作るのは数字だけじゃない / デジタルハリウッド
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2016.01.21
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#32
働き方インタビュー(経営者編)

「18歳の社長なんて、誰も言うことを聞いてくれなかった」孤独感を責任感へ変える| メディアハーツ【後編】

田中雅大

美容商品のECサイト「FABIUS」の運営会社として、急成長を続ける株式会社メディアハーツ前回インタビューでは、代表の三崎優太氏にサービス展開や商品開発を中心に伺いましたが、今回は組織管理や人材育成など、“人”に焦点を絞り、お話を伺いました。

Poole:アイコン_メディアハーツ様00 人物紹介:三崎 優太氏
高校時代に「稼がなくてはならない」という使命感にかられ、インターネットビジネスに着手。その後、札幌のマンションでメディアハーツを創業し、現在に至る。

18歳で社長になった「部下にナメられて、毎日隠れて泣いていた」

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メディアハーツの現在の従業員は10名ほど。渋谷にある職場は明るい雰囲気で、スタッフ同士の楽しそうな会話もときおり聞こえてきます。しかし、今のような環境に至るまでは紆余曲折があったようです。

メディアハーツを創業したのは三崎氏が18歳のとき。札幌から上京後もアフィリエイト事業は順調な滑り出しをみせ、さらなる事業拡大のため従業員を雇い始めますが、それは「想像以上につらい体験」の始まりだったと振り返ります。

三崎
まず、自分は18歳なので従業員とはいえほとんどの人は年上なんです。簡単に言うとナメられてしまって。今となっては仕方ないと思えます。でも当時は「どうして雇っているのに、自分の言うことを聞いてくれないんだろう?」って、自宅に帰ったあとは毎日ぽろぽろ泣いていました。

同世代で社長をやっている人は周囲に誰もいません。誰にも相談できず、20歳になる頃から毎日飲み歩き始めたそうです。

三崎
キャッシュは持っていたので、いろんなところに行きました。ときには火傷もしましたが。でも“ハッピー”ではなかったですね。

さらにメディアハーツが3期目を迎えた頃、信頼していた役員の背任行為が、ささいなことで発覚したそうです。

三崎
外部にノウハウを売ろうとしていたんです。未遂で終わりましたが、僕も人間ですから精神的なダメージは大きかった。それ以降は、お酒ばっかり飲んで荒れた生活を送るようになってしまいました。

ただ、業務を任せられる人がいないから「もう明日から来なくていい」とは簡単に言えない。だから許したふりをして、心の中ではずっと我慢していました。

このとき初めて「こんなことなら自分一人でもアフィリエイト事業で暮らしていける」と、地元である北海道に戻ることを考えたそうです。ですが、従業員のなかには家族がいる人間もいたため、結局は会社をたたむことはせず、しばらくは事業を継続しました。

三崎
3期目が終わる頃にはいろいろ重なって、一旦事業を縮小しました。裏切られたという思いは残っていましたが、皆大切な人だったので邪険にはできませんでした。しかし諦観じゃないですが、何か自分が言うことで、その人の姿勢や仕事の取り組みを変えようとはその時は完全に思わなくなっていました。
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