第74話

最後は誰と過ごすのか真剣に考えた『最終兵器彼女』

えだまめ


最後は誰と過ごすのか真剣に考えた『最終兵器彼女』

こんにちは、カメラマンのえだまめです。いつもふざけた書評ばかりを書いているのですが、実はわたしも24歳。立派な大人です。

たまには真剣なことも考えたりするので、本日はわたしの中の「恋愛観」を形成してくれた漫画を紹介したいと思います。

本日紹介する漫画『最終兵器彼女』

北海道の高校に通うぶっきらぼうな性格の主人公「シュウジ」。その彼女である「ちせ」は、ある日突然“最終兵器”になってしまいます。本作は、そんなシュウジとちせが恋と戦争の間でもがきながらも、お互い見つめ合いながら生きていくというラブストーリーです。

「兵器」のちせと、「普通の高校生」のシュウジの恋

ちせは、兵器です。戦争状態となった日本を守るため、さまざまな国の人を殺し、兵器としてどんどん強化されることで“人間”の部分を失っていきます。それでも、必死にシュウジとの恋を守ろうともがきます。

対するシュウジは、ただの高校生。ちせを助けてあげたいと思うけれど、自分の力では何もできず、苦しむ彼女を見ていることしかできません。それでも、彼女を愛する気持ちは止められません。

当時15歳だったわたしには、二人の恋愛がとても大人びて見え、「どうしてここでちせは逃げ出してしまわないのか」「どうしてここでシュウジを裏切ってしまうようなことをしてしまうのか」など、いくつかの疑問を感じながら読み進めていました。

二人でどこかに行ってしまえばいいとか、後先のないことも考えたりしました。

ちせとシュウジが物語の中で出会う、さまざまな「恋」の形

好きな女の子のために戦場へと向かう「恋」。

戦場で、もう愛する人に会えないとわかっていながらも戦いを続ける「恋」。

置いていかれてしまってどうすることもできない「恋」。

わたしにはそのどれもがやるせなくて、辛くなればなるほど笑うちせを見ていられなくて、何度もこの漫画から逃げ出そうとしました。

だって中学生のわたしは、そんな生き方をしたことがなかったから。泣きたいときに思い切り泣いて、恋なんてものもたいして知らなくて。だから二人がどんどん最期へと近づいていく様子を見て、涙をぽろぽろ落としながら、何も考えることもできないまま、ただページをめくっていたのです。

でも、24歳になったわたしがこの作品を読み返してみると、物語に対して新しい考えを持つようになりました。誰かを本当に「好き」と思う気持ちは、どんなつらいことも超えられるときがあります。だから相手がどんな状況でも、どんな見た目になってしまったとしても、そんなこと「好き」には何にも関係なかったんだろうな、と。

この先には絶望しかないとわかっていても、少しでも長く残りの時間を一緒に居たい、と必死に生きる二人。直接伝えられない恋愛の感情を、戦場に行くことで不器用に表現しようとする高校生の行動。
それは、大人から見れば間違ってたいたり幼稚だったりするかもしれないけれど、彼らなりの精一杯の「正解」だったんだと思います。

まとめ

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例えばどうでしょう。

兵器になるとまでは言わなくても、自分の大切な人が、夢のために自分のところを離れて行ってしまうとしたら。
当たり前の毎日を一緒に過ごしていた恋人が、当たり前を過ごせなくなってしまうとしたら。

わたしは多分その人のために、できる限りの手段で幸せになれるようにするんだと思います。周りから見ればそれが「幸せ」でなかったとしても、二人の中での正解を求めていくと思います。

「恋」ってわがままで、自分本位で、他人から見たらめちゃくちゃにも見えて。でも、生きていたら誰だって出会うものです。

高校三年生の精一杯の「恋」。『最終兵器彼女』は、悲劇的な状況をただただ悲しむ作品でも、こんなことはありえないとか怒る作品でもなく、二人のラブストーリーを最後まで見守るという恋のバイブル的な作品ではないでしょうか。

えだまめ
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