
楽天株式会社は日本が誇る大企業です。同社は1997年に三木谷浩史氏が創業、インターネットショッピングサービス『楽天市場』や総合旅行サイト『楽天トラベル』、また、『楽天銀行』などの金融サービスに加え、プロ野球球団<『東北楽天ゴールデンイーグルス』の運営など、多様な事業展開をしながら成長し続けています。
そんな楽天では、大企業と呼べる規模でありながら、社内にはベンチャーマインド溢れる仕事や働き方をする企業文化が色濃く残っているそうです。また、社内公用語を英語にしたことも記憶に新しいことでしょう。
そこで今回は、楽天市場でフロントエンドエンジニアを務める鈴木優氏と、RMSプロデューサーの佐藤佳奈子氏に、楽天という会社の魅力と楽天の今後の展望について伺いました。
※RMS:円滑な店舗運営や店舗とユーザーの接点づくりを支え、効率的な販促活動をサポートする店舗構築、受注管理、メール配信、アクセス解析の4つの機能を統合したシステム。
参考:楽天市場 RMS機能紹介
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人物紹介:鈴木 優氏 楽天市場のフロントエンドエンジニア。大学在学時に楽天のインターンシップを経験。それをキッカケに2007年楽天株式会社に新卒で入社。以来8年間、エンジニアとして楽天市場のフロントサイドの開発と運用に取り組んでいます。 |
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人物紹介:佐藤 佳奈子氏 楽天市場のプロデューサー。アメリカの大学でソフトウェアエンジニアの勉強をした後、外資系の日本企業に入社。その後転職、結婚、出産、再就職を経て、元の会社の同僚の紹介で楽天へ入社。RMSプロデューサーとして、出店店舗の販促活動をサポートしています。 |
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グローバル化された社内でコミュニケーションをつなぐのは「英語」と「事前準備」
楽天は2012年7月に本格的な英語の社内公用語化を発表して、大きな話題となりました。現在では全従業員の平均点が目標水準である800点を超えるところまで進んでいるそうです。
このような英語の公用語化に当たり「(公用語化の)話を聞いたときは衝撃で、実家に帰ろうかなと思った」と話す鈴木氏。外国籍の社員が多く所属している楽天において、社内グローバル化はどのように進んでいるのでしょうか。
- 佐藤
- 私は英語をあまり使わないです。普段、英語って使いますか?
- 鈴木
-
それが使うんですよ。私の部署の半分は外国籍ですし。お昼に行くときも外国の人と一緒に行ったりするので、かなり使います。
最初は結構大変だったんですけど、社内には英語を勉強するためのプログラムがたくさんあって。外部のTOEICの講師を招いたり、塾に行く補助が出たり。あと、ミーティングも英語なんですけど「こういうときは、こういうふうに使うよ」って、わかりやすく解説があったりとか。かなり手厚いですね。
エンジニアの言葉って大体は外国語だったので、楽だったというのもあります。最悪の場合、とにかく書けばわかるので。
部署や立場により、コミュニケーションの方法は大きく異なるようです。では、そのようにグローバル化された社内で、混乱はなかったのでしょうか。
- 鈴木
- コミュニケーションは大変でしたね。「宅急便を受け取りたいんだけど、電話してくれる?」とか「銀行で口座をつくりたいんだけど、一緒に来てくれる?」とか「子どもの児童手当を受け取りたいんだけど、どうしたらいいの?」とか。ほとんど「OK!」と答えて、サポートをしていました。
- 佐藤
-
最近入ってくる方はほとんど外国の方で「日本には2週間前に着きました」って方もいて。クレジットカードをつくったり、銀行の開設が大変そうですね。
それに、外国籍の方は仕事におけるレスポンシビリティ(責任)を明確にもっている人が多いです。つまり「自分の仕事ではない」と判断したものは、基本的に手をつけることはありません。なので、きちんと定時に帰りますね。
