
「言葉オタクなんです、私」大きなフィクションのためには小さなリアルが必要 | 脚本家・舘そらみ氏インタビュー #私たちのハァハァ
<緊張こじらせて、もう行きたくない編>
※2015年12月1日正午から2015年12月2日正午までのレポートです
舘そらみです。
まだ行ってはおりません、本日(2日)夜、始まるのでございます!
記事冒頭の写真は2009年のライブのときのもの。なんだか見つめていましたので、載せてみました。左側に立っているのが24歳の私ですが、今はもう、こういう格好はしておりません。これは、HIDEの格好であります。てかコスプレしてたのは10代までのつもりだったのに24までしてたのか!!と我ながら驚きます。
コスプレというものを私は「X文化継承」のつもりで責任感持ってやっていたのですが、そういった話はまたいつか聞いてください。ああ、もう、今日は! これから! 始まってしまう!!!
昨日の正午から現在(2日正午)までの時間を振り返ってみようと思うのですが!! 先に言わせてください。緊張と不安から、猛烈に、こじらせました。
さてさて、まずは昨日のお話から。
ライブ前日、仕事納め。「もうすぐライブなんでしょ?」と声をかけてくれる同僚の声に、自然と笑顔がこぼれる。もうすぐXって思うと、何もかも許せるような気がして、すべてにありがとー!って気分になり、人類愛が爆発してくる。いろんなものがキラキラに見える。
そんな状態で、中学校でワークショップのお仕事。とても楽しく、頭の回転も良く、「最後の仕事にふさわしいわぁ」と満足も覚える。
でも、ワークショップが終わるころ、Xと自分自身に猛烈に腹が立ってきた。いい年こいてXに一喜一憂する自分と、私を一喜一憂させるXに怒りが湧いてくる。ここまで踊らされていると、何かのアピールみたいじゃないか。ムカつく。
「X楽しみなんでしょ?」と言ってくれる声に、「うん楽しみなんだー」と笑顔で返し、「本当に好きなんだねえ」の言葉に「超好き!」と返しながらとにかく腹が立ち、Xと距離を取りたくなってくる。X以外の話がしたい。
「Xしかない人生にはなりたくないよね」
これは、中学生のときからX友達とよく言っていた言葉。Xではない理由で将来を選ぼう、X以外の世界も大事にしていこう、と唱えてきた。Xしかないような人間になったら、HIDEやYOSHIKIに魅力を感じてもらえないと思ってきたから。
それを友達と唱えまくってきたお陰で、仕事も楽しいしX以外にも楽しいことをたくさん持っている人間として育ってきたのに、31にもなってXに一喜一憂している自分が許せない! ムカつく!!
これじゃあまるで、本当にXしかない人みたいじゃないか! そんなはずはないムカつく! 一喜一憂やめろ!
ムカつきはじめた私を見た同僚の「愛憎ってやつだね。憎しみこもった愛」という言葉に、どこか嬉しさまで感じてしまうから、始末に負えないと思う。
帰宅し、何かをしようとしても、緊張していろいろなものが手に付かない。ひとまず準備をしようと思うけど、オロオロしてしまう。
今まで着ていなかったXのTシャツを着たくて、ふと実家へ取りに帰ることにする。
なぜ格好までXにしたくなるのだろう。この気持ちはどういうことだろう? もうコスプレはしないわけだが、それでもやはり、XのTシャツを着てライブには行きたい。身も心もXになりたいのだろうか?
