31にもなって約2週間仕事をせずにXのことを無心で追いかけてみる - 12日目&13日目- #XJAPAN

舘 そらみ


31にもなって約2週間仕事をせずにXのことを無心で追いかけてみる - 12日目&13日目- #XJAPAN

※2015年12月12日正午から2015年12月14日正午までのレポートです。
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舘そらみ@広島3日目です。だてそらみと読みます。

隣の人といつでもXの話ができる、という稀有な時間を過ごしています。

一緒にいる友人は20代後半に「HIDEのように、人に喜ばれる仕事がしたい」と学校に再度入り直し、ある専門職に就きました。職場の誰にもファンだとは言っていないそうで、彼女のそんな生き方を聞いたら周囲はおったまげるでしょうね。

と、そんな彼女との2泊3日。共に過ごした最高のライブは終わり、私の絶不調をとにかく心配され、翌日は昼頃までホテルでダラダラしながらも、「少し外に出てみようか」と広島めぐりに出発しました。

12日目 -誕生日会場はコチラです編

城に観光

観光の合間にも当たり前のように出てくるXの話。城の話をしながらも「よっちゃんてさーー」。コロッケを立ち食いしながらも「ひでちゃんてさーー」。誰もそのよっちゃんやらひでちゃんが、X JAPANのメンバーのことだとは思わないだろう。

鼻歌を歌えば、すぐに相手もその鼻歌に乗る。Xの鼻歌に乗ってくれる人が居るという日ごろあり得ない状況にテンションが上がる。

「ツアーの報告に行きたいよね」と、HIDEのお墓参りへ行く日程を決める。自分たちにとって大きな変化があったとき、連れ立ってHIDEのお墓に行くのだ。

大事に思っている人のことを口に出せるというのは本当に嬉しく、「トシ君がもう洗脳とかされないためには」「HIDEは加齢と共に太る体質だっただろう」とか、全くもって余計なお世話な話も繰り広げる。

翌日13日は実はHIDEの誕生日ということで、「今夜、誕生日会しちゃう?」なんていう出来心に「いいね!」と乗っちゃうのがツアーの魔力。いやいやいや、さすがに三十女が2人揃って、もう居ない芸能人の誕生日を祝うなんて、イタさの骨頂だってことくらい分かっているんだよ。でも祝わせてくれよ、プリーズ。

「超やばいよね」とか言いながら、ケーキとシャンパンを買いに行く。恥ずかしさに悶絶しながらも、「HIDE」「hide」「ヒデ」「ひで」どの表記でプレートを書いてもらうかなんて真剣に考える。

ホテルに戻り、友人から「絶対24時までには終わらせてよ」と言われながら、私はこの文章を書くためにパソコンを開く。友人はXを口ずさみながらお風呂に入る。お風呂から聞こえる「誕生日会場、どこにする?」の声に思わず笑ってしまった。ビジネスホテルのツインの部屋で、会場もへったくれもないんだけど、「じゃあここにしよう」と鏡の前を片付ける。

 
誕生日祝い

24時。「恥ずかしい恥ずかしい」言いながら、時間ぴったりに「HAPPY BIRTHDAY」を歌い、ろうそくを吹き消した。

ものすごく恥ずかしいわけだが、ろうそくを吹き消すときには「生まれてきてくれてありがとう」と、本当の気持ちがこもってしまう。この人の誕生日が、嬉しくてありがたくて仕方がない。厚かましいが、生後1歳の子供の誕生日を祝うような感じと思ってもらえたら嬉しい。絶対に本人は分かってないから意味なんてないんだけど、でもやっぱり、祝いたくて。……ってそんないいもんじゃないか。

ケーキを食べてシャンパンを飲んで映像をあさる。LIVE中のかっこいいバージョンのXばかりを最近見ているので、バランスを取るかのようにトークのXばかりを見る。ステージを降りた等身大なXを見て、「もうホント、YOSHIKIクソガキだよね!」「トシ君、芸人感すごすぎだから!」「HIDEちゃん照れすぎ」だなんて、「友達か!」っていう感想を繰り返しながらシャンパンを飲んだ。Xのツアー中に、HIDEの誕生日が迎えられて嬉しい。

最後の地・名古屋へ

原爆ドーム

翌日、原爆ドームなんてじっくり見ながら(私が脚本を手がけた映画「私たちのハァハァ」のロケ地でもある)、友人と同じ新幹線へ乗り込む。隣合わせに座りながら、彼女は東京へ、私は名古屋へ。