“サービス残業”という概念が存在している日本の企業文化は、外国籍の方にとっては到底受け入れることができない特殊な文化でしょう。このような文化の違いを内包したままグローバル企業で仕事をするうえで、最も重要な共通のツールが言語です。
- 佐藤
- 最低限の英語ができないと、つらいかもしれませんね。社内コミュニケーションでつまずいてしまう方もいると思います。
- 鈴木
- 僕は「チームの人たちとのコミュニケーションを、がんばって英語でやってみたい」という想いがあるので、チームで仕事をすることにがんばれる人だったら大丈夫だと思います。英語に関する社員教育の環境も充実しているので。
このような環境下において、コミュニケーションが非常に重要な役割を果たす仕事をするうえで大切なこととは何なのでしょうか。お聞きすると、楽天市場で不定期に開催される“スーパーSALE”を例に出す鈴木氏。このセールでは、東北楽天ゴールデンイーグルスの成績がそのまま市場の動きに影響を与えます。
- 鈴木
- 市場は普段からトラフィックが多いんですけど、2013年にイーグルスが優勝したときの優勝セールは特にすごかったです。普段の数十倍のリクエストや売り上げが生まれるというレベルでした。想定をはるかに超えるトラフィックでしたが、なんとかやりきったところは気持ちよかったですね。
このような「ファインプレー」を生み出した背景として、鈴木氏は事前準備の重要性とやりがいについて話します。
- 鈴木
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文化祭と一緒で、やっているときは楽しいんです。「思い返すと、準備が楽しかったな」みたいな。なので、準備をして前日ぐらいには「これなら、いけるな」っていう自信のようなものしかなくて。それこそ、当日はもう祈るだけなので。
いかに事前にリスクを潰して、コンセンサスを取って、認識の齟齬のないようにして、みんなで一緒に同じ方向を向いてやるかっていうところは非常に大事です。
大企業の息苦しさはないのに、大企業らしいチャレンジができる「パッショナブルなベンチャー」
そんな鈴木氏に入社の経緯をお聞きすると「学生時代はプログラミングの経験はなく、もともと文系でヨーロッパ連合とか勉強していて、全然畑違いだった」と答えます。では、どのような経緯で楽天に入社されたのでしょうか。
- 鈴木
-
楽天が野球団を買収するというニュースで世間が賑わう中「勢いのある会社っぽいから、行ってみよう」と、軽い気持ちでインターンシップを受けたのがきっかけです。
インターンでは学生4、5人で1チームをつくり、1週間でいろいろ楽天のサービスの改善案を考えるんです。社員の方がメンターについてくれて、ブラッシュアップしていって、最終的には役員の方にもプレゼンをしました。
でも、そのときめちゃめちゃ怒られたんですよ。毎日改善案出しているんですけど「何を言っているのか、わからない」「ロジックが通ってない」「そもそもやる気あるのか?」とか、本当に厳しくて。インターンなので、そこまで全力投球でやらなくてもいいと思っていたんですけど、本気でダメ出ししてくれたんです。
そして、このような毎日を「すごいパッショナブルだった」と鈴木氏は振り返ります。
- 鈴木
-
そういう本気で言い合える環境があることを知って、この会社の人たちと一緒に働きたいと思いました。それで、全く畑違いだったんですけど、楽天に入社しました。
入社当初は営業を希望していたのですが、プログラミングの研修を受ける機会があって。全然知らないコンピュータの世界を知っていく中でおもしろさを感じたんです。その後、日本市場課に配属となりました。現在までの7年間は、同じ部署で楽天市場のトップページ、サーチなどのフロントサイトの構築・運用を行っています。
佐藤氏はアメリカの大学でソフトウェアエンジニアの勉強をした後、日本企業でネットワークエンジニアの職に就き、その後は事務職として働き、結婚と出産を経験したいわゆるキャリアウーマンです。さまざまな企業で経験を経た佐藤氏には、楽天はどのように映っているのでしょうか。
- 佐藤
-
特に感じていることは、大きな会社なのにベンチャー色がかなり強いことです。大きな会社の息苦しさはないのに、小さな会社ではできないようなチャレンジができて、おもしろい環境だなと思っています。
