Web事業部実績紹介
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2015.09.10

バンドマンから板前になり、ナンパを繰り返し、Webディレクターになって、カンヌを目指す男の話。

John

こんにちは、ジョンです。

今日は、ぼくが大好きで、とっても尊敬しているディレクターさんを紹介させてください。昨年のクリスマスにLIGとの合同企画『SANTA CLOSE TO YOU』をきっかけに知り合った、Webプロダクション「SHIFTBRAIN」の山本さんが、今回の主役です。

☆プロフィール 山本 真也さん
株式会社SHIFTBRAIN コミュニケーションプランニング部ディレクター。2014年夏のJR東日本『行くぜ、東北。』キャンペーンの一環である「TOHOKU 駅ノート」や、日本テレビ『天才!志村どうぶつ園』の番組連動特設サイトを制作した実績をもつ。おそらく真也を「しんや」と読んだ方も多いと思われるが「まさや」と読む。

「なぜ人は動くのだろうか」

山本さんと飲みに行くと、毎回、決まって同じ話題になります。その度に驚かされるのは、彼の思考の深さ。ぼくより4つも下なのに、ふだんからここまで考えているディレクターがいるのかと思うと、こういう人とはコンペで一緒にはなりたくないなぁと思ってしまいます。

20:00からスタートしたインタビューですが、ふと時計を見たら0:15。
とても長いインタビューになっておりますが、どうか、最後までお付き合いください。

高校中退。同級生に負けたくない気持ちが、モチベーションの源泉だった。

-山本さん、今日はよろしくお願いします。

山本
はい、こちらこそ、よろしくお願いします。ぼくなんかのために、お時間割いてくださって恐縮です。

-あのー、こんなことを本人を目の前にして言うのもアレなんですけど、ぼくは山本さんのこと、すごいなぁっていつも思っていて。山本さんの仕事に対する価値観って、きっと世の制作者にとって参考になる部分があるはずなので、今日はそのあたりをお聞きできればいいなと思っています。
……と言いつつ全く関係ない質問させていただくんですけど、山本さん、高校中退ってホントですか?

山本
え、そこからですか?ホントです(笑)

-バンドをやってたんですよね。それがきっかけで?

山本
そうですそうです。高校2年の冬に中退しました。同じ学校の1つ上の先輩と、スタジオで出会った人たちとバンドを組んでいて、プロになろうと思っていましたね。結局、1年くらいで解散しちゃうんですけど。

-あら。それはどうして?

山本
レベルは決して低くなかったと思うんですけど……何ですかねぇ、今思うと、曲の作りかたというか、チームとしてのありかたを、よくわかっていなかったのかもしれないですね。

―というのは?

山本
継続するバンドって2パターンあると思ってるんですけど、ひとつは個々の能力が飛び抜けている場合と、もうひとつは、圧倒的なリーダーが細かく指示できる場合。でも当時はそんなこともわかっていなくて。
ぼくらはいつもジャムセッションで作曲してたんですけど、徐々に「で、これ誰が決めるの?」みたいな雰囲気になっていって、完成した曲もそこまで面白くなくなっていきましたね。ギスギスした空気が、少しずつ蔓延していく……みたいな。そんな感じでしたね。しまいにはギターの人がライブをすっぽかして、まもなく解散しました。

-他のバンドでプロになる道は模索しなかったんですか?

山本
それから何年も、ひとりで作曲したり、呼ばれたイベントで演奏したり、音楽とは付き合っていくことにはなるんですけど、本気で動こうとはしなかったですね。

-それはなぜです?

山本
中退してから音楽だけでは食べていけないので、当然仕事はしてるわけです。そこで、わりと充実してたんですよね。

-どんな仕事をしてたんですか?

山本
制作会社で、今でいうガラケーの待ち受け画面や着ボイスなどを扱うサイトのディレクターをしていました。サイトの構成をどうするか?とか、新しいアーティストの着ボイスをどういう扱いにするか?とか、そんなことを企画したり、運用したり。
17歳の夏から、結局4年間くらい働いていましたね。

-充実してた、というのは?

山本
「どうだ、オレは負けてねぇぞ」っていう優越感ですね。
ぼくが担当していたのは、世間でもそこそこ有名なサイトだったんです。加えて、早いうちからリーダーなんかも任されて、年齢にしては不相応な給与とポジションを与えられていたんですよね。
で、ご存知のとおりぼくは中退してるじゃないですか。一方で地元の友人はまだ学生です。当時のぼくは、ドロップアウトした過去にどこかコンプレックスを抱いていて、彼らに負けたと思われたくなかったんです。

選択した道を、あえなく断念。凝り固まったプライドに気付かされた。

☆DSC_1676

-なるほど。であればその会社で昇りつめていく、という道もあったんじゃないですか?

山本
ところがですね、板前の修業をするために辞めちゃうんですよね。