CREATIVE X 第2弾
CREATIVE X 第2弾
2018.09.26

プラモデルができない人でも家をつくれる!「Kitchen Usuda」流の移住方法論

みなさん、こんにちは。ゲストハウスLAMP豊後大野・スタッフの山下清です。僕は昨年の7月に、東京から大分県豊後大野市に移住してきました。移住を考えたときに漠然とした不安に襲われたこともありましたが、その不安を少しずつ取り除いてくれたのは先輩移住者の存在でした。

今回は、東京から大分県豊後大野市緒方町に移住し、大人気のパン屋「Kitchen Usuda」を営む店主・臼田朗さんに、地方への移住を成功させるために必要な家・仕事・地域についてうかがいました。

人物紹介:臼田 朗
1966年、東京板橋区生まれ。父親が経営するパン屋に携わったのがきっかけで、パンの世界に入る。広尾、銀座のパン屋で経験を積み、結婚を機に大分県の山奥へ移住。店舗デザインからパン作りまですべてを手がけ、パンとケーキのお店「Kitchen Usuda」と「Yama Cafe」を経営。2013年6月には大分県竹田市に2号店となるパン屋&カフェ「かどぱん」をオープン。独学で自家製酵母を学び、ヨーロッパの伝統的なパンを中心に、菓子パン、焼き菓子、ケーキを展開している。

本業は釣り師。副業がパン屋。

――今回は、臼田さんが移住をして事業をおこした現在までの道のりと、地方へ引っ越したあと、どうすれば仕事を含めた生活ができるのかについてお聞きできればと思います。よろしくお願いします。さっそくですが、臼田さんは何年前に移住されたのですか?

臼田さん:1995年に大分県へ移住してきたので、ここに住み始めてもう23年になるかな。

――地方へ移住をしようと思ったきっかけはあるのでしょうか?

臼田さん:子育てとかかな。結婚して子どもの育て方を考えたときに、自然のなかで子育てをしたいという妻の思いもあって。無農薬のお野菜はお金を払えば買えるけど、お水や空気はお金払っても買えないでしょう。

――日本全国いろんな地域があるなかで、なぜ大分県豊後大野という町を選んだのですか?

臼田さん:実は先に妻の妹夫婦が先に緒方町(注:現在は合併して豊後大野市緒方町)へ移住していて。それで「遊びに来なよー」って言われて来てみたのが始まりだね。来てみたら田んぼとかの景色がすっごく良くて、そこに惚れちゃったんだよね。

――この地域は山々に囲まれているから農業が盛んで、棚田があったりしますよね。僕も田んぼが並んでいる風景にとても感動しました。でも、なぜ周りに森しかない山奥でパン屋を開いたのでしょうか? 緒方町でももっと中心地のほうなど選択肢があったかと思うんですが……。

臼田さん:うーん。周りに家がなかったからかな(笑)。

――え? 周りに家がなかったからですか?

臼田さん:もちろんパン屋の立地も考えていたけど、それよりも自分たちの理想のライフスタイルがここなら実現できると思って。家を案内してくれた市役所の人には、「パン屋を開くならここがいいですよ」と駅前を薦められたけどね(笑)。

――そうは言っても山奥でパン屋を開業して生活を成り立たせようというのはなかなか勇気がいることだと思います。

臼田さん:まぁ、あんまり考えてなかっただけだよ。あとは釣りができるからかな。僕は釣りが好きで、とにかく釣りがしたいという思いがあったんだよね。そこにたまたまパンをつくる技術があったから、現金収入としてパンをつくっているのね。だから、本業は釣り師、副業はパン屋だと思っているんだ。

 

プラモデルもできなかった人が、家とお店を自分でつくった。

――移住者として、まず初めに気になるのが家のことなのですが、家はどのように見つけたのですか?

臼田さん:市役所のまちづくり推進課(注:市役所の移住定住担当課)の人たちと一緒にいろんなところを見て回ったんだけど、自分のイメージしている家が見つからなくてね。やっと最後に、この場所を見つけたの。ただ最初は住めるようなところじゃなくて。自分たちでつくりながら住めるようにしていった感じだったかな。トイレもなくて、最初はうんちも外だったよ。

――トイレがなかったんですか?

