開発コストを削減「BiTT開発」って?
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2015.10.26
LIG PR
#1
働き方インタビュー(ディレクター編)

「コミュニケーションを構築できる日本No.1の組織を目指す」情報伝達のスペシャリスト集団|ゼネラルアサヒ

小田直美
(編集部注*2015年7月30日に公開されたインタビュー記事を再編集したものです。)

“お一人お一人に、より「分かりやすく、正しく、早く、伝える。」”という原点のもと、印刷からWeb、映像やCGなどの事業を展開し、画像情報伝達分野で社会の不便を解決することに注力してきた株式会社ゼネラルアサヒ

同社で、Webコンテンツ制作部署が新設されたと同時に入社し、その成長を支えてきた池島剛氏は「消費者との接点を増やすためには、印刷媒体とデジタル媒体、膨大なデータ分析の動きを融合させていくことが必須」と語ります。では、印刷とデジタルなどの融合とは、どのようにして実現されるのでしょうか。日本No.1のパーソナルコミュニケーションを構築できる組織を目指す、同社の今後の展望とともにお話を伺いました。

53378222e6e826335691147cb56bf5842 人物紹介:池島 剛氏
博多Webセンター開発室・室長。学生時代は、サッカーに没頭。現在も週末は町クラブで指導者として子供たちとサッカーを楽しんでいる。ゼネラルアサヒに入社と同時にWebコンテンツ制作の部署が新設されて、主にデザイン業務に従事。現在はWeb/映像コンテンツ制作部署の博多新オフィスへの移転準備とパートナー探しを中心に邁進中。

「2、3年は会社にいないとダメだよ」というアドバイスをもらったけど、僕にはその時間が本当にもったいなかった

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現在はゼネラルアサヒで、博多Webセンター開発室・室長という肩書をもつ池島氏。しかし、新卒時代は印刷やWebに全く興味がなかったそうです。

池島
もともと印刷やWebには全く興味がなかったので、パソコンのフォルダのつくり方すらわかんなかったんですよ。新卒で就職した会社では営業さんに付いて回って、パソコンやプリンター機器のメンテナンスとか、アフターフォローする仕事をしていました。

そうするとパソコンのことがわかってきて、Macというパソコンの存在を知りまして(笑)それで「自分もMacで何かつくりたい」という気持ちが芽生えたんですよ。

それからすぐに行動に移した池島氏は、新卒で入社した会社を退社し、デジタルハリウッド福岡校へ進学します。

池島
周りからは「2、3年は会社にいないとダメだよ」というアドバイスというか忠告をもらったんですけど、会社でくすぶり続ける時間は、僕にとっては本当にもったいない。やりたいことは明確に決まったので、Web制作の勉強をするために時間を使いたいなと。

大学時代の知り合いからの紹介がきっかけとなり、ゼネラルアサヒに入社を決意した池島氏。そのとき、すでにWebコンテンツ制作部署の立ち上げがスタートしていたそうです。

池島
入社してみたら、希望だったホームページの制作やWebデザインの仕事をする部署に配属されました。メンバーは立上げの中心である上司を含めて4人で、デザイナーは僕だけ。当時はインターネットの創世記でしたから、お客さまもどうやってインターネットを活用したらいいのかわからず、手探りの時期です。

求められる期待も大きい中で、彼らの要望をどういう形でデザインに落とし込めばいいのか。そういうことを習得するのにものすごく時間かかりましたね。

「収支が合わず、社内でもマイノリティな存在だった」印刷もWebもワンストップで提案できるような体制へ

1956年より印刷事業を手がけてきたゼネラルアサヒですが、インターネットの世界に足を踏み入れた理由とは、どのようなものだったのでしょうか。

池島
Webコンテンツ制作部署が立ち上がることになった理由は、印刷の付加価値としてインターネットのコンテンツ制作が1つの商材になるのではないかと考えたからです。印刷する写真や文章の情報は紙にレイアウトをするだけではなく、Web上にも応用が効くのではないか、と。

この事業を立ち上げた当初の業務はそれほど多くもなく、4人だけのメンバーで充分補いきれる量だったそうです。しかし、インターネットの普及と共に案件の数は激増していきました。

池島
社外の打ち合わせに対応できるのは僕の上司だけだったので、当然キャパオーバーになりました。1日に5、6件は現場を回らないといけないほど忙しくなって、結果的に僕も外回りに出るようになったんです。

お客さまのところへ打ち合わせに行き、オフィスに戻って、デザインする。完成したデザインを見せに行って、赤字を入れてもらって、またオフィスに戻って修正して、というのが終えられないまま溜まってしまい。当時は家にほとんど帰っていなかったです。

どんどん売上は上がっていき、案件の数も増えていったにも関わらず「部門単位の収支は、なかなか合っていなかった」と池島氏。

池島
どうしてその状態になってしまったか。今考えてみるといつも受け身で、クライアントに対しても、社内に対しても積極的な提案ができていなかったからだと思うんです。

ゼネラルアサヒは、印刷加工をずっとやってきた歴史ある会社です。だから、Webコンテンツ制作が立ち上がった当初は、社内でも非常にマイノリティな存在だったんですよ。採算がとれるわけでもなく、意見や立場が目立つ部署でもなかったので。

印刷事業がまだまだ優位の立場にある会社の中で「僕ら自身、前のめりになって社内外で提案する組織ではなかった」と池島氏は答えます。

池島
でも、今は印刷とWebや映像制作は「セットで提案する」というような部署間を問わず、協力し合う風土ができあがっています。

それまで1つのチームだったWebコンテンツ制作部署が、一度解散したんですよ。お客さまと接するディレクターチームと制作チームの2チームに。それぞれがチームとして存在するようになってから数ヶ月を経て収支が合うようになりました。チームみんなの雰囲気がガラッと変わったんです。

1つのチームを2つにわけた結果、ディレクターチームが「お客さまのことを一番知っている営業マンと距離が近くなった」と、池島氏は分析します。

池島
営業マンの中には印刷だけじゃなくて、Webや映像も合わせてクライアントに提案して付加価値を提供したいと考える、提案戦略をもった営業マンが多いです。印刷単体の営業ではなくクライアントの事業拡大や課題解決の為のトータル提案。そのような動きの中で、営業会議や社長との定例会議にも参加するようになったんですよ。

こうやってなるべく社内でも表に出るような動きをはじめたら、社内の部署ごとに協力し合う雰囲気が生まれて、引き合いもすごい勢いで増えてきたんです。

今は再び1つのチームに戻っていますが、当時と比較すると営業マンや印刷のデザイナーと共に提案を考えることが圧倒的に多くなりました。

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