ギルド開発
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2015.10.19
LIG PR
#3
働き方インタビュー(エンジニア編)

「天下一武道会で言うと悟空を目指したい。頂点まで勝ち上がりたい」甲子園級のモノづくりベンチャー|ブレイブソフト

タクロコマ
(編集部注*2015年8月4日に公開されたインタビュー記事を再編集したものです。)

写真で一言ボケるWebサービス『ボケて(bokete)』をご存知でしょうか。2012年の10月にアプリがリリースされてから2015年7月現在までに300万回を超えるダウンロード数を誇る、大ヒットアプリの1つです。

エンターテイメントの要素が強いアプリ開発において、ボケての開発元である株式会社ブレイブソフトの代表取締役を務める菅澤氏は「最強のモノづくり集団をつくりたい」と語ります。では、どのようにして“最強のモノづくり集団は生み出されるのでしょうか。今回は、その鍵となる仕事を“楽しむ”ための組織づくりと今後の展望について、菅澤氏とエンジニアを務める藤本氏にお話を伺いしました。

7be535fd4c194e0486c561e1c353d088 人物紹介:菅澤 英司氏
学生時代に携帯コンテンツ開発のプログラミングバイトをして最初につくったコンテンツがヒット。卒業と同時に友人と起業。24歳で中国事業に挑戦。中国子会社を設立。現在までに北京、成都、ホー・チミンに子会社を設立。ボケて、虚構新聞、首相官邸などのヒットアプリの開発を手動。
34bb2e62147a2e04e39a0530bbdd44de 人物紹介:藤本 達男氏
高校卒業後はメカニックエンジニアとして某有名アミューズメントに勤務。その後、創業3年目のブレイブソフトに入社するもフリーランスへ転身。しかし独立の道は険しく途方に暮れていたころ、なんと再入社! おっとり系な性格とは裏腹にiOSからサーバー側までマルチにこなすエンジニア。

何でも言い合える関係で、一緒に走るチーム「結果を出して勝ち上がっていく、甲子園に出る野球部みたいな」

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ボケて以外にも数々のヒットアプリを世に送り出すブレイブソフトですが、社内の様子についてお聞きすると「学生時代のように、ワイワイする雰囲気が好き」と話す菅澤氏。

管澤
ワイワイはします。でも、学生時代のノリでナアナアにならなければ最高ですよね。楽しく、すごく売れるいいものをつくろうと追求している。今、それができてきている感じはありますね。

みんなふざけたりもするけど、どこか真面目でストイック。「結果を出していくのも楽しいじゃん」というのがあって。結果を出して勝ち上がっていく、甲子園に出る野球部みたいなもんで。

甲子園に出場するためには、勝ち続けなければなりません。そのことについて菅澤氏は『ドラゴンボール』を例にして説明をします。

管澤
ドラゴンボールの天下一武道会で言うと、悟空を目指したい。頂点まで勝ちあがりたいです。そういう意味では、学生のノリを楽しむ部分もありながら、結構ガチな方だと思います。

では、ブレイブソフトが重要視する「楽しむ」という感情には、一体どのような意味が込められているのでしょうか。

管澤
楽しい雰囲気だと、何でも言い合えますよね。うちはエンジニアが約25人、デザイナーが3人、営業・ディレクター系が3、4人くらいいます。ワイワイしながらディレクターが主体となって打ち合わせをしているんですよ。ブレスト中もみんなで冗談を言い合ったりして笑っているんです。

新人が入ってきたら、最初の1週間は毎日誰かとランチをしてもらう制度があります。だから、あっという間にみんなと仲良くなっていますよ。あと、朝礼で自己紹介をやったりもします。

細かいことですけど、そういう仕組みは大切にしていきたいですね。結果的に社内の自由度が高くなって「みんなが自発的に動けば仕事になっちゃう」みたいなのが理想だと思うので。そのためにはみんなが仲良くなっていることが大切でしょう。

藤本
確かに上からの一方的な指示はほぼなくて、各々がその都度ベストだと思えることをしています。それに対して文句をつけられることもないです。社員の主体性を重んじる方針は、かなりやりやすいところかもしれませんね。

しかし、ブレイブソフトでエンジニアを務める藤本氏は、一度同社を退職されているそうです。では、どのような経緯のもとブレイブソフトに戻ってきたのでしょうか。

藤本
僕が担当していた案件をこなすのが、その当時の僕にとっては結構むずしかったんです。悩んでいるのに、周りに「助けてほしい」と声を上げられなくて、結局は自分1人でやるしかない状況になっちゃったんですよ。

結局その案件はボロボロな状態でなんとか納品したんです。でも、その後もゴタゴタがあって。そのときのプレッシャーとか、本当にハンパじゃなかったです。リリース日を乗り越えてからしばらくして代表の菅澤と面談したときに「働き続けるのは、むずかしいかもしれない」と伝えました。

管澤
「落ち込んでるな」とは感じていたのですが、当時は僕も会社も小さかったので、そんなにケアができていなかったんです。

このような経緯のもと入社3年目の29歳になるタイミングで、藤本氏はフリーランスに転身します。

藤本
会社を辞めてからは、フリーランスとしていろんな組織に出入りしてみたり、自分でモノづくりをしたりと自分に合う働き方を試している期間でした。でも、それで行き着いた答えは「1人で黙々と仕事をするのって、つらいな」ということだったんです。

フリーランスとしてさまざまな組織で仕事を通し、一緒に働く仲間の重要性を見出した藤本氏。そして、ブレイブソフトに戻ることを決意します。

藤本
「共通の想いをもつ人たちがいる会社で仕事がしたい」と痛感しました。そのとき、ちょうどブレイブソフトがエンジニアを募集していたので菅澤に「相談したい」と連絡をしたら、すぐに来てくれて。
管澤
なんだか、アッシー君みたいだね(笑)仕事で進むべき方向がわからなくても、誰にも相談できないかもしれない。何でも言い合える関係のもと、一緒に走っていくことは「いいものをつくるため」にも必要だと感じました。だから、今は雰囲気づくりとかもすごく大事だと思ってます。

しかし、一度退職した会社へ連絡することに抵抗感はなかったのでしょうか。

藤本
一度辞めた会社に戻ることに対しての抵抗はなくて「むしろ、いつか戻りたかった」という気持ちは、辞めたときからあったと思うんです。(菅澤は)雰囲気もこんな感じですし(笑)出戻りしたときもそうですが、代表とこんなふうに接することができるのは、僕の中ではすごく貴重なことだと思っています。

それにブレイブソフトには「楽しく仕事がしたい」とか「すごく売れるいいものをつくろう」とか、共通の想いをもつ人たちがたくさんいます。だからこそ、縁を切りたくないと思いました。

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