臼田さん:そうそう。ちょっとずつ用を足すのに場所を変えるんだけど、掘ると、「あっ! これ3日前に用を足したところだ!」みたいなこともあってけっこう面白かったよ。このトイレネタだけで 1 時間は話せる(笑)。

――話を戻すと、ご夫婦だけで今の立派な家をつくったんですか?

臼田さん:いや、僕たちの先輩移住者が大工でさ、家の建築費を安く抑えるコツや自分たちでつくったほうが良いところを教えてもらいながらつくったんだ。基礎を作るために、1メートルぐらい穴を掘ったりしたかな。

――それはすごいですね。ここまでの話を聞いていると、もしかしてお店もご自身でつくられたのですか?

臼田さん:そうだね。でも、お店がある場所はジャングルみたいなところで、もともとは鶏小屋があったんだよね。そこを地域の土建屋さんが更地にしてくれて。あとは家と同じように仲間に手伝ってもらいながらつくりあげた感じかな。

――お店はイチからつくったんですか。すごすぎる……。大工の方にお手伝いしてもらっていたとはいえ、もともと大工仕事を得意としていたんですか?

臼田さん:いや、実はプラモデルもつくることができなかったんだよね。組み立てるのに根気が続かない。

――たしかにプラモデルは苦手な人と得意な人で分かれる気がします。

臼田さん:お金もなかったし、大抵のことはなんでもやってみたらできるもんだよ(笑)。

 

開店当初から人気店に。しかしその陰には思わぬ葛藤が……。

――次に気になるのは仕事のことなのですが、お店ができるまではどのように生計を立てていたのでしょうか?

臼田さん:僕は土建屋のアルバイトをして、妻は市役所で仕事をしていました。本当にお金もゼロの状態で移住してきたから、仕事が終わったあとに家とお店をつくる生活をしていたかな。

――すごいバイタリティーですね。お店ができてからはどうでしたか?

臼田さん:1年半か2年ぐらい経ったときかな、お店をオープンすることができて。こんな山奥でパン屋が始まるということで、「大分合同新聞」が取り上げてくれたんだよね。その反響が大きくて。

――新聞に取り上げてもらったんですね。

臼田さん:この周辺の方たちは、当時は袋に入っているパンが当たり前だったようで、焼きたてのパンが陳列されているのが、珍しかったんだろうね。物珍しそうに足を運んでくれて、おかげで1年目から人気がでて、家の前の道路に渋滞ができたぐらい。

――すごい人気ですね。いまでこそ地方でパン屋を開業する人も増えましたが、当時は相当珍しかったでしょうね。

臼田さん:そうだね。みんながやっていないというのはお店が成功した理由としては大きかったかな。でも、実は葛藤もあってね。

――葛藤というと?

臼田さん:つくりたいものが、売れなくて。ハード系の固いパンをつくることにプライドを持っていたんだよね。ハード系のパンをつくるには、高い技術が必要だからさ。地域の方々はハード系のパンを食べる習慣がないから「このパンは固い!」って言われてしまったんだ。

――ハード系のパンなのに「固いパン」と言われてしまったんですね。

臼田さん:でも、当時はちゃんと売れることも重要だったから、地域のニーズを取り入れて菓子パンをつくることも大事だと気づいた瞬間だったかな。それでもいまだに惣菜パンはつくっていないんだけどね(笑)。

 

パン屋の横にカフェ店舗「Yama Cafe」をオープン

――「固い!」と言われてしまったハード系のパンですが、いまではかなりの人気商品になっていると聞きます。いつ買いに行っても売り切れのことが多いです。

臼田さん:地域のニーズを取り入れても、やっぱり僕としてはハード系のパンは食べてほしかった。買いに来てくれたお客さんに、ハード系のパンを薄切りにしてお茶と一緒に出したんだよね。そしたら、ハード系のパンって、外は硬いけど中は柔らかいのが特徴でもあって、お客さんから「このパン美味しいね。これはどこで売っているパンなの?」って聞かれるんだ。そしたら「ふふふ。コレですよ!」って教えてあげるの。そうやって少しずつ少しずつ広げていったかな。

――なるほど。

臼田さん:それってさ、うちのような立地で、地域の方との距離が近い場所でしかできないことなんだよね。駅前に店舗を構えたらきっと忙しすぎて、みなさんにお茶を出したり、お茶菓子代わりにパンを出して食べてもらったりなんてことは絶対にできない。

――ここで先ほどの立地の話に繋がるんですね。

臼田さん:うん。それで、県外からわざわざ買いに来てくれた人が、ちょっとゆっくりできるように椅子とテーブルを用意したら、みんながゆっくりしていくようになったのね。

――それでパン屋の横に「Yama Cafe」が誕生したんですか?

