ギルド開発
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2015.10.15
LIG PR
#18
働き方インタビュー(経営者編)

「愚鈍な経営は罪になる」あえて業界を潰す企画にチャレンジするWebシステム開発会社|サンデーアーツ

タクロコマ
(編集部注*2015年5月14日に公開されたインタビュー記事を再編集したものです。)

クラウドファンディングシステム『CFS-Cube』、求人システム『ジョブビーンズ』、クーポンシステム『サンデーPon』などのパッケージ販売をはじめ、リーズナブルなWebシステムの設計・構築・開発を手がけている株式会社サンデーアーツ

前職の労働環境が過酷を極めた代表取締役社長の瀬野陽介氏は「愚鈍な経営は罪になる」と語ります。では、企業と社員がお互いにバリューを感じることができる労働環境とは、一体どのような経営から生まれるのでしょうか。サンデーアーツの今後の展望とともに、お話を伺いました。

959cc2a7c70659510243b5a871a8162f 人物紹介:瀬野 陽介氏
飲食店、営業、システム開発会社、ベンチャー企業の勤務・立ち上げ、CTOなどを経験後、2009年、サンデー合同会社を立ち上げ、その後2013年に株式会社化に伴い「株式会社サンデーアーツ」代表取締役に就任。元プログラマーの経験を活かし、海外で注目を浴びるビジネスモデルをいち早くパッケージ化。数々の業界シェアTOPを獲得。

一昨年ようやくダウンロード販売の体制が整って。それまでは茶封筒買ってきて、CD-Rをガーッと焼いてました(笑)

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瀬野氏がCTOとして勤務していた前職は、会社の方向性や考え方が仲間と合わなくなったため「サンデーアーツを100%自分の出資で創業した」そうです。そして、事業として新しくソフトウェアのパッケージ開発を始めます。

瀬野
メンバーを集めてソフトウェア開発を始めることになりますが、まずは販売したタイミングで売上が出るパッケージ製品の開発をすることになりました。受託開発をやると、お金が入ってくるタイミングは納品後翌々月払いだったりする。それではキャッシュが回らないので。

当時は新しいビジネスモデルに特化したパッケージを扱う同業者が日本に2社くらいしかいなかったので、つまりガラ空きの市場を攻めました。

瀬野氏も含めて3名の社員しかいない状況でも、パッケージ製品の売れ行きは着実に伸びていき、事業として大きな成功を収めます。しかし、その影響は意外なところで表れました。

瀬野
フラッシュマーケティング(クーポンシステム)がドーンと売れたので、完全に社内がパンク状態になりました。月曜日になると、お客さまからの問い合わせが20通くらい溜まっていて、3人しか社員がいなかったから全部に返信ができない。契約書を作ったりとか、出荷や発送の処理をしたりとか、もうひたすら家でもがんばってやって。とりあえず手がなくて発送ができなかったのです。

あと、自社の封筒とかないですから茶封筒買ってきて、それっぽく見せて。当時はCD-Rで納品していたので、私がCD-Rをガーッと焼いてたりして(笑)一昨年ようやくダウンロード販売の体制が整いました。

※フラッシュマーケティング;Webマーケティング手法の一種で、期間限定で、割引価格などの特典が付いた商品を販売する方式のことである。特に、クーポンを販売する共同購入サービスを指すことが多い。

引用元:フラッシュマーケティング

“ガラ空きの市場”を攻めることで先行者メリットを獲得してきたサンデーアーツですが、その理由を「まだ小さな会社なので、新規性がないと勝てないんです」と瀬野氏は語ります。

瀬野
いわゆるアーリーアダプターみたいな人たちに訴求する形のパッケージ販売なので、その商品が本当に普及する時期になったら、撤退するんです。一般化してしまったら競争相手もいっぱい出てきますし、もう売れないから値段を下げていく。これがずっと続いて「2年後同じ値段で売れますか?」と言われたときには、もうフリーソフトが出てきて「なぜ●●円も出さないといけないの?」みたいな状況になるので。

本当に市場に出回っていない、第一先駆者としてパッケージ販売をしていかないと。(だから、新しい市場を開拓する)時間をお客さまに売っているみたいなイメージもありますよね。

※アーリーアダプター:マーケティングに関する用語で、新たに登場した商品、サービス、ライフスタイルなどを、比較的早期に受け入れ、それによって他の消費者・ユーザーへ大きな影響を与えるとされる利用者層のことである。

引用元:アーリーアダプター

大学生のころテレビの『高城剛X』で高城さんに憧れて、ハイパーメディアクリエイターになりたかった

現在は執筆活動を中心に活躍されているクリエイターの高城剛氏に強い憧れを抱いている瀬野氏。それは自身の夢として「ハイパーメディアクリエイターになりたい」と言うほどでした。

瀬野
私が大学生ぐらいのころは、テレビで『高城剛X』という番組をやっていたり、彼がものすごく流行っていた時期だったのです。ギャンブルのことばかり語っているコラムで「こういう必勝法がある」みたいなことを高城さんが書いていて。まあ、間違っているのですけれど。

でも、インターネットを電話回線でやっていた時代に、彼はいち早くインターネットでメールアドレスを公開して、IT系の中でもすごく目立つ存在だったのです。

「高城さんと同じ体験をしてみたい」という想いから、2011年にシリコンバレーを訪問し、現地でソフトウェアの販売を試みました。しかし、そのとき日本で東北大震災が発生します。

瀬野
そのとき私たちが手がけていた仕事は、全部東北系だったのです。2社さんから受注していたのですけれど、どちらも被災されて、さすがにお金は請求できない。そこで帰ってきたら、その月の売上がほぼゼロになっていたという。

そのため目標でもあった海外展開は諦めるほかありませんでした。しかし、4年の月日が経過した現在、「会社の体力も付いた今年、もう一回挑戦しよう」と、決意を新たにします。

瀬野
シンガポールから英語と中国語ができる人に来てもらったんです。パッケージの多言語化をしようと思って。今年の年末にはアクションを起こせるかな、という感じです。その次はスマホアプリ関連のミドルウェアやサービス系を作るかもしれないですね。
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