそも今までのぼくは『解決すること』と『コードを綺麗にすること』だけを喜びとしてきた。それこそ、ワンダフルパーソナルコンピューターボーイ feat. PHP と呼ばれるまでに……。

だけど今、『ありがとう』という言語にうつつを抜かしているようなものじゃないか。本当にこんなことでいいのだろうか?

ぼくはエンジニアになるとき、何よりもコードが好きだと思ったはずだ。だからぼくはエンジニアになったんだ。でもいまは、なによりも『ありがとう』が好きだ。こんな気持ちでエンジニアを続けるわけには……」

ハッ! そうか!!!

「俺はもうエンジニアから『ありがとう職人』に転職したいのかもしれない!
この地球に『ありがとう』を! もっと『ありがとう』を! SAY ありがとう! YES ありがとう! I NEED MORE THANK YOU!

 

東の空がすっかり白むころ、づやの心のモヤもすっかり晴れていました。
それは忘れ去られた鉢植えでひっそりと咲いた花が、朝を迎え目を覚ますときのように、穏やかで、そして美しい気づきでした。

これしかない、そうづやは固く決心しました。
こうして彼はエンジニアから、『ありがとう職人』へと生まれ変わったのです。

その後、づやは自信を持って、さまざまな親切を繰り返しました。もう、彼が迷うことはありません。だって自分の進むべき道をしっかりと見い出したのですから。

ときには、寒い日に外出する女性社員の靴を温めたり、進んで同僚の椅子になったりする日もありました。周囲の非常にニッチな親切需要にも応えていきました。

 

来る日も……

 

 

来る日も来る日も……

 

 

づやは、親切を……

 

繰り返したのです……

 

親切、そして耳に届く『ありがとう』。
その響きはづやに、まるで子やぎが初めて牧舎の窓から太陽を見つけたときの足どりのような爽やかさを与えました。

花が光合成をするかのように彼は『ありがとう』を浴び、そのたびに何度でも生命を授かるような優しい気持ちになったのです。

ありがとう!

ありがとうありがとう!

ありがとう! ありがとう! ありがとう!

ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう!!!

ありがとう……

ありが……

とう……

パシュッ……

こうしてづやは、一輪の花になりました。
それはそれは美しい花でした。

『ありがとう』の光だけで永遠に咲き続ける「づや」。
それは、思わず人々がスマホを取り出し、写真をSNSにアップして「いいね!」を稼ぎたくなるような輝きでした。

 

パシャッ……

 

「……あれ? わたし今まで何してたんだっけ……? 寝ちゃってたのかな……? あ、やば、仕事……!」

——こうして聞いたあとはすぐに忘れてしまうづやのお話。
親切にしすぎて花になった男がいることを、今ではだれも知らないのだという……。

今日もとある会社で、づやは咲き続ける。誰かの「ありがとう」を体いっぱいに浴びつづけながら。

受け継がれるづやの「ありがとう」

〜あるアプリのリリース発表日〜

記者:「旅程表を自動で取り込むだけで、空港から市内までのアクセス方法や両替レートがわかるアプリを発表したそうですね。これさえあれば初心者でも安心して海外旅行ができそうですが、どうしてこのアプリを作ったのでしょうか?」

「そうですねぇ……作ったキッカケはこの花の存在、とでも言いましょうか」
「そう、これを見てるとなんだか人に親切にしたくなって」
「なんでか、わからないんですけどね」
「座右の銘ですか? そうですね、『ありがとう』です」
「わ、実はぼくもです!」
「なんだ、おまえもかよ……」
「先輩もだったんですね!」
「「あははははははははは」」

 

受け継がれていく、づやの光。『ありがとう』の輪。
彼らのように人が人に親切であることを忘れないかぎり、づやの花は今日もあなたのそばで咲きつづける——

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旅行会社の予約確認メールを転送するだけで内容を自動でアプリのスケジュールに取り込み。海外の両替所情報や現地空港から市内までのアクセス方法など、最新の現地情報が得られる掲示板を見ることができます。(▷詳しい機能はこちら

 

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編集者のさえりです。寝ている時以外は、いつも眠い女です。 雨の音と、他人の妊娠ブログと、あとはちょっぴりシュールなものたちが好きです。

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