臼田さん:そうそう。もともと頭にはあったんだけど、もっと多くの人に“ココの空気感”を感じてほしいなと思ってカフェを始めることにしたんだ。

――「Yama Cafe」は時間がゆったり流れていて、自然に囲まれていて最高ですよね。ついつい長居してしまいます。

臼田さん:僕たちは、ただ単にパンを売っているだけじゃなくて、ここでしか感じることのできない空気感や僕たちのライフスタイルそのものを売っているんだよね。

 

集落の仕事はまずは受け入れよう。やってみてできるかできないかを判断すること。

――次に、地域のコミュニティーへの入り方です。移住した当初から地域コミュニティーとの関わり合いはどのようにされていたのでしょう?

臼田さん:いまでこそ「どこから移住ですか?」ぐらいのカジュアルな感じになってきたけど、当時はそうじゃなかったからね。「誰が来たの?」「なんでこんな田舎に?」みたいな。ただただビックリされて、「こんな場所に引っ越してくるなんておかしいんじゃないの?」ぐらいの勢いだった(笑)。

――とてもすぐに受け入れてくれそうな雰囲気じゃないように感じますね……。田舎のコミュニティーへ入っていくには、地域の行事や仕事への参加がとても重要だなと感じているのですが、臼田さんはどのように感じていらっしゃいますか?

臼田さん:とりあえずは、とにかく参加することかな。

――なるほど。でも地域の行事や仕事は、お休みの日、つまり土日が多いように感じます。パン屋を自営されていたらかなり参加しづらいと思うのですが……。

臼田さん:うーん。まずは受け入れることかな。最初から、「行けない」とか「やらない」という姿勢を見せるのではなくて、まずは行ってみる。で、やってみる。そのうえで、もちろん参加できなかった行事や仕事もあるよ。良くも悪くも田舎の人は自分たちのことを見てくれているから(笑)、嘘ついても「やってないだろ!」ってすぐにバレるしね。でもちゃんと頑張る姿勢を見せていたら、いまでは何も言われなくなった。自然とわかってくれたんだと思う。

――いまでは(豊後大野市緒方町)平石地区の区長さんを務めていらっしゃいますもんね。

臼田さん:そうだね。区長ともなるといろいろとやることが多くて大変だけど、少しは地域の方々から認めてもらえたのかなと思う。

 

小さな勇気を出して、まずは移住してみるのもいいよ。

――最後に、いま地方への移住を考えている方にアドバイスをいただいてもいいでしょうか?

臼田さん:田舎は本当にいいところなんだ。探せばなんでも手に入る。食べ物だって、仕事だって、家だって、いっぱいある。でも、それは来てみないとわからないし、生活してみないとわからないこと。だから小さな勇気を出してまずは移住してみたらいいよ。その後のことは、あとで必ずなんとかなるからさ。

――まずは行動を起こしてみることが大事ってことですね。

臼田さん:あとは捉え方かな。結果的に、いままでやってきたことが、蓋を開けてみたらツイてるなぁ〜って思うんだよね。一見悪いことが起きたとしても「あーしまった。なんでこんなことしちゃったのかな」という思考を、なんとなく「ツイてる」っていうポジティブな思考に切り替える。転んでも、何をしても、うんちを踏んづけても「ツイてる」って。タダでは転ばないんだよ。

最後に

今回は僕たちの身近にいる先輩移住者「Kitchen Usuda」の店主・臼田朗さんにお話をうかがいました。

地域に移住するのは、小さな勇気でいい。

まずは来てみること。行動を起こすこと。

探せば実はなんでも手に入る。なければ自分で少しずつ、つくれればいい。たとえプラモデルが苦手だって家を建てることができる。

ということを教えていただきました。

足を運んでみないとわからないこと、確かにたくさんあります。自然の良さ、風景、空気。まずは自分の思い描いた田舎生活を、どう地域の方々との関わりのなかで、MIXしていくのか。それが田舎暮らしの重要なキーワードになるのではないでしょうか。

ぜひこの記事が地方への移住を考えている方の参考になればと思います。

それではまた! 清でした!