あとは、あんまりルールが決まっていないところ。その分、それぞれが足で稼ぐところも多いです。逆に「こんなに大きな会社なのに、システマティックじゃなくていいのかな?」って思うときもありますけど。
それに、ロボット的なスピードを求められないから、人間性が保たれるなってところはありますね。私には2歳の子どもがいるんですけど、自分の生活を犠牲にしなくてもやっていけるワークバランスを保つことができています。産休に入っている方も何人かいますし、戻ってきている方もいて。まだまだ女性の割合は少ないですが、徐々に増えてきている感じですね。
また、楽天の代表である三木谷氏については、次のようにお話をしてくださいました。
- 佐藤
-
社長から直接オーダーが来たりすることもあります。最終判断は社長なので、どんなにつくりあげていても最後に「ダメ」って言われたら、ダメになります。
でも、逆のパターンもあって、全くゼロだったものが、急に社長の意見でプロジェクトがあっという間に進むこともありますし。本当に細かい案件まで見ているんですよ。
- 鈴木
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自分たちでも忘れてしまっているようなサービスのお問い合わせが急に来ると「これ、今どうなっている?」って。私たちは「確認します」って返答をするやりとりがあるんですが、本当によく見ていますね。今でも現場にも来て、ABテストの結果も細かくチェックしているんです。
社長は直接指揮をとる現場主義なので、私たちとの距離は非常に近いです。ある意味、一番熱狂的なユーザーって感じがありますね。
国内最大手の楽天が目指すグローバル展開、キーワードは「ローカライズ」
最後に、今後の楽天についてお聞きしました。まずは佐藤氏。
- 佐藤
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私は日本から世界に、日本の文化を発信していきたいと思っています。例えば、伝統工芸って素晴らしいから残っているんだと思っていて。最近は南部鉄器がフランスで有名になっていて、今は世界が日本の文化・芸能に目を向けはじめてくれています。
日本のいいものを楽天を通じて世界の消費者に伝えていくことで、お互いの生活や経済が潤うようなWin-Winの関係をつくるきっかけができたらなと思っています。
鈴木氏もまた、これまで培ったエンジニアリングの技術、大規模サービス運用のノウハウ、そして語学力を集大成した世界展開に目を向けています。今を「過渡期」と表現する鈴木氏に、真意を伺いました。
- 鈴木
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世界展開を考えたとき、現地へのローカライズが絶対に必要になります。共通のパッケージをつくりつつ、それぞれの現地にどうローカライズしていくか。
最近は海外にオフィスを構える、ということも増えてきています。プラットフォームとしては共通でありつつ、ローカルに適応していく実装というスキルやスピード感が求められているのではないでしょうか。そこがむずかしくもおもしろそうなポイントでもありますね。
- 佐藤
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日本市場とグローバル市場の違いがあるので、どこを同じにして、どこで違いを見せていくか、かなり重要になりますね。今、まさに手探りの状況です。
海外のプラットフォームもできてはいるのですが、ようやく日本の商品を向こうで売り始めた段階で、現地商品が多いんですね。なのでもう少し、半々ぐらいにして、日本の商品が買えますよっていう異彩をもたせたマーケットを大きくしたいと思っています。
この取材を通して、代表である三木谷氏の創業当初からの変わらぬ想いと行動が、現場で働く社員にも引き継がれているからこそ、日本が誇る大企業へと成長を遂げてもなお、楽天にはベンチャーマインドをもった風通しのいい企業文化が保たれているのだと感じました。
消費者の生活と密接に関係するだけでなく、この国の今後をも左右するこの楽天という企業が開拓の精神を保ち続けていることは、ここ最近、沈みがちなニュースの多い日本にとっても明るい兆しなのではないでしょうか。