Web事業部実績紹介
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2011.01.23

ららら。

たか

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祖母が先週他界した。

両親とも仕事をしている家庭で、祖父母が近くに住んでいる環境だったから、小さかった僕は結構な確率で祖父母の家に預けられてた。
風邪引いた時とか、幼稚園やら小学校低学年の時とか。

近しい友人や祖父が他界した時にも薄々感じてはいたけど、先週の水曜の深夜、祖母が他界したと聞いた時にやはりと、再度思った。

僕は悲しいという感情が希薄だ。
もう会えないということに対して、もの凄く寂しいと思うけど、涙は出ない。
電話越しの母親は涙声だったけど。

自分でも何でなんだろうなと思う。
いっそのこと、感情豊かに号泣出来たら楽なのに。

微熱がずっと続く風邪みたいな感覚でひたすら寂しくなる。。
全然動けるし仕事もいつも通り出来るけど、ちょっとダルい・・・みたいな。

そのせいにしてはいけないけど、木曜と金曜は寝坊した。
夜にどうしても色々と考えてしまうからいつもより遅くまで仕事してたりで、中々寝ようとしなかった。それでも大抵、平日の朝は起きれるのだけど2日連続完璧に寝坊。
どうしようもない。

祖母は誰にでも構わず、言わなくてもいい事でも、思ったことは何でもズバズバ言う。ズバズバだけならまだしも、ちょっと言い方にクセがあって、厳しい時もあるから苦手な人は苦手だったと思う。
でも、僕も意外とズバズバ言うし、何を言われてもあんまし気にしないから、祖母といると凄く楽しかった。

お喋りで心配性で皆で賑やかなことが好きな人で、僕が小さい頃から学生の頃まで、色々と話をした。
当時、僕の家の前に祖父母の家があって、祖母と話をするのが好きだったから、多分、祖母と一番仲良かったのは僕だったと思う。

20才前後の学生の頃の僕は、髪の毛が金色だったり、葉加瀬太郎みたいにモジャモジャだったりしてたから、ほぼ毎回、「そんな頭して、みすぼらしいから刈ってやろうか?」「そう?まぁそのうちね。」から会話が始まる。
で、祖母が近所のおばちゃんの話やら田んぼの話をする。大抵はエンドレスにループするから、3回目のループ位になったら、「ばーちゃん、その話3回目だよ笑」ってツッコむ。

まぁ何と言うか、取り敢えず祖母のことが好きだった。
もう2度と話せないと思うと寂しいし、にかって笑う顔をもう一回見たいと思う。
楽しかった思い出は大事にする。

泣けなくてごめんな。。。

・・・と思って色々書いてたら少し泣けてきた。
凄い時間差だな。