 
新幹線

「10代の頃さ、もしもXが再結成したらどうする?みたいなこと話してたよね」という友人。たしかに夢物語として(絶対ないと思っていた)そんなことを話していた気がする。乱発されるXやHIDEにまつわる商品を苦々しく思っていたこととか、「彼氏に言うかどうか」みたいなことを本気で悩んでいたこととか、再結成した後も「HIDEはどう思っているんだろう」「トシ君にまた裏切られそうな気がする」なんてことばかりを言っていたことを思い出す。「普通の顔して今、Xのライブへ行ってるけど、あの頃の自分たちは信じないだろうね」。全く人間は、幸せに慣れるものですな。

 
名古屋への車内

新幹線の中、どちらからともなく「HIDEちゃんのソロ聞きたい」ってなって、HIDEの曲をエンドレスで流す。隣同士で座り、イヤホンを左右シェアしながら、「やっぱりこの人だね」「ね」という言葉だけ交わして、あとは黙って曲を聞く。

やっぱり、HIDEです。このツアーで変わったHIDEの死の捉え方と、彼を恋しく思う気持ちはまた違う話。やはりこの人で、もう好きとか言葉を越えてただこの人で、全くもってこの人なんだと思う。

HIDEのことを思うだけで慟哭、なんて時代も少し懐かしく感じる。それこそ1週間前までも、私はXのライブ中にHIDEのことばかり考えていたわけで、その時期が過ぎてしまったことをどこか寂しく感じる。いつまでもHIDEちゃんを盛大に嘆いていたい気もする。でも、今のほうがずっと暖かい。「やっぱこの人だよね」。それ以上の言葉がない。

絶不調過ぎて書くのを忘れていたけれど、広島でのライブ中に何度もHIDEの姿を見て、声を聴いた。その場に居る全員が誰かを思うということが、こうやって本人を浮かび上がらせるのかと猛烈に嬉しくなった。

ステージ上のメンバーも、ファンも、スタッフさんも、HIDEのことをずっと思っている。いつも立っていた場所、ギターソロ、メンバーが楽しそうにしてればそれを喜んでいるだろう顔、そこかしこに強烈にHIDEを思う。口になんか出さなくても、彼のことを痛烈に感じるから、彼の姿や声が現れてくる。

この世に居ない人が生き続けるとは、こういうことなのかもしれない。生きている人とは絶対に違うけれど、ものすごく共に居る気がする。HIDEはメンバーでありながら、Xの土台になったんだと思う。どこに居るか、とかじゃなくて、全ての根本にHIDEが居る。

HIDEの不在をただただ嘆いてた私は、このツアーを経て、未だにそりゃもちろん、彼が居ないことはとても寂しいけれど、でも、いろんなところに彼の姿を見るようになりました。盛大に嘆いていたときは、声なんて聞こえなかったのに。

 
名古屋

名古屋に到着し、そのまま乗り続ける友人に別れを告げる。車窓越しに「X」なんて遊びながら、新幹線を見送った。

最後の地、名古屋。これからホテルに向かいます。
HIDEちゃん、Xさんはどこまでも行くね。

13日目 -最終決戦の開幕編

さて、最後の地のライブ前。友人にも会って、そしてここに着いて、ものすごくグッと来ている。

なぜ好きなのかとか、これだけ好きで居続けたことが何なのかなんてことは分からなくて、間違いなく存在してきたXの歩みを思い返している。ずっと見てきた、いろんな顔のメンバーが次々に脳裏に浮かんでいく。

明日ライブビューイングに行くという兄から予習すべき曲を聞かれ返信し、そんなことで目頭が熱くなる。私にとってのXとの20年はつまり、周りの人にとっては「X狂いのそらみ」との20年だったのか、なんて思う。特に家族にとっては、どれだけXが迷惑な存在だったろう。

思えば長い道のりだった。当初はとにかく罵倒され、「うるさい」「耳が痛い」と散々なものだった。そんな家族に私が放っていたのは、「Xがあるから、旅行できない」「Xがあるから、毎日夜遅くまでバイトしたい」「たまの休みは、Xに捧げる」……もう、Xを呪ったでしょうよ家族よ!