きっと、体で示したいのだと思う。結婚指輪みたいなもので、「Xが大好きです」っていう精一杯の宣言なのです。本当は「X、好きなんですけど!!」って大声で叫び続けたいけどそうもいかないから。
日常ではX愛を隠すことができるんだけど、ライブの日なんてもう隠しきれないし、当人たちを前にして隠すことなんてできないから、だから着る。周りのファンにも言いたいの。「ね、私たち、X好きだもんね? 最高だよね! ねえ、最高だよね!!!」その言葉を代弁してくれるTシャツを着る。のだろうなあ、なんて心理分析しながら、実家へと向かう。
夜中に到着し、久しぶりのXコレクションを開く。ちょっと想像をはるかに超えたコレクションの数にギョッとしてしまう。元の私の部屋のクローゼットがまるまるXグッズだった。明日起きて、また漁ってみよう。
そして横になり、緊張が止まらなくなってきた。いやお前、出演者じゃないし!というのは分かるものの、緊張して心臓が痛い。
「好きなもの」楽しんできてね、というメッセージが届き、「好きなもの」なんかじゃない、「人生」だよ!!という非常にめんどくさい返信をしてしまう。
演劇を始めたときも「好きなことあっていいね」と言われ、今も「好きなこと仕事にできていいね」と言われ、Xへのこの旅まで「好きなもの楽しんできてね」と応援されてしまうのか……。応援ありがとう、でも、もう「好きなもの」では説明つかなくなっているのです。
演劇も脚本もXも、もう好きとか嫌いとか関係なく、人生を通して死力を尽くして関わりたいもの。演劇も脚本も、そしてXも、簡単には関わらせてくれないし妥協もさせてくれないし、楽しさより辛いことのほうが多いかもしれない。「好きなもの」なんて形容で済ませるには、こちらの人生を巻き込み過ぎだ。
と、こんなことを思ってカッカしてるなんて、明らかにこじらせているのが自分でも分かる。もう、おかしくなってきているぞ。だって、正直なんだか行きたくなくなってきた。準備に疲れた。もう2週間、家で寝ていたい。
緊張状態に疲れたし、さすがにXのことばっかり意識しつづけることに違和感を感じてきた。高校生じゃないんだぞ、なんかおかしいこんな自分。自分の思っている以上にバタンバタンする心に、自分で面食らう。
もう、行きたくない。いや、分かんない。もういいから、明日の夜に飛びたい。もう早くいっそ、終わってほしい。この緊張と不安から解き放たれたい。
と、寝ようとしたら、楽しそうに歌を歌っているトシ君の顔が浮かんだ。ああ、猛烈に楽しそうなトシ君に会いたい。楽しそうな笑顔が見たい。
ライブ前日の夜が終わった。そして朝。
おはようございます。
よく眠れなかった。HIDEがステージに立っている夢を繰り返し見た気がする。「わ、HIDE、明日どんな感じかなー、楽しみだなあ」って思い、その途端「って、HIDEはもう居ないんだった」って気付く夢。
そのうち、
「わ、HIDE、明日どんな感じかなー、楽しみだなあ」
「って、HIDEはもう居ないんだった」
「って、このやり取り何回もしてるから。この夢の流れ、繰り返しすぎだから」
ってツッコむところまでワンセットの夢を繰り返し見た。
HIDEちゃんが居ないことは、未だによく忘れる。
ということで、寝不足な朝。しかし、今すぐ何でもできるくらい、起きた途端から全身も脳も覚醒している。もう本番に向けてできあがっている。
もう今すぐ横浜アリーナの19時にワープしたい朝の9時。先日結婚式を控えた友人が言っていた。「もういっそ早く終わってほしい。オオゴト過ぎて、全然楽しみじゃない。始まったら幸せなのは分かってるけど」
……多分、これー!! もう、結婚式、早く来て(結婚式じゃないけど)。待つ時間にもう、耐えられない。
行ってきます。
まだ、現実味は湧かないけれど、でも手は痺れてるから、体は「とうとうだよ」ということを理解しているのだろう。
現実味がイマイチ湧かないのは、本当に始まると思うと、何かが崩れていく気がするから、自分でフタをしているのかもしれない。ちょっと現実味が起きないどころか、頭がよく働かなくなってきた。心臓が痛い。
いつもは大して洗わないコンタクトを、しっかり洗浄して目に入れる。一点の曇りも許したくない。
よし、Tシャツ着て、行こう。「涙薔ー何時頃着くー?」とLINEが届く。この2週間は、涙薔と名乗っていたときに知りあった友人たちとの2週間でもあるのだ。
「定時で上がれなさそうで、私、開演ギリギリになる!」とのLINEに、「大丈夫っしょ、開演オンタイムはないっしょ! 仕事頑張れ!」と涙薔は返すのです。大人ファンたち、仕事や家庭への調整を重ねて頑張っております!
よし、気合いいれっぞ。
もうかなり騒いだ気がしますが、まだライブの1つも見てなくてすみません。
ああ、怖い。行ってきます。とうとうだ……!!!!
![]() |
舘そらみ 脚本家・俳優。劇団「ガレキの太鼓」を主宰、青年団演出部所属。現在は執筆活動のかたわら、全国の小中学校などでワークショップを行っている。脚本を手がけた映画「私たちのハァハァ」公開中。Twitter:@_sorami |
---|
【関連記事】 「言葉オタクなんです、私」大きなフィクションのためには小さなリアルが必要 | 脚本家・舘そらみ氏インタビュー #私たちのハァハァ