でも今となっては、呆れ顔ではあるし決して曲は聞かないけれど、Xをバカにしなくなった。うちのいぶし銀ギタリスト、PATAの名前すらスッと出てくる60代の母! 全く、ごめんよ母ちゃん。兄なんて「ライブビューイング行ってみたいんだけど……」と、ものすごく申し訳なさそうにチケットをねだってくる。ああ、ありがたい。Xをとうとう認めてくれてありがたい。

そんな女の子が大人になって、Xのツアーに回っている。改めて、ありがたい。

本当は脚本家として、このツアーの終着点を探さなきゃいけない気もしているけど、残念ながらそんな余裕はない。今日も何かを考える余裕もなく、Xに会いに行く。そして全力で応援して、全力で受け止めて、時間を共有してクタクタになって帰ってくるんだ。

楽しんでいるというよりも、「生きている」という感覚で、かといってじゃあ生きている感覚を味わいに行くのか?と行ったらそうではなくて、私が「生きる」ということに組み込まれている感じ。だから、Xの元へ行く。

なんだか、0日目と同じようなことを書いているけれど、そこにしか行きつかないからしょうがない。よりいっそう、好きになりました。そして、感謝の気持ちでどうにかなりそうです。

と、感謝の気持ちに満ち溢れていたにも関わらず、「YOSHIKIってさーー」で始まるXをよく知らない友人からのLINEに「YOSHIKIのことを呼び捨てしてんじゃねーよ!年上だろが!」と怒りが湧く。……心ちっちゃ!

しかも、怒りが湧いたところで、ちょっとした不安が押し寄せる。「あれ? もしや明後日以降、私、Xの話ばっかされんじゃねーか?」……地獄だ。こんなにXのことを堂々と喋ってるもんで、「Xの話すりゃ、そらみが喜ぶだろ」みたいなこと思われているかもしれない。

でも、そんな子供だましはお門違いですから!! Xは私にとって「途方もなく大事な家族のような存在」なんですってば。人の大事な家族、そんな簡単にはいじらんでしょ? どうせいじるなら、私の前でやらんでください。とメラメラしてきてしまう。ちくしょう、私の小さな心!

敬意を持ってくれるなら、喜んでお話しますよ、という発言すら偉そうなんでしょうけど、でもでもでもヘラヘラ喋って喜んでいるような生半可な愛情じゃねーんだよ! 本当は自分の心の奥底にしまっておきたい大事な思いなんだよ!と、ツアー最終地の燃え盛る心と呼応してメラメラしてすみません。おかげで気合い入ったじゃねーか。

HIDEの誕生日翌日。X20年ぶりの日本ツアー最後の地。嘘みたいな2DAYSが始まるぜ! 名古屋よ、その光栄さをかみしめているか。おい日本中よ、このすごさを噛みしめているのか! 気合い入れっぞーもう入っているよ!

と、なぜか途方もない緊張を感じながら記す。メンバーの体調への心配で、オロオロして参りました。オロオロと気合いの狭間、味噌カツでも食べて会場へ向かおう。

<おまけ:家族にとっての地獄の20年間>
㈰美術

中学時代、美術の授業で作るものは基本Xがモチーフ。

 
㈪X友達からの手紙

「舘様方 涙薔」という狂気じみた宛名で届く手紙たち。

 
㈫初めての赤毛

16歳ごろ、初めて髪を赤くし、ホテル泊まりが頻発する。

 
㈬高校時代、金髪

高校時代は基本金髪か赤毛。

 
㈭解散中にも関わらず

解散中にも関わらず精力的に活動。

 
㈮大学生になっても

大学に入っても止まらない。

 
㈯社会人

社会人になりコスプレはやめたものの、HIDEの展示物を見に大阪へ行ったりと活動範囲が広がる。

そして今回、日本ツアー同行中。

 

私の追っかけスケジュール
12月2日 横浜アリーナ【終了】
12月3日 横浜アリーナ【終了】
12月4日 横浜アリーナ【終了】 
12月7日 大阪城ホール【終了】
12月9日 マリンメッセ福岡【終了】
12月11日 広島グリーンアリーナ【終了】
12月14日 名古屋・日本ガイシホール【決定】
12月15日 名古屋・日本ガイシホール【決定】
私の追っかけレポート
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sorami 舘そらみ
脚本家・俳優。劇団「ガレキの太鼓」を主宰、青年団演出部所属。現在は執筆活動のかたわら、全国の小中学校などでワークショップを行っている。脚本を手がけた映画「私たちのハァハァ」公開中。Twitter:@_sorami

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外部ライター 東京

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